私の恋愛対象は「人すべて」です

恋愛に限定しなければ、生き物すべてに似たような好意をいだきます


パンセクシャルといわれる志向なのだと思います


若い頃から、男性だからどうとか女性だからどうとか、そういう考えに興味がなく、性別で線引きをする考えには反発心もありました


恋愛においても、男性を好きになったことも女性を好きになったこともありますし、おそらく今後、男性でも女性でもない人を好きになる日も来ると思います


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だから、誰かに「好き」の気持ちをもったとき、それが恋愛感情なのか、友人としての好きなのか、人としての好きなのか、そのほかの種類の好きなのか、判別が難しいときがあります


今までそれについては色々と考えてきました


私にとって、人としての好きと、特別な好き、その違いはどこにあるのだろうと


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今のところ有力なのはこの2つです


・相手に性的な関心があるかどうか


私は好きな気持ちが生まれないと、一線を越えることはありません


特別な好きが生まれないと、相手の性的な部分に興味がわきませんし、相手と一線を越えたときに現れる新しい自分にも興味がわきません


だから、相手と性的な進展を期待したり想像したりするのなら、それは特別な好きといえるのではと思っています


・ほかの人への「好き」に違和感があるかどうか


好きな人に好きと思う気持ちと同じ種類の好きをほかの人に当てはめてみます


仕事の人、家族、友人…

ほかの誰かに「いま好きな人に好きと思う気持ち」をそのまま当てはめてみます


そのとき違和感があれば、好きな人への「好き」は特別な好きなのだと思います


同じように、好きな人が私に好きと言ってくれたとして、同じ言葉を同じ温度感でほかの人に言っていたらどうか…


想像して心がざわざわしたら、それは特別な好きかもしれません


友人にほかに好きな人がいてもざわざわはしないからです


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これはあくまで今の時点での私の場合です


そのうち判断基準は増えるかもしれませんし減るかもしれません


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歳を重ねるにつれて、特別な好きってなんだろう、何が特別なんだろうという問いは大きくなってきました


上の2つの判断基準を簡単にまとめてしまうと、「性的関心」と「特別感」と言い表せるかもしれません


ちなみに「特別感」と「独占欲」は似ているところはあるけれど違うものだと思います


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少し脱線してしまいますが、独占欲もまた、私にとって年々定義が難しくなっている言葉の一つです


独占欲の内訳は、「縄張り意識」と「特別感」だと思っています


たとえば、幼い子が自分のおもちゃをほかの子に取られそうになって怒ることがありますが、あれは縄張り意識の一種だと思っています


また、幼い子に弟か妹ができて、親が自分だけのお父さんお母さんでなくなってしまったときに、自分の気持ちと折り合いをつけなければならなくなることがあります

これはそれまでの特別な立ち位置が揺らいだことによる葛藤だと思います


これを恋愛に当てはめると、縄張り意識は、自分のテリトリーの自分の収穫物をほかの人に取られまいとする本能的な感覚のように思います

相手のことを自分のものだと思っているわけです


人は誰のものでもないと思います

子どもも親のものではありません

それでもそこの境界があいまいになってしまうのは、「私」と「相手」という主語があいまいになっているからだと思います


また、単に物質的な所有欲が強い性格の人の場合もあると思います


次に「特別感」についてです


特別かもしれなかったことが特別でなくなったかのように感じて、独占欲的な感情が生まれることは、人間の生存本能においての強い飢餓感だと思います


特別であることに居場所と存在意義を感じている状態が原因です


本来、人は誰でも素晴らしく特別な存在なのですが、その認識が「ほんの少しでも」揺らぐと、特別な立場への欲求が生まれます


そしてその相手は誰でもいいわけではありません


自分が特別だと思った人から特別だと思われたい

これは多くの人が持つ根源的な欲求のようにも思います


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なお、さらに脱線してしまいますが、相手の飢餓感をうまく利用してメンヘラ化させる人は一定数います


意識してそれをしている人もいますが、多くの場合無意識のうちに相手に「特別感」をいだかせて、そのくせその特別感を維持するやる気はないので、相手の精神を不安定にさせてしまいます


そこで再度「特別感」を少しだけあげることにより、相手の飢餓感が刺激されてさらに情緒不安定に…の流れです


ただ、それをしてしまう人は、自分の中にも飢餓感を抱えている人です


飢餓感がまったくない人は、決して相手をメンヘラ化させないものだと思います


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こうして書いてみると、私にとって、「人として好き」と「恋愛対象として好き」は大きく違うように思えてきました


もう少しグラデーションだと思っていたのですが、けっこうはっきりと違いがあるようです


みなさんにとっては、「好き」の違いはどんなところにありますか?


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とりとめもなく長文になってしまいました


自己紹介もなく書き始めてしまいましたが、これが初の記事です


このブログではつらつらとひとりごとを書いていくつもりです


少しでも目に留めてくださる方がいたら嬉しいです



MONmomo