momonga385のブログ

momonga385のブログ

愛猫の事や、子猫の事や、世間の嫌なことを、私情を押し殺し、冷静に、分析し、新たな切り口で、記事にしていきたい!と、思っています!

何処かの団地から・・・

皇族方のなかでは、出自に関して露骨な表現は行わないといわれています。要するに相手の方の出自に対し、安易に発言して後に、自分達より上位にあった場合、取り返しのつかない、恥をかくからです。なので、当たり障りのない、遠回しな表現で、その方の、出自を相手に伝える、その様な手法が取られている様です。

と言っても、皇族方ですから、其れは、ご自身の出自の自慢になることも、多いと言われています。その、いい例が、佳子様が、民間のイベントでご記名なさった時「秋篠宮佳子」とご記名なさったことです。

これには、様々な評価があるようなので、事細かに触れませんが、内親王というお立場に、自身の存在意義を見いだしていないのでは?と思われても、仕方のないように思われます。

この、世の中、幼い頃は、情報から、ある程度、隔離されて生活できても、一定の年齢になれば、外部の情報も手に入れることができるようになります。

其れは、自身の立場の重要性を感じる場合もあるでしょう、いわれのない、中傷にさらされることもあるでしょう。でも其の様な事は、今の時代、幾らでも自分で調べる事は出来ます。

当然、皇族方も、ご自身のみならず、ご両親や、ご先祖様のことも、あらゆる方面からの評価を知る事に成ります。

そんな時、秋篠宮家のカタカタは、秋篠宮殿下を除き、どの様に出自を表現されるのでしょう?其れが、文頭に記した、

「何処かの団地から・・・」との表現らしいのです。

皇族の方々内での表現とはいえ、幼い頃の秋篠宮家のお子様たちには、小さな心に突き刺さる、表現だったに違いありません。「何処かの団地」と言っても、ルーツの団地は今は無いと言われています。あっては困るのかもしれません。もし、子供たちが、自分のルーツを知ろうとした時、「事実」が存在すれば、その時々の立場に影響するかもしれない。そう考えれば、権力を使い、本来の歴史を、自身に都合の良いように、上書きしてしまう。

仮に、自身の先祖の歴史さえも、都合よく乗り換えた歴史に上書きしてしまう。


然しながら、「何処かの団地から」という表現は、乗り換えた歴史を正当化出来ない、後世に伝えるべく、皇族方が示した、結界の一つかもしれません。