【前編】ももクロ妄想小説「Do you remember...?」 | 泥酔天使の超泥酔天獄

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妄想が止まらず感情が昂った時に書きます。

 

ももクロ妄想小説

【前編】「Do you remember...?」

~ボクの友だち~

 

 

ボクたちはいつまで、あの頃のことを

覚えていられるのだろうか?

 

 

●主な登場人物

 

西条レイ:主人公。横浜市在住の小学六年生の男の子。

ケンヂ:レイの叔父。現在、東北に住んでいる。

ベルカ:ケンヂがレイにあげたスピッツ系の雑種(メス犬)。

ママ:レイの母親。ケンヂの姉。

大葉モモノスケ:小学六年生、あだ名はモモ。チーム親方のリーダー。

宍戸タマト:小学六年生、チーム親方メンバー。呼び名はタマト。

河上アキラ:小学六年生、あだ名はアキラッチョ。チーム親方メンバー。

高田れな:アイドルグループ・HEAVENZのメンバー、担当カラー・紫。不定期ゲリララジオ「パンチDEハッピー」のパーソナリティー。

ゼータ:宇宙ネコ 。

 

 

●第1章

 

「車酔いはしていない?大丈夫?」

ママが車を運転しながら助手席のボクに聞いてきた。

ボクはレイ、小学六年生。夏休みに入ってすぐママに連れられて東北の田舎町に住んでいるケンヂおじさんの家に向かっている。

「うん、大丈夫。でもラジオ聴きたい」ママがラジオをつけてくれた。

 

『お昼12時になりました!神出鬼没のレディオビーナス・高田れなの不定期ゲリララジオ「パンチDEハッピー」、早速ですがまずはこのリクエスト曲から。ラジオネーム・ほろ酔天使さんからのリクエストでラモーンズの「Do You Remember Rock 'n' Roll Radio?」。この曲を聴くとこれから何か楽しいことが始まる予感がしてワクワクしますよね。その一方で、大切な記憶や思い出を忘れちゃいけないっても思わせてくれる曲です。さて、この番組は不定期ゲリララジオ、いつ放送するのか誰にもわかりません。私にもわかりません。でも皆様からのリクエストは受け付けていまーす』

 

This is rock and roll radio

Come on, let's rock and roll with the Ramones

Rock'n rock'n'roll radio, let's go

Rock'n rock'n'roll radio, let's go

Rock'n rock'n'roll radio, let's go

Rock'n rock'n'roll radio, let's go

Do you remember Hullabaloo
Upbeat, Shindig! and Ed Sullivan too?
Do you remember rock and roll radio?
Do you remember rock and roll radio?

Do you remember...

 

ボクも大好きな曲だ。ケンヂおじさんに教えてもらった曲。

ケンヂおじさんは、ママの弟だ。前はボクと同じく横浜に住んでいた。

でも3年前にあることがあってから、東北に引越してしまった。

 

「ベルカ…」

 

白いモフモフの毛のベルカがボクに体当たりした時のことを思い出してしまった。ママはチラッとボクを見たけど何も言わなかった。

 

ベルカはおじさんがくれたスピッツ系の雑種でメス犬だった。そう、過去形だ。ベルカは死んでしまった。今年の春休み、道路に飛び出したボクを庇ってベルカは死んだ。命がけでボクに体当たりして救ってくれた。

ベルカはボクより小さい体なのにすごい勢いでボクを吹き飛ばした。そして自分は車に吹き飛ばされた。

 

あの日のあとの記憶は曖昧なのに、あの瞬間のことだけははっきり覚えている。ベルカはボクの友だちで、家族で、そして命の恩人だ。

「自分を救って誰かが死ぬ」そんなことなんて考えたことなかった。

 

おじさんに電話でベルカのことを伝えたら「そっかー。ベルカはレイのことが大好きだったんだな」って言ったあと「夏休みはずっとこっちで過ごさないか」と誘ってくれた。

ベルカのことをママがおじさんに伝えるって言ってくれたけど、ボクは自分で伝えたかった。そうしないとダメな気がした。

ママに夏休みのことを伝えると「ママも賛成」と言ってくれた。

おじさんの引越し先に行くのは初めてだ。

 

うちはパパがいない。ボクが小さい頃、病気で亡くなったからパパの記憶はあまりない。おじさんがパパ代わりだった。おじさんは引越す時にボクが寂しくないようにとベルカをくれた。でもおじさんがいなくなって、ベルカもいなくなってボクは…。

 

突然視界がパッと明るくなった。車の窓の外を見ると海が広がっていた。うちは横浜だから海は見慣れているはずだけど、なんか違った。

 

「レイ、わかってると思うけど、ケンヂおじさんにあのことは聞いちゃダメよ」「うん…」ボクは海を見ながら答えた。

 

 

おじさんは家の前に立って待っていてくれた。ボクが車から降りると「大きくなったなー。会いたかったぞー」と言ってギュッと抱き締めてくれた。おじさんの家は海のすぐそばにあった。家の隣のガレージにはいろんなガラクタが大量にあって、紫色の車と自転車が外に停めてあった。

 

ママが「夕食はどうするつもり?何か作る?どうせアンタろくなもの食べてないでしょう?」と聞くと、おじさんは「外食しよう」と言い外食が決定した。3人で近所の定食屋で夕食(ボクはエビフライ定食)をすませ、早目に寝た。

 

「ケンヂ、横浜に戻ってくる気はないの?」

居間でおじさんと話すママの声が聞こえたが、おじさんの返事を聞く前にボクは寝てしまった。

 

夜中に「ザーッ、ザーッ」と音がして目が覚めた。ママは隣で眠っていた。寝ようとしたけど音が気になって眠れなくなってしまった。トイレに行こうと起き上がり、居間の前を通るとおじさんが縁側に座って、海を眺めていた。ずっと聞こえていた音は、雨の音ではなくて波の音だった。

 

「これ、波の音?」

「ああ、どうした?眠れないのか?」

「うん、波の音が気になっちゃって」

「そうか、でもすぐ慣れるさ」

 

トイレに行ってスッキリしたけど眠れそうもない。縁側に行くとおじさんはボクがベルカを抱っこしている写真を脇に置いてビールを飲んでいた。

 

「ごめんなさい。ベルカ死んじゃった」

「オレに謝る必要はないよ。前も言ったけどベルカはレイが大好きだったんだ」

「でも…」

「まあ、気にするなって言っても無理だよな。じゃあ、ベルカのために泣いてやれ。いっぱい、いっぱい泣いてやれ。オマエ、泣くのを我慢していたんだろ?ママが心配していたぞ。泣き虫のオマエが泣かないって」

「泣いてもいいのかな?ボクにその権利、あるのかな?」

「レイ、よく覚えておけ。悲しい時にきちんと悲しまないと前に進めない。だからちゃんと悲しめ。その後はベルカとの楽しかったことをずっと覚えておけ。ベルカも自分のことを思い出すたびレイが悲しい気持ちになったら、ふざけんなって言うと思うぞ」

 

ボクは泣いた。あぐらをかいているおじさんの足に頭をつけて、声を上げて泣いた。

 

「悲しい記憶は楽しい思い出で上書きするしかないんだよ。だから、ここで楽しい思い出作ろうぜ」おじさんはボクの背中をさすりながら言った。

 

どのくらい経っただろう。

「おじさん、ベルカはなんでベルカって名前だったの?」

「ベルカは、宇宙に行って戻ってきた犬の名前なんだ。人類の進化のために宇宙に行って生きて戻ってきたんだ。人より早くな。そのベルカが宇宙に行きたかったかは知らんけどな。でもオレたちのベルカはオマエのために命を懸けた。オレたちのベルカも凄い」

「そうだね…。ベルカは凄いね」

「そのうち生まれ変わってレイに会いに来るかもな…レイ、冷蔵庫からジュース持ってこいよ。ベルカに献杯しよう」

「献杯ってなに?」

「死んだヤツに、オマエ、凄いヤツだったな、ありがとうなって気持ちを伝えることだ」

「献杯!」ボクはサイダーで、おじさんはビールでベルカに献杯した。

 

「じゃあ、もう寝ろ。明日は6時起床、6時15分に前の砂浜に集合だ」

「なんでそんなに早く?」

「夏休みのラジオ体操だ」

「おじさん、それ今はもうやらないよ」

「いいんだよ、こっちではやるんだ」

マジかよ、とは思ったけど泣いてすっきりしたし、まあいいか、そう思い寝た。もう波の音は気にならなかった。

眠りに落ちながら、おじさんもいっぱい泣いたのだろうか、そんなことを考えた。

 

 

6時に起きると、ママがもう朝食の準備をしていた。

「おはよー、おじさんは?」

「ケンヂはもう砂浜で準備してるわよ。早く行きなさい。朝食は準備しておくから」

「はーい」

 

目の前は何も遮るものが無く、ただひたすらに海だ。

磯の香りがして海面がキラキラ光っていて、波の音がザーッ、ザーッと聴こえる。やっぱり横浜の海とは違う。

おじさんの家の前の道路を渡ると砂浜に降りる階段があって、砂浜にはおじさんだけじゃなく子供も3人集まっていた。

なんだ、おじさんと2人じゃないのか、ボクは少し嫌だなと思いながら砂浜に下りた。

 

「よーし、これで全員そろったなー。じゃあ紹介する、コイツがオレの甥っ子のレイだ。夏休みの間、ずっとうちに泊まってるから、みんな仲良くしてやってくれ」

「はーい、ケンヂ先生」

ケンヂ先生?

「ほれ、レイ、挨拶しろ」

「横浜から来た西条レイです。よろしくお願いします」

「オレ、モモノスケ。大葉モモノスケ、モモって呼んでくれ」

モモノスケ、いやモモはボクより少し背が低いけどすばしっこそうだ。

「ボクは宍戸タマト。タマトって呼ばれてる。特技は百人一首」

タマトはメガネをかけていてボクより背が高い。頭が良さそうだ。

「オレは河上アキラ。みんなからアキラッチョって呼ばれてる」

アキラッチョはポッチャリしている。

「全員、六年生だから同級生だな。じゃあ始めるぞー」

 

『れーなちゃん♪れーなちゃん♪れーなちゃん♪…』

「なにこれ?」

「ああ、レイには説明してなかったな。オマエ、HEAVENZってアイドルグループ知ってるか?」

「うん、なんとなくは」

「そのグループの高田れなって娘のソロ曲なんだよ。「Dancing れなちゃん」って曲。それをラジオ体操がわりにみんなで踊ってんの」

「えっ?なになに、意味がわかんないんだけど」

「実はアキラの伯母さんがHEAVENZのプロデューサーやっててさ、アキラからCD貸してもらって聴いたら、おじさんハマっちゃってな」

「なんでこの曲なの?」

「アキラいわく一番ダイエット効果があるんだと。あとおじさんがこの娘のファンだから」

「おじさん…」

 

みんなで「Dancingれなちゃん」を踊り終えると、おじさんがラジオ体操出席のスタンプを押し始めた。

「レイの分もスタンプカード用意してあるから。皆勤賞だったらなんとHEAVENZの新国立競技場での復活ライブの招待券プレゼント!それも2日間!まあ、アキラのお母さんが口きいてくれたからもらえたんだけどな」

 

「よしっ、じゃあみんな最後にこのゴミをゴミ置場まで運ぶぞー」

「おじさん、これはどうしたの?」

「毎朝、砂浜のゴミ拾いしてるんだよ」

「へー、偉いじゃん。こっちの小さい袋は?っていうか何時に起きたの?」

「ああ、それはゴミじゃなくて再利用するからガレージに。いつも5時からやってるよ」

みんなでゴミを運んだ。

「じゃあ、また後で」

「バイバーイ」

 

「おかえりー、朝食できてるわよ」

おじさんの家に戻り、3人で朝食を食べた。

「じゃあ、私は久しぶりにマリさんたちとお茶して、そのまま帰るわ。レイ、大丈夫?」

「うん」

「じゃあ、ケンヂ、レイのことよろしくね。次に会うのは8/27,28の新国立競技場でのHEAVENZのライブね。それまでに私ももっとHEAVENZのこと、勉強しておかなくちゃ」

 

ママも来るんだ。ママはアイドル好きだからな。ボクもわりと好きだ。特にこのグループというのは無いけど。でもおじさんがアイドルにハマったのは意外だ。前はボクに「パンク」とか「ハードコア」のなんだか凄い曲を聴かせてママに怒られていたのに。

 

マリさんはママの昔からの友だちだ。「ヨコハマ・マックス」というギャル集団で一緒に活動していたらしい。「ギャル集団」がなんなのか、ママは教えてくれない。

 

「おじさんがアイドルにハマったの意外だよ。もうパンクは聴いてないの?」

「いや、聴いてるよ、今も。オレは一度好きになったものを嫌いになることはないんだ。だからどんどん好きなものが増えていって大変だよ。それに、オレにとってHEAVENZもパンクなんだよ」

「HEAVENZがパンク?ごめん、よくわかんない。でも好きなものをずっと好きでいるのはいいことだと思う」

「“好き”というより、“無くてはならないもの”だからな。他の人と“好き”の意味合いが違うのかもしれない」

「“無くてはならないもの”かー」

ベルカのことが頭をよぎった。

「そういうものとは偶然出会うこともあるし、探して探してやっと出会う時もある。でも常にアンテナを張ってないとせっかくの出会いを見過ごしてしまうから、常にアンテナは張っておけよ。まあ、オマエが“無くてはならないもの”を必要としてるならの話だけどな」

「うん、わかった」

「オマエがHEAVENZを好きになるかどうかは自由だ、強制はしない。ライブに興味無いなら無理する必要はないぞ」ボクにパンクを聴かせて洗脳しようとしていたおじさんとは思えない言葉だ。

「いや、行きたい。ただそんなに知らないから教えてよ」

「よしっ、じゃあみんな来るまでこのDVDを見るぞ」

 

HEAVENZのライブ映像を見ながら、おじさんからレクチャーを受けた。

 

・HEAVENZは千田かんな、遠藤しおん、渡辺ありさ、高田れなの4人組のアイドルである。(おじさんはれなちゃん推し)

・プロデューサーはARINA。アキラの伯母さん。

・リーダーの千田さんは、中国風異世界を舞台にしたファンタジー小説「十二国記」の実写版映画に主演後、アスリートと結婚。出産・子育てのため、現在育休中。担当カラーは赤。

・遠藤さんは独身。女優、モデル、バラエティータレントとして活躍中。担当カラーは黄色。

・渡辺さんは既婚、夫が専業主夫。女優、モデルだけではなく、ソロアイドル、手話番組、そしてアイドルグループのプロデューサーとしても活躍中。担当カラーはピンク。

・高田さんは、冒険家と電撃結婚し、新婚旅行で世界中を冒険後、冒険記「れなちゃんの奇妙な冒険」を出版。現在、不定期放送のゲリララジオ番組のパーソナリティーを務める。年に1回、ソロコンを開催。担当カラーは紫。

 

HEAVENZは、千田さんの子育てのため、グループとしての活動を2年間休止しているが、他のメンバーはそれぞれ個人で活動していて、グループの活動再開が8/27,28の新国立競技場での2daysライブということらしい。

 

 

「どうだ、レイは誰がいいと思った?」

「まだ、わからないよ。でも凄くいいよっ!」

「そうか、そうか」おじさんはうれしそうだった。

 

「ところで、みんなおじさんのことケンヂ先生って呼んでたけどなんで?」

「それはオレがここでみんなの勉強をみてやってるからだ。この辺は過疎地で塾もないし、そもそも子供があんまりがいないんだ」

「へー」ボクはなんでもない顔をしたが、おじさんが知らない子たちに取られた気がして、少し寂しくなった。

 

昼食はまた別のHEAVENZのDVDを見ながらレトルトカレーを食べた。

 

「そうだ。ガレージの脇にママチャリあっただろ。あれオマエのだから。この辺は車が無いとどうにもならない。子供たちはみんな自転車で遊びに出かける」

自転車を見に行くと「紫色のママチャリ」があった。

「おじさん、アレ、わざわざ紫に塗ったの?」

「ああ、いい色だろ。高さはどうだ?」

「問題無いけど…っていうかおじさんの持ち物、全部紫色だよね。れなちゃんの担当カラーだよね」

 

「紫の一本(ひともと)ゆゑに武蔵野の草はみながらあはれとぞ見る。よみ人しらず」

「なにそれ?」
「一本の紫草のために、武蔵野の草が全て愛おしく見える、わかりやすく言うと、1人の好きな人がいるお陰で、その周りの人たちまで愛おしさを感じる、そういう意味だ」
「いや、それはそうなんだろうけど、突然どうしたの?」

「タマトが教えてくれたんだ。あいつこういうのに詳しいんだよ」

「へー…ってそうじゃなくて、れなちゃんのファンだってさっき聞いたけど、思った以上にハマってるじゃん。激ハマりじゃん」

 

「2年前にさ、れなちゃんのソロコンがあったんだよ。ここで、なぜかこんな田舎で。それでさ、思い切って行ってみたんだよ。そしたら、想像以上に楽しかったんだ。会場全部が紫色に染まってさ。凄くきれいだった。そのDVDもあるから見るか?」

「いや、今はいいよ。ソロコンだけ?HEAVENZのライブは?」

「行こうか迷ってるうちに活動休止の発表だったからな。見たことないんだよ。だから新国立でのライブが楽しみなんだ。4色のペンライト、きれいだろうな…」

 

「素朴な疑問だけどHEAVENZって3人結婚してるじゃん。そういうのは気にならないの?」

「そういうの気にするファンはいるだろうな。全く気にしないわけでもないけど、結婚したいとか思っているわけでもないしな。相手が変な人じゃなければいいって感じだな。一番は本人が幸せだと感じていて、活動を続けてくれるならそれでいいよ。でもれなちゃんの結婚相手が冒険家って聞いた時はさすがに驚いたけどな」

「へー」

「この辺の感情は、いろいろ経験しないとわからないかもな」

 

「おじさんは結婚しないの?」

「…ん?さあな」

ボクはおじさんが一瞬言葉に詰まったのに気づいた。

 

 

「こんちはー」

ガレージの方から声がする。

行ってみるとモモたちだ。

「これ母ちゃんがケンヂ先生にって」

「これも」

「こっちもー」

スイカとトウモロコシとカツオのお刺身だ。

「いつも悪いなー。よろしく言っておいてな。スイカとトウモロコシは勉強が終わったらみんなで食べよう。刺身はオレたちの今夜の夕食だ。よかったなー、レイ」

「おじさん、いつももらってるの?」

「そうだよ。オレはみんなの勉強をみてやって、その対価として食べ物をもらってる。Win-Winの関係だ」

「ケンヂ先生、オレ、スイカやトウモロコシよりアイスが食べたい」

「アキラはいつもアイスだな」

「エヘヘ…」

「わかったよ、ちゃんと課題終わらせたらな。でも1個だけだぞ。オレがアキラのママに怒られるから。あとモモ、そこの旗、いいかげん持って帰れよ。うちはオマエの倉庫じゃねぇんだぞ」

おじさんが指さす方向を見ると「TEAM 親方」と描かれた旗が立てかけてあった。

「まあまあ、そんな冷たいこと言わずに。この旗はオレたちのチームのシンボルなんだから。でもうちに置いておくと母ちゃんがうるさくてさ。今度ウニ持ってくるからそれで何とか」

「ウニか…。じゃあ、いいだろう。約束だぞ。生ウニでもウニの貝焼きでもいいからな」

 

おじさんはあっさりウニに釣られた。

「ウニの貝焼きってなに?」

「レイは知らないか。ウニの貝焼きっていうのはホッキ貝の貝殻にウニを盛って蒸したやつなんだよ。生ウニと違ったうまさがあるんだ」

「レイ、オマエも今日からチーム親方のメンバーだからな」モモが言った。

「それ気になってたんだけど、なんで親方なの?」

「それは親方が一番偉いからだよ。兄ちゃんが付けてくれたんだ」

「モモの兄ちゃんのモモタ兄ちゃんは去年から全国高校総番長制覇の旅に出てるんだよ」タマトが得意そうに言った。

「そうなんだよ」

「そう」よく意味がわからないけど、この話はこれ以上しない方がいい気がした。

「じゃあ、勉強始めるぞー」

 

おじさんはちゃんと勉強を教えていた。

今日の分の課題を終わらせたあとは、みんなでスイカとトウモロコシとアイスを食べた。アキラッチョはアイスだけじゃなくてスイカとトウモロコシも食べていた。

 

「レイ、明日はラジオ体操終わったらいいところに連れてってやるから。自転車持ってこいよ。夜露死苦!」モモたちはそう言って帰っていった。

 

プップーッ♪

音の方を見るとママの車が停まっていた。

「マリさんのところで話し込んでたらこんな時間になっちゃった。ケンヂの子供の頃の話で盛り上がっちゃって。レイ、友だちできたようでよかったわね。ママはこのまま帰るわ。じゃ、よろしくねー」

そう言うとママは去っていった。

 

「おじさんもマリさんと昔からの知り合いだったの?」

「余計なことを…。ああ、小四の夏休みにマリさんのおじいさんの家に預けられたんだ。オレだけ」

「なんで?」

「オレの人見知りを治そうとしてくれたんだよ。姉ちゃんは塾やら習い事で忙しかったからオレだけ。マリさんは定期的に自然に触れないと暴れるタイプだったから、長期の休みはじいさんの家に預けられてたんだ。その巻き添えというかなんというか…」

「へー、それは初耳だった」

「とにかくマリさんは手がつけられない暴れん坊でな」

「マリさんってギャルじゃなかったの?ママはそう言ってたよ、ギャル集団のリーダーだったって」

「ギャル集団ねえ…。うまい言い方だな。さすが元・横浜魔苦須」

「モモの兄ちゃんの全国高校総番長制覇の旅っていうのはなんなの?気になったけど聞かない方がいい気がして」

「一応説明してた方がいいかー。モモ、いやモモノスケの兄ちゃんのモモタはこの辺の総番長でな、高校卒業までに全国の番長を全員対マンでぶっ飛ばして全国制覇をするって宣言して去年旅に出たんだ。北関東、東北、北海道制覇した後、沖縄に飛んで今は東京目指して北上してるらしい」

 

レイは全く意味がわからなかった。

「マリさんは止めなかったの?」

「マリさんが焚きつけていたからな」

「マリさんってそういう人なの?」

「そういう人だ。今はあんまりそういうところ見せないけどな。一番とんでもないのはマリさんだ」

「へー、気をつけるよ」

「ああ、気をつけろ」

 

 

その日は夜ごはんにお刺身を食べ、またHEAVENZのライブ映像を見た。どの娘もかわいくて一人に決められない。というか決めないといけないのだろうか?

 

朝になり、ラジオ体操という名のダンスレッスンを終えると、「チーム親方」全員で岬の高台にある公園に向かった。もちろん、移動手段は自転車だ。

 

偶然なのか狙ったのかはわからないけど、それぞれみんな自転車の色が違っていた。モモは赤、タマトは黄色、アキラッチョはピンク、そしてボクが紫。でもボク以外はみんなマウンテンバイクだ。

自転車で海を横目に見ながら走るのはとても気持ちがよかった。

目的地の公園は高台にあった。公園まではずっと上り坂だ。そこで坂の少し手前から自転車を全力でこいで勢いをつけて上った。途中で蛇行しながら粘ったが、ボクとアキラッチョは5合目で、タマトは7合目、モモは9合目で足をついた。

 

公園はかなり広かった。展望タワーに昇ったり、芝生で野球をしたり、そり滑りをした。久しぶりに走り回った。のどが渇いたのでアキラッチョとジュースを買って戻るとモモの声が聞こえた。

「こっち来いよー」

隣のアキラッチョを見るとにんまりと笑っていた。

 

近づくとタマトが林を指さしながら「こっち、こっち」とモモと林の中に入って行った。アキラッチョに背中を押されて中に入いると、林を抜けた先は崖になっていてぽっこりと人が5人くらい座れるスペースが空いていた。目の前には夕暮れに照らされた港が一望できた。

「レイは港の花火大会のこと知ってた?」

「いや」

「オレたちは毎年ここから見てるんだ。ケンヂ先生も知らないオレたちだけの秘密の場所だ」

港で打ち上げられる花火大会は結構大きなものらしく、当日、港付近は通行止めになって、多くの人でにぎわうそうだ。公園もそこそこは混むけど、この場所には誰も来ないという。

 

花火か…。おじさんが横浜にいた時は連れていってもらったな。

「今年は8/6だから、レイも一緒に見ようぜ」

モモたちはそれを言いたくてここにボクを連れてきたらしい。

 

公園からの帰り道は下り坂だ。自転車のペダルから足を離し、全身で風を受けながら滑るように走り下りた。

「前からさー、聞こうと思ってたんだけど、みんなはHEAVENZで誰が好きなのー?」

「オマエ何言ってんの。そんなの自転車の色見たらわかるだろー」

 

『午後6時になりました!神出鬼没のレディオビーナス・高田れなの不定期ゲリララジオ「パンチDEハッピー」、早速ですがリクエスト曲から。ラジオネーム・ほろ酔天使さんからのリクエストで、ももいろクローバーZの「Re:Story」です。この曲を聴くと子供の頃、仲のいい友だちと1日中遊んでいた頃を思い出しちゃいますね。この曲のMVがまたいいんですよね』

 

バカらしく美しいままの

時間の在り処を僕は忘れちゃいないから

問わず語りでごめんね

あるがままの言葉で

いつか前に進んでいけるだろうYeah Yeah

Re:Story Of My Life

 

それからボクたちは毎日遊んだ。ボクは普段そんなに積極的じゃないのにすぐにモモたちに馴染んだ。海水浴、釣り、昆虫採集、自転車で隣の県まで行ったりもした。毎日が新しい体験だ。

タマトが百人一首をみんなに教えようとしたけど誰も覚えられなくて、結局「坊主めくり」をした。

 

みんなのこともわかってきた。モモは運動神経がいいこと、タマトは頭がいいこと、アキラッチョのママが元ダンススクールの先生で、アキラッチョは小さい頃からダンスのレッスンを受けていたこと。

 

逆にボクのことも話した。おでんの汁をチクワで吸うのが好きなこと。ベルカがボクを庇って死んだこと。おじさんが遊びに来るよう誘ってくれたこと。でも、みんなおじさんから聞いて知っていた。

 

「ところでさー、みんなはおじさんとどうやって知り合ったの?」

キキーッ

モモが急ブレーキで自転車を停めた。

 

「うーん、ということはレイはケンヂ先生から聞いてないんだな」

「うん」

自販機でジュースを買い、道路沿いの堤防に腰かけた。

「レイはケンヂ先生が朝早くゴミ拾いしてることは知ってるよな?ラジオ体操の前に」

「うん」

「3年前の夏、オレたちは朝早く起きて素もぐりしてアワビを採っていたんだ。いわゆる密漁だ。そこをケンヂ先生に見つかったんだ。でもアワビ1個で黙っていてくれるっていうから買収して…。

それからちょくちょく砂浜を歩いているケンヂ先生を見かけて、そのうち話をするようになったんだ」

 

おじさんはアワビにも釣られていたのか。

「ある時、砂浜を歩いている理由を聞いたんだ。そうしたら大事なさがしものをしてるって…」

 

ああ…。

 

「それを聞いて6月に堤防から落ちた女の人がいて大騒ぎになったことを思い出したんだ。何日間か、みんな探していたけど結局、その人は見つからなかった。死体もあがってないって。だから…」

 

そういうことだったのか。ママはおじさんの恋人が事故で亡くなったってボクに言った。おじさんはあれからずっと恋人を探していたのか。引越しまでして…。

 

 

ママには止められていたけど、その日の夜、ボクは縁側でビールを飲んでいるおじさんに聞いてみた。

 

おじさんは、海から視線を外さず、黙ったままだった。

 

「ごめん。やっぱり、いいや。話したくないことってあるもんね」

沈黙に耐えられずボクが話を終えようとすると、おじさんが「わからないことがつらいんだ。何もかもわからないことが」と静かに話し出した。

 

「ナオミが生きているのかどうか。なんで海に落ちたのか。ナオミは水泳部だった、溺れるはずはないんだ。自殺だったのか、事故だったのか。オレには何にもわからないんだ」

 

波の音だけが聞こえる。

 

「ナオミは死んだんだと思う。でも毎朝、ナオミを見つけるために海岸を捜していた。そのうちゴミを拾うようになった。何か別の理由が欲しかったのかもしれない」

「これからもずっと捜し続けるの?」

「さあな、オレはなにか自分の納得できる答えを見つけたいんだよ、きっと…。でもそんなこと言われてもわかんないよな」

「わかんない、わかんないけど、わかるよ!」

「レイ、オマエやさしいな。ずっとそのやさしさ忘れないようにしろよ」

 

ボクは冷蔵庫からサイダーを持ってきた。

「おじさん、ナオミさんに献杯しようよ」

おじさんは少し驚いた顔をしたが、にっこり笑って「ああ」と言った。

「ねぇ、ナオミさんはどんな人だったの?」

おじさんはナオミさんの写真を見せてくれた。

「ナオミは気が強くて…だからしょっちゅうケンカしてたよ」

おじさんの隣で満面の笑みを浮かべているナオミさんは痩せていてどことなくHEAVENZのれなさんに似ていた。

 

「おじさん、ナオミさん、こんな笑顔なんだもん。きっと幸せだったはずだよ」

「そうだな。ナオミもベルカもきっと幸せだったはずだよな」

「うん」

「大事なのはそれが本当かどうかではなく、そうだと信じて生きていくことだ」

「それはなに?」

「前にナオミと一緒に見た映画での主人公のじいさんのセリフ。ナオミが好きな言葉だった」

「いい言葉だね。ボクはベルカが幸せだったと信じて生きていくし、おじさんはナオミさんが幸せだったと信じて生きていく。今のボクたちにぴったりな言葉かもしれない。じゃあ、今夜はナオミさんに献杯!」

 

おじさんは泣いているのか笑っているのかわからない顔でビールを一気に飲みほした。ザーッザーッと波の音が聞こえた。

 

 

●第2章

 

次の日、5時起きして初めておじさんと砂浜を歩いた。

「おじさん、8/6の花火大会見に行くの?」

「いやー、人も多いしうちで酒でも飲んでるわ。うちからでも花火は見えるんだよ。山が邪魔だけどな。オマエはモモたちと見に行ったらいい。ここの花火は結構凄いんだぞ」

「おじさん、花火が見えるいい場所があるんだよ。そこで一緒に見ない?モモたちに教えてもらったんだけど」

「ああ、そういう場所、あるみたいだな。モモたちは教えてくれないけど。勝手にオレに教えちゃダメだろ」

「きっとモモたちもわかってくれるよ。楽しい思い出で上書きするしかないって言ったのはおじさんじゃん」

 

ラジオ体操のあと、モモたちに相談すると、モモたちもおじさんを誘うつもりだったという。ニヤニヤして楽しみにしてろよと言った。

 

花火大会の当日、昼食を食べ、課題のノルマをこなし、まだ午後3時過ぎだけど公園に向かうことにした。移動はもちろん自転車だ。おじさんは車で行くつもりだったが、駐車場が混むと面倒なのでボクの自転車で二人乗りして行くことになった。もちろん、後ろに乗るのはボクだ。

 

おじさんは「オレも昔マリさんたちと自転車でポリネシアンセンターに行ったなー」と懐かしいそうに言った。

「ポリネシアンセンターってなに?」

「ここから20kmくらい離れた場所にある温泉テーマパークだよ。そこにアイドルが来るから自転車で行ったんだ」

「ずいぶん気合い入ってたんだね」

「マリさんがな、気合い入ってたから。当時人気のアイドルだったから前日から泊り込むことになったんだけど、いろいろ寄り道しまくってな、現地に着いたのは夜中だった」

「前日?誰か保護者は一緒だったの?」

「そんなわけないだろ、マリさんだぞ。子供たちがいないって大騒ぎになってな、後でこっぴどく叱られたわ」

「母ちゃん、あれは楽しかったって言ってた」

モモがうれしそうに言った。

 

公園のふもとまで来るとモモは猛然とスピードを上げ、「ウォー!!」と叫びながら、上り坂を上り切った。

「モモ、とうとうやったな」

 

おじさんとボクが自転車をひいて公園に到着すると、モモがジュースをくれた。公園の出店で買ったモダン焼きや焼き鳥を食べながら花火が始まるのを待った。夕暮れになり懐中電灯で足元を照らし虫除けスプレーを全身に吹きかけ秘密の場所に移動した。シートを敷き、その上にクッション、蚊取り線香をセットした。おじさんは「こんな場所、よく見つけたなー」と感心していた。

 

花火大会はみんなが言っていたように立派なものだった。横浜にも負けない、いや横浜より立派かも。人ごみでグチャグチャになることもなく、座って食べながら花火を見られるのなんて最高だ。

 

ボクが「花火を打ち上げる前にメッセージが読まれるんだね。初めて知った。あと音楽も」と言うと「ああ、花火のスポンサーだな。大体は会社とか団体で出資するみたいだな。金額によって花火のグレードもあがる。音楽が流れるのは相当高いんじゃないのかな」とおじさんが教えてくれた。モモたちがクスクス笑っていた。

 

『れーなちゃん♪れーなちゃん♪』

なぜか「Dancing れなちゃん」のイントロが流れ始めた。

『次の花火はチーム親方の皆さまから、レイ君とケンヂ先生に向けた花火です』

『レイ、ケンヂ先生、いつも遊んでくれてありがとうな。感謝の気持ちを込めてこの花火を贈るよ。一緒に楽しい思い出つくろーゼェート!!!』

 

ボクとおじさんはあっけにとられていた。その隣でモモたちは転がって爆笑している。

「オマエら…」おじさんは泣いていた。ボクも泣いた。

「Dancing れなちゃん」の1番がまるまる流れ、赤、黄色、ピンク、紫の4色の花火が次々と打ち上がった。そして最後は真っ白で大きな花火が打ち上がった。

 

「ベルカ…」

「レイ、よくわかったな。写真見たらベルカって真っ白のモフモフした犬だったから、最後は真っ白な花火にしてくれって頼んだんだ」

「オマエら、この花火のお金どうしたんだよ。かなりしただろう」

「レイのママがうちの母ちゃんと話してるのを聞いちゃったんだよね。だから2人を元気づけたいって相談したんだ。そうしたらトントン拍子に話が進んで。料金は激安だから心配しないでいいよ。オレたちは500円ずつ出しただけだし、あとは母ちゃんのコネ。花火職人の友だちに電話して、大会の実行委員会長に気合い入れて…」

「オマエら家族はな…」おじさんはなにか言いかけたけど「ありがとな。なにかお礼しないとな」とみんなの頭をナデナデした。

 

気づくとタマトがその様子をずっとスマホで録画していた。

 

花火大会の終盤、ひときわ大きな花火が上がって、歓声が大きくなった。打ち上げられた花火を目で追っていると一瞬おかしな動きをしたように見えた。

「ん?流れ星?ぶつかった?」タマトの声がした。

視覚の外から現れた流れ星と打ち上げられた花火がぶつかったように見えた。

『バーン!』大きな白い花火が夜空に咲いて「パチパチ、パラパラ」という音とともに消えていった…と思ったが、火花がひとつこっちに向かって落ちてきた。

 

「危ないっ」おじさんがみんなを自分の体で覆ってくれた。

『ドーン!』その火花はボクたちの近くに落下した。

 

しばらく様子を見ていたが「火事にならないかちょっと見てくる。オマエらはここで待ってろ」おじさんがそう言って懐中電灯を持って確認しに行った。

 

5分位経ってボクらが少し心配し始めた頃におじさんは戻ってきた。

「大丈夫だった?」

「ああ、燃えてなかった。念のためにオシッコかけておいた」

 

「ところでおじさん、その抱えているものはなに?」

「うーん、これか?どうもコイツがさっきの火花らしい」

おじさんの腕の中をのぞき込むと毛が少し焦げたネコがいた。

「生きてるの?」

ネコのお腹が上下に動いている。

「うん。ほら呼吸してる。でもどうするか。動物病院に連れていかないとまずいだろうな」

「なんでネコが落ちてきたの」

「そんなことわかるわけがないだろう。でもどうするかな。花火大会が終わったからこれから渋滞するぞ。そもそも車も無いしな」

「ケンヂ先生、ダメだ。動物病院休みだよ」タマトが電話で確認してくれたらしい。

 

「とりあえず家に連れて帰るか」

ママチャリのカゴにクッションとレジャーシートでくるんだネコを入れ、おじさんの家に帰った。

「とりあえず、今日はこれで解散。みんな花火、ありがとな。モモ、マリさんによろしく言っておいてくれ」

「ラジャー」

 

みんなが帰るとおじさんはダンボールに毛布を敷いて中にネコをそっと置いた。

ネコは静かに寝ている。猫は薄茶色で毛先がところどころ焦げている。額に「M」字の縦ジマがあり、耳は小さくて前方に折れ曲がっている。全体的にずんぐりむっくりした体形だ。

 

「おじさん、ネコって飼ったことはあるの?」

「ないよ。オマエもないよな?明日、動物病院に連れて行こう」

「今夜、このネコと一緒に寝ていい?」

「いいけど。なにかあったらすぐ呼べよ」

「うん」

ボクがいつも寝ている部屋にネコが寝ているダンボールを運び、布団に入った。

 

『午後11時になりました!神出鬼没のレディオビーナス・高田れなの不定期ゲリララジオ「パンチDEハッピー」、まさかの今日2度目の放送です。では早速ですが、いつも通りリクエスト曲から。またまたラジオネーム・ほろ酔天使さんからのリクエスト。もしかしてこの人しか聴いてないんじゃないの?このラジオ。みんな遠慮しないでいいんだからね。リクエストしてきて。さてリクエスト曲はももいろクローバーZの「Hanabi」です。この人、いい曲、リエストしてくるのよね』

 

もう一度だけ も一度だけ 君に見せたかったんだ

こんなにも美しいこの世界

だってそうさ君はがんばったんだ

逃げなかった強さを 僕はしってるよ

 

その夜、夢を見た。

ボクは水中で溺れていた。額にはツノが生えている。誰かの手が見えて水中のボクを引っ張り上げてくれた。「大丈夫?」そこで目覚めた。

 

 

ダンボールを見るとネコが水を飲んでいた。

「おっ、オマエ元気になったのか」

『まーな』

「ん?オマエなんか言った?」

『世話になったな。ついでに昨日の場所に連れて行ってくれないか?』

幻聴が聞こえる。どうやら、疲れているらしい。

 

砂浜に下りていくとみんなそろっていた。

「ネコ、大丈夫だったようだね」タマトが声をかけてきた。

「うん。おじさん、何時に動物病院行くの?」

「9時…のつもりだったけど、行く必要あるのかな?」

「なんで?」

 

おじさんはボクの後ろの方を指さした。

振り返ってみるとネコが空手の型を繰り返していた。

二本足で立ってバク宙もしている。

「えーと、これはどういうこと?」

 

『オレは惑星ドルバッキーから来た宇宙ネコZ-Ⅱ、通称ゼータだ。病院はいいから、昨日の場所に連れて行ってくれないか』

「すげぇー!しゃべってる」

『話せるよ。オレはオマエらより高等な生き物だからな。そんなことはいいから、ケン、早く昨日の場所に連れて行ってくれよ。探し物があるんだ』

「ケン?おい、オマエ、なんでオレの名前知ってるんだ?そしてその呼び方」

「んー?なんでだろうな。でもオレはオマエのことを知ってるらしい」

「夏休みの自由研究、このネコでいいんじゃないかな?」タマトが言った。

『おいおい、勘弁してくれよ。オレは旅の途中なんだよ。もっといろいろと行ってみたいんだよ。探し物見つけたらとっとといなくなるから安心しろ。変なヤツらがオレのこと捜してるみたいだしな』

「その探し物ってなに?それに変なヤツらってなんだよ」モモがネコ、いやゼータに詰め寄った。

『知らない方がいいこともある』

 

「そうか、わかった。じゃあラジオ体操が終わったら昨日の場所に連れていってやるよ。いいか、みんな、とりあえずこのことは他の人には秘密にしておけ。わかったな」

「ラジャー」

 

ラジオ体操の「Daicing れなちゃん」をゼータはすぐにマスターした。ゼータいわく、ゼータの住んでいた星でよく似たダンスが流行っていたらしい。

 

公園にはおじさんとボクだけで行くことになった。おじさんの紫色の車に乗り込み公園に向かった。昨日のゼータを見つけた場所に行くと、直径50cmくらいのくぼみができていた。ゼータはキョロキョロと必死に探している。

「でゼータ、探し物は何なんだ?」

『ツノだ』

「ツノ?誰の?」

『オレのに決まっているだろう。ツノがあって初めて完全体なんだ』

ツノはボクが見つけた。

『ありゃー、大分短くなちゃったな。こりゃ元に戻るのに3週間くらいかかるな』

 

ツノは長さ5cm程度、本来は8cmくらいあるらしい。

「それってもうダメなんじゃないの?折れちゃったんでしょ?」

『いや、大丈夫だ。欠けたのは先端だけだ。根本は落下した衝撃で外れただけだ。ほら、ここの額のMの部分にねじ込むようになってるんだ。ネジ式なんだ』

 

まさかのオプション装備。

「3週間かかるっていうのは?」

『ツノは自己修復能力があるんだよ』

「ふーん、よくわからないがこれで用事は済んだんだな」

『ああ、ありがとな。ついでにペットショップに寄ってくれ。首輪を買うから』

「なんで?そもそも金はあるのか?」

『ない!それは任せた。オレに恩を売っておくと後々いいことあるぞ。首輪が無いと野良ネコと間違えられて面倒なことになるからな。しばらくケンのところで厄介になる』

 

公園からペットショップに向かう途中、公園には似つかわしくない黒塗りの車とすれ違った。

『もう嗅ぎつけたか』ゼータがつぶやいた。

 

ペットショップでゼータは紫色の首輪を選んだ。

「オマエ、いい趣味してるな」おじさんはうれしそうだった。

キャットフードを買おうとしたら、ゼータは拒絶した。

『オレは肉も魚もキャットフードも食べない。食べるのはグミかチョコかパイナップルだ』

どういう味覚をしているのかわからないけど、本人が言うからそうなんだろう。

 

スーパーで主にゼータの食料を買い、帰宅するとゼータは自分で首輪を加工しツノをペンダントのようにぶら下げた。鏡で確認し満足そうだった。

 

「こんちはー」モモの声がした。

モモはウニの貝焼きを持ってきてくれた。

「モモ、悪いなー。花火のこともあるのに。タマトやアキラはどうした?」

「どっちも家族で出かけるって。そういや母ちゃんが話があるから来てって言ってたよ」

「そうか。じゃあ、ちょっと行ってくるわ。オマエらは適当に遊んでろ」

「いってらっしゃーい」モモがニヤニヤしながら言った。

 

 

●第3章

 

マリさんに花火とウニの貝焼きのお礼を言うと「そんなのいいわよ。いつも子供たちの面倒見てもらってるんだから。でもあんたカーコにお礼言ってないでしょ?そっちは言っておきなさいよ」カーコはレイの母親であり、オレの姉だ。

 

「わかった。それで、話っていうのは?」

「ケンヂ、昔、自転車でポリネシアンセンター行ったこと覚えてる?」

「ああ、忘れたくても忘れられないよ」

「あんた、モモノスケにその話したでしょ?モモノスケが詳しく聞かせろってうるさかったのよ。それで話したら、みんなで遠出したいって言いだして…」

「なんか嫌な予感がするんですけどー」

「モモタも今、旅に出てるじゃない?その影響もあるかもね」

「それでオレには何をしろと?」

「モモノスケ1人なら気にしないんだけど。他の子たちもいるからね。ケンヂにはモモノスケたちの遠出、いや旅?冒険?を陰から見守って欲しいのよ」

 

「まあ、それはいいけど、目的地はポリネシアンセンター?」

「それがね…例の新国立競技場のHEAVENZのライブに自転車で行くんですって」

「はあ?ポリネシアンセンターまでの20kmで一晩かかったじゃん。大分寄り道したからだけど。ここから新国立競技場って何キロ?」

「240kmくらいかな?」

「はあー?1日40km走ったとしても6日間はかかるじゃん」

「おお、さすがねえ。モモの計画では8月21日に出発、1日40km走って6日間、前日に会場の近くのホテルに泊まる予定だって」

「そんなの絶対無理じゃん。モモはできたとしても他のヤツらは無理だろうし、万が一到着できたとして疲労でライブなんて楽しめないだろう」

「かなり、厳しいのは間違いないわね。そこでケンヂの出番よ。無理なようなら説得して車に乗せて会場まで連れてきてあげて。その判断をしてあげて欲しいの」

「オレは車でついて行くってこと?夜、寝る場所はどう考えてる?」

「ケンヂの車でもいいけど、健康センターに泊まるそうよ。実はさ、タマトもアキラも中学はこっちじゃないのよ。中学はみんなバラバラなの。レイは横浜の中学でしょ。だからあの子たちの最後の思い出作りなのよ」

 

「そうなのか…なぜオレに言わなかったんだ」

「言いづらかったんじゃない?今日はタマトもアキラもそのための買い物に行ってるはずよ。ナンシーもフーコもケンヂがサポートしてくれるならオッケーだって。もちろん、カーコもね。今頃モモノスケがレイに計画を説明してるはず」

「なんか勝手に話が進んでない?」

「あらーそんなことないわよ」マリさんはそう言ってスマホを見せた。

 

『ありがとな。なにかお礼しないとな』

 

マリさんのスマホには昨夜のオレの姿が映し出されていた。

 

 

うちに戻るとレイとモモ、そしてゼータがハンガーを振り回して遊んでいた。

「おい、なにやってる」

テレビには「刑事物語2 りんごの詩」が流れていた。どうやら影響を受けたらしい。

「はい、はい、終わりー」

 

「ケンヂ先生、母ちゃんと話はまとまった?」

「ああ。ただモモ、オマエどう考えてる?本当にできると思っているのか?」

「兄ちゃんが徒歩で全国総番長制覇の旅を頑張ってるんだから、オレもそれくらいしないと」

「オマエはよくても他のヤツらはついてこれるのか?」

 

「できるさ。みんなと一緒なら」

「オレもー」

タマトとアキラも姿を現した。

2人とも新しいリュックを背負っている。

 

「レイはどうする?」

「昨日、あれだけやってもらったんだから頑張らないと。それにおじさんがついてきてくれるしね」

「わかった。オマエらがそう言うなら協力する。ただ基本的には見守るだけだ。全力を尽くしてもダメな時は助ける。逆にオレから見てダメだと思ったら止める。それが条件だ。あと目的を忘れるな。旅、冒険、いやライブなら遠征か。それが目的じゃないからな。目的はHEAVENZのライブを見ることだからな。その前に体力を使い果たしたらライブは見れなくなるぞ」

「ラジャー」

 

『ほうほう、いいねえ。青春だねえ。その遠征とやらにオレも混ぜてもらおうかな?HEAVENZってヤツのライブも見てみたいし、ペンライトっていうの?あれ生で見たくなっちゃった。あれはオレの世界に無いものだ』

「別にかまわないけど、オマエは車に乗るってことか?」

『いやーそれは味気ないじゃん。レイの自転車にはカゴついてるだろ。あそこに乗る』

「それだとレイの負担になるだろう」

『あーそれは大丈夫。オレは体重7.5kgだけど“0”にできるから。それにオレはいろいろ役に立つぞ。なんつっても宇宙ネコだからな』

「その件はここまでにしよう。まずは脚力を鍛えないとな。オマエら砂浜走るか、自転車でロードワークしてこいよ」

「ラジャー」

 

全員が出ていくのを確認してからゼータに言った。

「ところで公園ですれ違った黒塗りの車は誰なんだ?」

『気づいてたのか。やるねえ、ケンは』

「あと、その呼び方。オマエはなんでオレのことを知ってるんだ?」

『あの黒塗りの車は、ひと言でいえば悪党だな。オレを捕まえて、オレの能力を悪用する気なんだろう。もう3年になるかな』

 

「オマエ、3年も地球にいるの?そしてオマエの能力ってなんだよ」

『簡単に言えば治癒能力だな。病気とかは治せないけど、ケガや疲労回復ができる』

「それでレイたちに連れてけって言ってたのか」

『そうだ。ただツノが完全に修復しないと能力は発揮できない』

「ツノの修復に3週間かかるんだろう?今日が8/7…3週間後は…8/28。ライブは8/27,28。ちょうど間に合わないじゃん」

『まあまあ、そう怒んなよ。完全回復は無理でもツノの長さに比例して、つまり半分くらいは回復できる。それで何とかなるだろう』

 

「それが本当なら何とかなりそうだな。ところでそんな話をオレにしていいのか?」

『オレはそういうのわかるんだよ。それも能力だ。ケンも、レイもモモたちも悪いヤツじゃないのはわかってる』

 

「さっきも聞いたけど、なんでオレのことを知ってるんだ?」

『あーその話する?』

「気になるわ」

『じゃあ冷静にオレの話を聞いてくれるか?』

「ああ」

『そこに飾ってある写真の娘。ケン、いやオマエの恋人だったんだろう?』

「ああ」

『オレたち宇宙ネコは水に弱いんだよ。飲むのは大丈夫なんだけどな。体が濡れると能力が発揮できなくなるんだ。だから風呂に入らないしシャワーも浴びない。雨に濡れると無力になる。特に海水はダメなんだ』

 

「それで?」

『3年前、地球に来た時にちょうど梅雨の時期でな。そんなの知らなかったから途中で雨に濡れて落下したんだ。落ちた場所が運悪く海でな。死にそうになったんだよ』

「3年前の梅雨の時期…」

 

『そうしたら海に飛び込んでオレを助けてくれた人がいたんだ…それがその写真の女性だった』

「本当か!?本当にナオミだったのか」

『こんな嘘、つくわけないだろう。その女性、ああナオミさんっていうんだったな。ナオミさんはオレを助けて砂浜にたどり着いて力尽きた』

「そんな…。でもナオミの遺体は見つからなかったぞ」

 

『ああ。オレは意識があったけど海水に濡れたせいで能力が発揮できない状態だった。でもオレのために命を懸けて助けてくれたんだ。何とか助けようとしたんだ。オレには確率50%程度で完全ではないけど蘇生の能力もあるんだ。適用範囲は治癒能力と同じで病死には効かない。それに何度も使える能力じゃない。一度使うと成功、失敗に関わらずツノが消える。ツノが消えると次に生えるまで3年かかる。成功する確率はかなり低かった。でも蘇生を試みた』

 

「……」

 

『結果は失敗だった……でも』

「でも、何だよ」

『肉体は消えたけど意識がオレの中に取り込まれた。こんな経験、初めてなんで説明が難しいが、ナオミさんの意識はオレの中にオレの意識と混在して存在してるんだ』

「おい。待て。それはナオミが生きてるってことなのか?話すことができるのか?」

『オレとナオミさんの2つの意識が別々にあるんじゃなくて、交じり合った1つの意識がある感じだ。オレがナオミで、ナオミがオレでと言えるかもしれない。話はできると言えばできる、できないと言えばできない。今のオレは3年前のゼータではなくゼータ・ナオミ、またはナオミ・ゼータなんだよ』

 

「なんだよ、それ、よく理解できない」

『それはしょうがないことだろう。オレがうまく説明できないわけだから。ただナオミさんの記憶はある。この3年間、ツノの再生を待ちながら横浜でオマエを捜していたんだ。ツノが再生したからここにいるオマエを見つけることができた。花火に見とれて衝突しまったせいで、せっかく再生したツノも欠けちまったけどな』

「ダメだ、わからん」

 

『全部いっぺんに理解しようとしなくてもいいさ。オレとナオミはここにいる』

「オマエ、なにしれっとナオミって呼んでるんだよ」

『面倒だからだよ。それにナオミも自分で自分にさんづけするの気持ち悪いって言ってるよ』

「本当かー?」

 

今日これ以上このことを考えるのはやめよう。

一緒にいれば徐々にわかってくることもあるだろう。ゼータの言うことが本当なら遺体が見つからなかった理由もつじつまが合う(合うのか?)、何より自ら命を絶ったのでなければ、少しは楽になれる。

ネコを助けようとして海に…水泳部だったのにな。泳げなければ死ななかったのかな。それでも助けようとしただろうな、多分。なぜ、そこにオレはいなかったんだろう。そもそもナオミはなんでここに来たんだよ。

 

「ただいまー。お腹減ったよー」レイが帰ってきた。

「ゼータ、さっきの話の続きはまた今度な」

『ニャオ!』

 

ゼータはグミ、チョコ、パイナップルが好物だと言っていたがウニの貝焼きも食べた。もったいないのでもう食べさせるのはやめよう。

 

『午後9時になりました!神出鬼没のレディオビーナス・高田れなの不定期ゲリララジオ「パンチDEハッピー」、さて今日もまたこの人のリクエストから。私は確信しました。この放送、この人しか聴いてない。ラジオネーム・ほろ酔天使さんからのリクエストでステレオポニーの「はんぶんこ」です。私ね、ステレオポニーさんのMVに出演したことあるんですよ。知らない人もいるんだろうな。この人はそのことを知っていてリクエストくれたんでしょうかね?ちなみにこの曲のオリジナルはBivattcheeさんなんですよね。Bivattchee ver.は男性目線なのでステレオポニーver.は一部、女性目線の歌詞に変更されているそうです』

 

はんぶんこした愛のかけらを

今でもまだ持ってますか?

どこかで同じ空気を吸って 

どこかで同じ事を考えて

どこかに繋がる道を歩き 

どこかで同じ月を見る

どうしてあの時あなたに 

何も伝えられなかったんだろう

どうしてあの時あなたと 

サヨナラしてしまったんだろう

 

はんぶんこした思い出達を 

今でもまだ覚えてますか?

はんぶんこしたあなたの心を 

まだ持ってても良いですか?

 

レイたちは毎日足腰を鍛えた。勉強もした。HEAVENZのCD、ライブ映像も見た。そしてラジオ体操のスタンプカードがいっぱいになった。

 

※【中編】に続く