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三浦半島の油壺の、潮位の予想です。

 

気象庁のデータを、写しましたが、

天体の運行や、油壺の緯度などから、

一般的に算出される数値を、

どこまで、現実に添うように、補正しているのかは、

知りません。

 

毎日、海を見ていれば、

幼児でも、潮の満ち干きに、気づきますが、

だれにも、教えられなければ、

月の満ち欠けと、同じ規則性があるとは、

なかなか、気づきません。

 

指摘されれば、

月の満ち欠けのリズムから、将来の、潮の満ち干きを、

音楽のように、予想できます。

 

     ***          *** 

 

海の音楽は、論理や科学技術などと、同じですが、

目や耳や、体の運動などの、感覚の中に、

生まれつきに組み込まれています。

 

大潮や小潮だけでなく、中潮や長潮や若潮などは、

満潮の水位に注目して、名付けられています。

 

長潮は、二度の満潮の間の、干潮が小さいので、

一度の、長い満潮のように、感じられます。

 

翌日は、満潮の潮位が、再び高くなり始めるので、

若潮と言われます。

 

よく見ると、1日に2回ずつの干潮は、

大の干潮と、小の干潮を、交互に繰り返していますが、

大の干潮が、それほど大きくならずに、

次の、小の干潮が、大きくなり、

大小のリズムの、入れ替わる時があります。

 

小潮や大潮の日に、そうなるとは限りません。

また、干潮だけが、大小交互になるとも限らず、

日本国内の満潮でも、

著しい日潮不等が、起こり得ます。

  

赤道と白道の、黄道に対する傾きが、原因ですが、

地球と月と太陽の、位置関係から、

論理的に把握して、計算するのは、面倒臭い。

 

それとも、生まれつきに備わっている能力により、

幾つかのリズムが、重なっていることを、

幼児でも、直感的に知覚しているのかしら。

 

地球が、月や太陽と、くっつき合おうとする力と、

くるくると、元気に動き回り、離れようとする力は、

同じ力を、別の規則性により、認識していますから、

釣り合うのが、当たり前ですけれど、

くっつくと、くるくる回るのは、

粒々(つぶつぶ)理論の、特徴です。

 

地球や太陽って、大きいので、

くるくる回っているなんて、感じません。

動いているだけです。

 

たくさんの情報を、一つに纏(まと)めようとすれば、

算盤(そろばん)の玉を、動かすみたいに、

あっちへやったり、こっちへやったりしなければ、

纏まりません。

それぞれの玉は、上下しているだけですが。

 

纏めることと、動かすこととは、

コンピュータを見るまでもなく、昔から同じです。

物事(ものごと)を、地球や太陽のように、

一つに纏めて、理解するには、

動かさなければ、仕方ないのは、当たり前です。

 

くるくると、回転していなければ、いけないと、

思うのは、広いからです。

遠くへ行ってしまうと、探すのが、大変でしょう?

宇宙の果てまで、誰が、追いかけて行くんです。

だから、ぐるぐる回りをさせて、

遠くへ散らばらないように、用心しています。

 

地球と月と太陽が、似たような運動を、

いつまでも繰り返して、遠くへ行かないのは、

物理学者の卑しさのせいに、決まっています。

 

唾(つば)をつけて、

手元に置いて措(お)かなければ、予算を盗られる。

 

そのせいで、

海は、満潮と干潮を、いつまでも繰り返します。

 

海が盛り上がり、満潮になるのは、

知覚のせいなのか、論理のせいなのかと、

思案しなくても構いませんが、

これとあれとを、くっつけるのは、

整理整頓のためですから、

潮の満ち干きの知覚を、作るために、

たくさんの人が、殺されて、間引かれたはずです。

 

生まれつきの素質は、

殺し合いの帰趨(きすう)ですから。

 

わたしは、

直感的な能力の、高い幼児の、論理能力が低ければ、

精神の病気に、なりやすく、

直感的な能力の、低い幼児の、論理能力が高ければ、

権力を握りやすいと、感じています。

 

ヒトラーは、精神の病気のほうであり、

毎日毎日、4時間も5時間も、

個人的に受験勉強をしなければ、

一流大学の医学部に入学できない奴は、

権力を握りやすい。

 

精神の病気と権力って、

みんなと一緒のことが、出来なかったり、出来たりと、

似たような判断の、枝分かれですけれど、

直感能力は、生まれつきに変更不能であり、

論理能力は、これから変更不能になるために、

情報の圧縮や合理化に、躍起になります。

 

刀や鉄砲や黒船や原爆などの、科学技術と同じように、

嫌(いや)な奴を殺して、間引きます。

みんなと違う奴を間引いて、整理します。

 

このグラフのように、予測された潮位は、

だいたい、現実と一致しますので、

幼児が、毎日、海を見て、

潮の満ち干(ひ)きを、知るのと、同じです。

 

幼児は、天文学や数学を知りませんが、

海を見ていれば、誰に教えられなくても、

ひとりでに、潮の満ち干きのリズムを、知り、

10日後の満潮と干潮が、何時頃で、

どれくらいの潮位かを、

直感的にわかるように、なるのかしら。

 

昔の漁師は、天文学を数学を、知りませんでしたが、

潮の満ち干きの、時刻と水位を、

おおまかに予想していました。

 

膨大な経験を整理して、眉をしかめて、思いあぐねて、

初めて、そのリズムを、音楽のように知ったのかしら。

 

それとも、毎日、海を見ていれば、

幼児でも、ひとりでに閃(ひら)くように、

何の苦もなく、知ったのかしら。

 

たぶん、

何の苦もなく、ひとりでに、直感的に知りました。

わたしが、そうでしたから。

 

これは、

瓶の中にへばりついた米を、瓶の外に出すには、

瓶の口の方向に、瓶を動かして、

急に止めれば良いって、

幼児でも、知っているのと、同じです。

 

額に皺(しわ)を寄せて、考える必要もなければ、

たいへんな時間や物理学や数学なども、

幼児の直感を、大人が釈明するための、

後(あと)の祭りにすぎません。

 

幼児は、生まれつきに、慣性の法則と、同じ規則性を、

体の中に持っていますので、

瓶や、へばりついた米を、弄(もてあそ)んでいれば、

自動的に、こうすれば良いと、気づきます。

 

それと同じなの。

海の潮の満ち干きを見れば、

自動的にリズムがわかりますので、

来週の今頃の潮位は、これぐらいって、

直感的に、見当がつきます。

 

その能力は、このグラフを見て、

規則性を知る能力と、ほぼ同じです。

 

さて、10月13日は、新月ですが、

満潮と干潮の、時刻と潮位は、

だいたい、どれくらいでしょうか。

 

2時間ぐらいや、20cmぐらいの、誤差は、

問題ありません。

計算しても結構ですが、かえって厄介と思います。

直感的にわかるほうが、遥かに楽ちんです。

 

下のグラフのように、油壺10月13日の新月の日の潮位を、

予想できた人は、リズム感があります。

大の干潮と、小の干潮の、入れ替わる時期を、

予想しなかった人は、

13日の干潮の潮位も、予想が外れたはずです。

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天体の運行や、回転軸の傾きを、

人間の運動感覚は、捕捉できませんが、

目や皮膚は、季節を感じます。

 

しかし、それだけでは、

この直感を、説明できませんので、

天体の運行の学説は、論理的であっても、

生まれつきの、知覚や運動の感覚に、

由来していない可能性が高く、

眉唾(まゆつば)かも知れません。

 

あるいは、これからも、たくさんの人を殺さなければ、

天体の運行の学説は、安定しない、

という意味かも知れません。

 

人間の知覚の見当識に、裏付けられない論理は、

出任(でまか)せと、同じです。

 

わたしたちが、変更不能な素質に、生まれついたのを、

今さら悔やんでも、仕方ありませんが、

そのように変更不能な素質でないくせに、

論理が、新たな品種改良を実行するように、

邪魔になる奴を、間引いて、自分の主義主張を、

みんなの変更不能な素質として、

固定しようとするのを、わたしが阻止するのは、

たぶん正しい。

 

他人の論理が、そうするのを、

わたしが阻止するだけでなく、

わたしの生まれつきの、変更不能な素質が、

みんなの素質になるように、

そうでない人たちを間引くのも、正しくない。

 

性転換医療は、明らかに、

生まれつきの能力の低い人たちを、間引く医療です。

性転換の論理は、新たな素質が、

みんなの生まれつきの、変更不能になるように、

固定しようとしています。

 

人間の融通が、効かなくなるのを、礼賛する医療は、

間違っています。