「頑張ってる?って聞かれたから、頑張ってませんって答えました。
私は努力が足りないと思っているから。
けど、私はいまでも少なからず自分は努力しているというのを知ってる」
そんな、友人の何気無いFacebookの記事をみて少し反論してみました。
ここまで書けば納得してもらえるだろうと少し長めに。
すると、更なる反論。
うむむ、どうした事か。
結論、考えが違うし説得する必要もないなと思い、即諦めました w
私の考え方が全てではないし、世の中すべて同じ意見だったら面白みも無いですよね。
けど、私の何処かに驕りがあったんでしょう。
思わず、相手に考えを押し付けていました。
努力とは何でしょうか。
頑張るとは何でしょうか。
本当は、そこを言いたかったわけではないんですがね。
話の相手は、いつも自分に自信の無い「フリ」をしているような人。
本当の自分が素晴らしいのを知っているくせに、他人の目を気にして「自分はできなくてつまらない人間だ」と毎日のように口にしている。
私は、ウソでも根拠がなくてもいいから「私って素晴らしい!最高!」って思ってる方がずーっといいと思ってるし、そう口にしてると必ずそれに伴って自分も変化していくと思う。
言葉にはパワーがあると思うから、洗練された言葉を口にしたい。
だから、幸せなプラスの言葉をできるだけ使うように気を使う。
できないときもあるけど、そのうちできるように成るから問題ないw
美しい唇である為には、美しい言葉を使いなさい。
美しい瞳である為には、他人の美点を探しなさい。
オードリーヘップバーンもそう言ってますw
つまり、今回は何が言いたかったかって考え方のことを偉そうに書き始めたわけですが、書き終える頃には別の事に気づいたわけです。
いま目の前にいる相手の「今」の美点を探しなさい。
そう、反論するんじゃ無くて、私は今の彼女を受け入れ彼女の美点を彼女に伝えるべきだったということです。
ありがたや。



