P1010065ギンヨウアカシア 
写真は、いちおう銀葉アカシアに、して置きます。
 
アカシアのうちの、
日本でミモザと言われる樹木の、
ギンヨウアカシアか、それともフサアカシアかと、
識別の紛らわしい奴だけで、
オーストラリアに、500種くらいは、
自生しているようです。
 
ギンヨウアカシアとフサアカシアの、学名と日本名に、
信憑性がありません。
 
500種くらいのうちで、
日本に輸入されて栽培されているのは、
おそらく、50種を超えると、思われますので、
ギンヨウアカシアとフサアカシアの2種のみが、
日本で主に栽培されているかのような記述に、
根拠がありません。
 
日本の特定の場所で、昔に、生産されていた苗木が、
その2種だったのかも知れませんが、
大木になりますので、家庭の庭木に相応しくなく、
大量に生産されていたと、思えません。
 
私は、50年くらい前に、
小羽片が20対くらいの、杉の葉ほどの固い6cmの小葉の、
全長13cmくらいの2回羽状複葉が、ギンヨウアカシアで、
小羽片が35対くらいの、10cmの柔らかい小葉の、
全長20cmの2回羽状複葉が、フサアカシアと、
教えられました。
 
小羽片や小葉は互生ですので、
1対2対と数えるのは、変かも知れませんが、
じゃあ何と数えるのかを、知りません。
 
その後、その2種でないやつばかりに、
出くわしましたのに、
図鑑の記述は、今でも、
日本には、ギンヨウアカシアとフサアカシアが
栽培されている、のままです。
 
受け売りで書いているような・・・
日本に自生していませんから、
オーストラリアに、500種もあるとなれば、
勘が働かず、分類できる自信がありません。
 
もうすぐ、咲くでしょう。
高い所なので、手に取って見れませんでした。
まだ、蕾(つぼみ)ですが、
今から、唾(つば)をつけておきます。
 
 
   ***    ***
 
 
私たちは、何を根拠に、
物事(ものごと)を判断すれば良いかと、
書いています。
 
津久井やまゆり園の植松君は、
意思疎通のできない知的障碍者を、
安楽死させるべきとして、
19人を殺して、27人に重軽傷を負わせましたが、
そのように判断した根拠が、
彼を逮捕した権力の根拠と同様に、
合理的でありませんので、
どちらも、弱いもの虐(いじ)めを、
実行しただけかも知れません。
 
権力を持つ者のほうが、支持者が多く、
勝敗の帰趨は、明らかです。
 
植松君は、生まれつきに、たぶん死ぬまで、
他人や社会と、意思疎通のできない素質の、
変更不能な奴を、
殺してしまったほうが、みんなのためになると、
考えました。
 
なぜ、そう思ったのかを、
マスコミが伝えませんので、わかりません。
 
論理法則に一致していないことは、確かですが、
権力のほうも、論理法則に矛盾していますので、
五十歩百歩です。
 
殺された人が、どう思っていたかを、知りたくても、
わかりません。 
 
たぶん、社会的に教育されていますので、
知能が低いほど、
文化的な判断に、よく染まっているでしょう。
 
世間一般の人と、同様に、
判断の組合わせを、変更できませんから、
他の判断を、選択できません。
どんぐりの背比べですが、
文化的であれば、
殺されたくなく、生きたいと、願います。
知能が低いほど、その傾向は強い。
 
そうでなければ、教育が悪い。
 
 
   大けがをして、障害の程度がひどくなった人は、
   大変です。
   なんで、こんな目に遭わなければいけないのか。
 
   判決は、言うまでもありませんが、
   重度障碍者の介護を経験したことのない裁判官に、
   判断能力があると、思えません。
 
   法律家も、知的障碍者と、同類です。
   知的障碍者と、全然、関係のない人は、
   どこにもいません。
   人は皆、知能の優劣がありますが、
   何が賢いのかを、だれも知りません。
 
   法律は、人殺しを禁止していますので、
   正当な理由がなければ、有罪に決まっています。
 
   人殺しの禁止に、正当な理由はありませんが、
   敵を殺して、権力を握った人は、
   皆、人殺しを禁止します。
   権力の理由だけが、正当ですから、
   人間のやることは、知れています。
 
   その能力に優劣や序列があり、
   知的障碍者は、最底辺とされますので、
   殺してはどうかと、植松君は建議して、実行しました。
 
   どんなに権力があっても、
   知的障碍者の近親者に、なり得ますから、
   ヒトラーのように、障碍者を殺す権力者は、
   権力内部の人気が、ありません。
 
 
植松君は、恣意的で断片的な判断を、
どのように、組み上げれば、社会の骨組みになると、
考えたのかしら。
 
論理法則は、
違うものを結び付けて、同じであると、
判断しますから、
頭が悪ければ、権力者の好き勝手にしか、見えません。
 
でも、好き勝手な判断を、いくつも組み合わせると
すぐに、大きな豆腐のように、崩れます。
 
崩れないように、100階建のビルを作る技術は、
好き勝手とは、また違うように見えます。
 
この世の中には、自然の摂理があると、
常識やロマン主義は言いますから、
個人的に孤立している知覚と、確執をきたさないのは、
遺伝的な理由によるのでしょうか。
 
個人的な知覚と、個人的な論理法則の一致は、
1才未満に決まり、以後は変更不能ですので、
どれほどに切磋琢磨しても、
能力が向上することは、ありません。
 
社会的で文化的な論理法則の教条が、
何と何と何であるかを、
みんなで合議して決める手順がありませんから、
科学技術があります。
 
鉄砲や黒船や原爆やコンピュータのように、決まります。
植松君が知らなかったのは、教育が悪い。
 
鉄砲や黒船や原爆などが、
何をするためにあるのかを、知らなければ、
そのようにして、論理法則の教条が決まることを、
知らないのも、当然ですが、
知覚と論理法則の一致が、遅くとも1才未満に決まり、
ほとんど遺伝的であるのは、何を意味しているのかと、
私は言っています。
コンピュータは、何を明らかにしたのかと。
 
 
   2016年2月に、
   彼は、衆議院議長公邸や障碍者施設の同僚などに、
   自説を披露したことから、
   他害の恐れのある精神病として、
   警察官通報により措置入院になり、
   2016年7月に、
   障碍者施設での大量殺人に、及びました。
 
   措置入院の期間が短く、
   犯行を予防できなかったと、
   マスコミは盛んに吹聴しましたが、
   精神医療の実態からして、
   措置入院が、犯行の原因である可能性を、
   否めません。
 
   精神病院は、精神病を治すのでなく、
   権力や社会の嫌う少数派に、因縁をつけて、
   健常者を、精神病と診断したうえで、
   薬物により、
   強制的に精神病の症状を作りますので、
   精神病院での
   隔離監禁による強制的な精神医療は、
   権力や社会の多数派が、犯罪者でない少数派を、
   不可逆的な廃疾に処すための常套手段であり、
   医原病として作られた精神症状の、
   危険性を知らなければ、植松君のように、
   精神症状による不可避の犯罪に及びかねません。
 
   真犯人は、精神病の疑いを通報した警察と、
   措置入院を診断して、
   強制的な隔離監禁と薬物投与に及んだ精神科医の
   可能性が、高い。
 
   植松君でなく、警察官と精神科医と市町村長を、
   19人殺人の真犯人として、
   処刑すべきかも知れません。
   植松君について、精神医療の実際を、
   精査しなければいけません。
 
   証拠や証明のない精神症状を、
   事実としてはいけません。
   精神症状があったとする事実の証明は、
   刑事事件の証明よりも、
   遥かに厳しくしなければいけません。
 
 
彼が、2016年2月に、
精神病であったとする証拠や証明がない。
   
彼は、殺してはどうかと、建議しただけであり、
国家の命令があれば、実行すると、
表明しただけです。
 
なんら違法でもなければ、病気でもありません。
 
彼の、2016年7月の行為は、明らかに違法ですが、
精神病であったか否かは、
報道から、わかりません。
 
マスコミは、どのような事実が確認されれば、
精神病と診断されるかを、知らないようです。
2016年2月についても、
2016年7月についても、
精神症状の事実が、まったく確認されません。
 
事実の有無の、証拠と証明を、
マスコミは報道しません。
 
2016年2月~2016年7月の間に、
理由が事実であると証明されない措置入院があり、
治療と称する薬物の強制投与が、
彼に、致命的で不可逆的な損害を与え、
大量殺人の原因になった可能性を、否めません。
 
通常、統合失調症や妄想性障害や躁うつ病などの、
狭い意味での精神病では、
抗精神病薬を投与して、
妄想や幻覚や人格の解体などの精神症状を、
人為的に強制的に作り、
依存症と禁断症状により、
不可逆的な廃疾としますので、
被害者は、生涯精神病院から離れらません。
 
 
   植松君の大量虐殺は、
   措置入院の不可避の被害と、思われますので、
   国家が、真犯人を処罰できるか否かが、
   問われています。
 
   もちろん、真犯人は国家ですから、
   植松君は、死刑になるのでなければ、
   抗精神病薬により、生涯の廃疾とされます。
 
   国家を運営する者のうちでも、
   捜査当局や精神科医や市町村事務職員よりも、
   法律家の犯意が悪いかもしれません。
 
   今回の事件も、
   弁護側は、植松君の心神喪失を狙っていると、
   報道されています。
 
   正気なら死刑ですから、当然かも知れませんが、
   精神病院に入れられて、
   抗精神病薬により廃疾にされるよりは、
   死刑を覚悟で、
   偽りの精神医療を、真犯人と、主張すべきです。
 
   西ヨーロッパでは、
   すでに、精神病院は廃止されています。
 
   日本の精神医療の原理そのものが、
   第二次世界大戦に負けたロマン主義ですので、
   時代錯誤も甚だしいのですが、
   日本人は、ロマン主義の嘘と、
   神風特攻隊のような伝統的な考え方の嘘とを、
   識別できません。
 
   大日本帝国憲法は、ロマン主義まる出しですが、
   日本人は、天皇制だから伝統精神の憲法であると、
   誤解するようです。
 
 
いずれにせよ、
精神病院と抗精神病薬と強制入院が、
植松君の事件の原因である可能性が高く、
真犯人は、
精神科医と警察官と市町村職員でないかと、
事実にもとづき、吟味されるべきです。
 
精神症状があったという事実が、
証拠や証明により、
厳しく特定されなければいけません。
 
精神症状の事実がないにもかかわらず、
精神病であると、強制的に診断して、
抗精神病薬を投与するのは、殺人罪として、
厳しく処罰されなければいけません。
 
厳しくは、そういう意味です。
人格についての殺人罪を、許さない。
放任しない。
これが大切です。
 
植松君は、国家による精神医療により、
強制的に人格を破壊されたせいで、
不可避の犯行に及んだ可能性が、高い。