急になつかしくなって、ストリートビューで野口英世の生家を覗いてみたのだが、あまりの変わりようにたまげてしまった。
まあ40年近く経過しているので多少の変化はあるだろうとは思っていたのだが、当時の面影は全くなくなってしまっていた。
生家の上にはでっかい屋根が設けられており、周辺は建物だらけ、大きな道路が横切り、なななんちゅうことを・・・という状態に成り果てていた。
当時は周辺はススキの原っぱが広がり、生家から歩いて、眼前に広がる猪苗代湖に行けたのだ。
清作少年や母シカが見ていたであろう光景がそのままの手付かずの状態?で広がっていたのだった。
20年くらい前になろうか、できて間もない大山崎山荘美術館に行ったことがある。
最寄り駅からの案内に従って坂道を登ってゆく。
結構キツイ坂だったと記憶している。
駅周辺は民家があったのだが、坂道の途中からは家はなくなり、緑の濃い林になっていた。
レンガ造りのトンネルをくぐると、立派な庭園を控えた洋風の木造邸宅が見えてくる。
教会の鐘楼のようなとんがり屋根の落ちつた色調の家屋だ。
玄関は美術館らしくない。それはそのはずで、もともと美術館として建てられたものではなく、個人の別荘?として建てられたものだからだ。
もちろん、庶民の民家に較べたらずっとずっと大きく豪華なつくりになっている。
玄関を入ってすぐのところに暖炉と大きなソファがあったと思う。
かなり大きなソファーで、背もたれが高かったように思う。
明治を思わせる、古めかしいがよく手入れされた落ちついた調度品のある室内を抜けると、突然現代に引き戻される。
ガラス張りの廊下、エスカレーターで地下に。
コンクリート打ちっぱなしの地下空間、例の安藤氏のモノだ。
建設当時のままの、古風な地上の建物とはまったく異なる現代建築の地下空間に例のモノがあるのだ。
それに会うために来たのだった。
睡蓮がこんな近くに。
画集ではよく拝見するが、ホンモノは初めてだ。
細かいところまで見て取れる。
でも、あんまり近づきすぎると、睡蓮が睡蓮に見えなくなってしまう。
大きな絵なので、かなり距離をとらなくてはいけない。
どれくらいがいいだろう?3メートル?いや4メートル?
もっとあけたほうがいいかもしれない。
また行く機会があったら、もう一度測ってみよう。
追伸
先日、急に思い立って天王山に行ってみることにした。
例によって大河ドラマの影響である。
豊臣兄弟に限らず、ここ山崎周辺は歴史イベントの舞台になることの多い場所で、それゆえ見どころも多い。
まずはなんといっても国宝の茶室、待庵がある妙喜庵(みょうきあん)だろう。
駅前、出て左手に佇んでいる。
以前、葛城山で出会ったオジさまと世間話をしたことがあったが、
その方のおっしゃるには、陛下も訪れたことがあるとのこと。
ホンモノを拝見するには予約が必要ということで、気易く訪ねることはかなわないが、復元模型が大山崎町歴史資料館あるとのことですので、そちらがいいカナ?