「お前のどこが繊細なんだ」


「真面目なのは認めますけど、繊細さの欠片はありませんね」


「うん。昔から大のことを知ってるけど、繊細さを感じたことはないわね」


「……君たち、俺はこの店のオーナーだよ。オーナーにそんな暴言をはいていいと思ってるわけ?」


「事実を言ってるまでだ」


「それに事実上のオーナーは牧さんだよ。経理も事務も牧さんに任せっきりじゃない」


「……それを言われると、何も言い返せません」


「あの…わたしたち、置いてきぼりなんですけど…」


「ああ、ごめん、ごめん。俺、オーナーの諸星大。みんなに言われ放題だけど、そんなに悪い人間じゃないから信じて?」


「はい、信じます‼」


「ありがとう、大好き‼」


そう言って、諸星さんはわたしを抱きしめた。


筋肉質な身体にドキッとした。


「抱きつかないの。セクハラで訴えられるわよ」


杏先輩がわたしと諸星さんを引き離した。


ちょっと残念な気がした。


「茜、バスケ好きなんだよね。大のことも知ってる?」


「はい、もちろんです‼愛知の星‼諸星さんが大好きで、愛和学院の試合、よく観てました」


「ありがとう。でも、愛知の星っていうのは恥ずかしいな…」


「それ、誰がつけたんですか?」


「どこかの新聞記者じゃない?センスないよねー」


「わたしは好きでしたよ、その通称」


「茜ちゃんがそう言ってくれると嬉しいなー。やっぱり茜ちゃん好きー‼」


そう言って、抱きつこうとした諸星さんを杏先輩が止めた。


「もう‼その抱きつき癖やめなさい。そのうち、本当に誰かに訴えられるわよ」


「じゃあ、気をつけまーす。雑談はこの辺で終わりー。茜ちゃんと山科くんは1ヶ月研修とうことで、教育係をつけるね。杏は茜ちゃん、神は山科くんをよろしく」


「了解」


「分かりました」


「慣れるまで大変だと思うけど、分からないことがあったら何でも聞いてね」


「「はい‼」」


これから、この場所で、このメンバーと働くんだ。


すごく楽しみ。


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仕事初日終了。


「今度の日曜日、茜ちゃんと山科くんの歓迎会をやろうと思ってるから、みんな予定あけといてねー」


諸星さんがみんなに呼びかけた。


「そんなに気を遣ってくれなくてもいいですよ」


「そうです。仕事を教えていただけるだけで有り難いです」


「遠慮しないで。それとも、歓迎会とかそういう場、苦手?」


「お酒の席はあんまり好きじゃないです…」


そう言って、少し後悔した。


自分たちの歓迎会だし、社会人は付き合いも大事だって、中岡が言っていた。


「僕も茜もお酒は全く飲めません。それでも大丈夫でしょうか」


「そういのは気にしないで。俺も全く飲めないから」


「そうそう。大は全く飲めないよね。だから、気にしなくていいよ。でも、本当にイヤなら断って」


「行きます‼」


「僕も行きます」


「じゃあ、決まり。駅前の居酒屋で歓迎会ね」


居酒屋か…。


大学生のときに、サークルの飲み会で何度か言ったことがある。


安いけど、料理はけっこう美味しかった。


「茜ちゃんと山科くんは居酒屋行ったことある?」


「わたしは大学生のときに何度かありますよ」


「僕は初めてなので楽しみにしています」


「歓迎会で行く居酒屋、安いけど料理は美味しいよ。あっ、でも、山科くんはいつもイイもの食べてるか」


「大‼そういうことは言っちゃダメだって言ったでしょ‼」


「杏さん、構いませんよ。でも、僕のことも茜のことも家柄は抜きにして、1人の人間として見ていただけると有り難いです」


「うん、そのつもり。でも、失礼なこと言っちゃうかもしれないから、もし何か気になることがあったら言ってほしい。気をつけるから」


「お心遣いありがとうございます。では、お先に失礼します」


「わたしもお先に失礼します」


晶と2人でお店を出た。


「みんな、いい人だね」


「ああ。初日だが、ここを選んで良かったと思う」


「うん、わたしもそう思う」


「でも、あの人には気をつけろ」


「あの人って?」


「諸星さん。あの人は危険だ」


「何で?諸星さん、いい人じゃん」


「いい人だけど危険」


「晶、もしかして諸星さんに嫉妬してるの?」


「してるわけないだろ。なぜ、僕が嫉妬なんか…」


「晶、わたしのこと好きでしょ」


「なぜ、そうなる」


「わたしに彼氏がいる間、ずっと機嫌が悪い」


「そんなことはない」


「ふーん。じゃあ、そういうことにしてあげる」


「ところで、茜。帰りはどうするんだ?」


「駅に中岡が迎えに来てくれてる」


「そうか。じゃあ、僕が送っていく必要はないな」


「送ってくれるつもりだったんだ。ありがとう」


「茜に素直に礼を言われると、何か悪いことが起こりそうだ」


「もう‼何で晶はいつも可愛げがないのよ‼」


「僕は昔から、こういう性格だ。茜も知っているだろう」


ええ…よく知っていますとも…。この性格には慣れたけど、ときどきイライラする。


「茜。お前、今イライラすると思っているだろう」


「思ってませーん」


「顔に出てるんだよ、お前は」


晶はわたしの頬をつねった。