和歌山 高野山と九度山 ① | 僕と歴史と墓 

僕と歴史と墓 

歴史が好きで、特に著名人のお墓を巡っています。
パグのこむぎを飼っています。
ハードロック、ヘヴィメタルが大好きです!

こんにちは!

今回は、和歌山県の九度山と高野山を紹介します。

 

↑九度山にある、真田庵(善名称院)です。

 ここは、真田幸村と昌幸の親子が、高野山に蟄居を命じられて、信州から紀州まで、来て

 ここで、真田昌幸が、亡くなったので、境内には、昌幸の墓や幸村の碑が、あります。

 他にも、この近くには、真田ミュージアムや真田抜け穴などが、あります。

 

↑手前にあるのが、真田昌幸の墓で、後ろにあるのが、真田幸村の碑で、真田大助など真田家臣の墓です。

 

ここから、高野山です。

 

↑空海が、開いた高野山金剛峰寺です。

 空海は真言宗を開きました。

  真言宗の総本山です。

 

↑金剛峰寺の本堂です。

 中には、豊臣秀次が高野山に追放され、切腹した柳の間などが、あります。

 

↑高野山の女人堂です。

 高野山が、女人禁制のころ、高野山に入ることを許されなかった女性が、遥拝するための参籠所でした。

 

↑高野山の徳川家の霊廟です。 

 ここには、徳川家康と徳川秀忠の霊廟が、あります。

 

↑手前が家康の霊廟で、奥が秀忠の霊廟です。

 

↑真田昌幸と幸村が、九度山の前に、住んでいた蓮華定院です。

 

↑蓮華定院の真田家墓所です。

 真田信政と真田信之の墓です。

 

↑左が信政で、右が信之の墓です。

 

 

次は、奥の院です。

②へ、続く