にゃんともしんどい!
10年こじらせ脱うつ日記 (逢川 里羅 著)


こんばんは
今日ご紹介するのは、うつ病について書かれたコミックエッセイです。

漫画家である逢川里羅さんがうつ病に罹患し、暗中模索する様子が書かれています。

第1章 それがうつの始まりでした……
第2章 だからうつをこじらせました……
第3章 自分のうつと仲良く付き合う方法

うつになったきっかけや逢川さん自身の養育歴や考え方の癖、うつを治すための悪戦苦闘が漫画形式で書かれていて、とてもわかりやすいです。

間に精神科医の方のコラムがはいり、医学的見地からの解説もあります。

私も二回うつ病を経験しているのですが、自分の経験と重なる部分が多い一冊でした。



なんかね、今、涙腺ゆるゆるなんです笑い泣き笑い泣き

ひとに優しい言葉をかけてもらっては泣き。
自分のこの1ヶ月の話をしては泣き。
ちょっと感動的な漫画を読んでは泣き。
不登校についてのブログを拝読しては泣き。
頑張る娘を見ては泣き。

多分、「頑張らないと」って知らず知らずに肩に力が入っていたのが、「頑張らないでいい」って思えたのと、娘に笑顔が戻ってホッとしたから爆笑爆笑爆笑

力抜けてるんでしょうね〜。
色々ゆるゆるですチューチューチュー



私、昔は泣き虫だったんですが、ある時を境に泣かなくなったんです。

というのは、幼い頃、悲しかったり悔しかったりすると、すぐに涙が溢れてきて。

泣くと、母に「また泣いて。泣いたらなんでも許されると思わんときよ」と言われるのが、
いやでイヤで嫌で…!!!(エコー…)

母と私の間には、深い溝があったので(今は改善されています。ある程度の溝は仕方ない)、絶対泣かないビックリマークビックリマークムキームキームキーって、一時期を境に思うようになりました。

多分中学生頃?

自分の気持ちを言語化する能力が高まり、悲しい気持ち、悔しい気持ちを一旦自分から切り離し、ノートなどに思いを書き出し、問題を客観的に見るというスキルを発動させるようになりました。


…今の私なら、言ってあげたい。
泣いたってええんやで。ニヤリニヤリニヤリ


しかし、変なところで負けず嫌いな私は、成長とともに、泣かないためのスキルを高めていったのでした。



右矢印分析左矢印という能力も手に入れ、自分の気持ちに蓋をすることが上手になりました。

あれほど止めたくて仕方なかった涙、悲しい時にも枯れてでてきやしないニヤリ


泣いたらスッキリするやろに、と思うこともありました。


…それは決して強くなったわけではなく、感受性が錆びて、心がカッサカサになっただけだったのですが、私は勘違いしました。

社会人として、看護師として揉まれ、妻になり色々やりくりし、母になり守るものができたから強くなったと勘違いしてたのです…。

ここ数日の涙腺のゆるみ➕今日ご紹介する本をパラパラと立ち読みしていて、そのことに唐突に気付きました。


逢川さんがご自身のことを書かれている様子は、自分と重なる部分がたくさんありました。


逢川さんがうつ病と診断され、過ごしてこられた10年間です。

誰よりも自分が自分を責め続けます。

仕事をするために内服し、騙し騙し毎日をやり過ごします。

逢川さんも、お母様との関係は緊張感があるものでした。
逢川さんの行動に対して、批判的な言葉ばかり言う様子が描かれます。

それは、子どもを心配する親心かもしれません。
私の母も同じタイプです。

でも、マイナスの言葉ばかりをかけられると、心は萎縮してしまいます。

私は、「転ばぬ先を用意しすぎる」ことは、「子どもを信用していないということの表れ」ではないかなあ、と感じます。



母に認められたい一心で無理をします。


「お母さんに認められたい」。
この想いは幼少期に愛を十分に感じられない経験から、成人して大人になっても逢川さんの心をかき乱します。


お母様に認められなかった経験から自己肯定感が育まれず、常に誰かからの承認を求めるようになります。

自分はダメな人間だから、仕事を頑張って、仕事で認められないといけない。

「他者からどう見られるか」を常に気にし、自分が評価されていないと思うという落ち込む。

そんな自分に逢川さんは気付きます。

うつ病の状態をゲームにたとえて説明。
わかりやすいです。

逢川さんもPMS症状に悩まされていました。
PMS、本当に辛い……。


自分を責め続け、うつ病と格闘していた逢川さんは、あるひとの言葉に励まされます。

ひとがくれる優しさは、本当にかけがえのないものだな、と思います。

やがて逢川さんは気付きます。

ひとの評価に一喜一憂するのではなく、自分のご機嫌は自分でとることが大切。

私自身、これに気付いて凄く楽になりました。
自分を甘やかすことを許すことはすごく勇気がいりました。

でも、自分が自分を大切にしないと、人生は楽しくないんだと気付きました。

逢川さんは、「自分のご機嫌をとる」方法を考えるようになります。
それが第3章で詳しく挙げられています

自分を大切にすることで、逢川さんのうつ病は癒えていきました。

うつ病になるひとって、真面目で、自分を過小評価して、自分を甘やかすなんて…!と思っているひとが多い気がします。

私自身もそうでした。
自分にご褒美をあげる習慣は、心をパンクさせないためにとても大切だと思います。

とてもわかりやすく、逢川さんがとても身近に感じられた一冊でした



うつ病って、色々判断が難しいなあ、と思います。
うつ病は血液データなど、具体的で視覚化できる指標があるわけではなく、いわば患者さんの主観に基づいて診断されます。

うつ病がさらに診断しにくく、治療しづらいのは、うつ病は波がある、ということです。

気候の変化や、仕事などストレス因子により症状が強くでるときもありますが、翌日にはケロっとしている場合もあります。

どのタイミングで受診するかで結果(治療薬の種類、量など)が変わります。

そして、うつ病の方は、自分に厳しい方が多いです。
「こんなの甘えじゃないか」と、症状や辛さを過小申告しやすい傾向にあります。



私自身も二回うつ病を経験したと先に書きましたが、ここからは、実体験からの話です。

1度目は、新卒一年生の看護師時代。
2度目は、三年前。38歳のときに、看護師として働くなかでバーンアウトした時でした。


星1度目の治療は、ある意味簡単でした。
看護師になる覚悟が足りないのと、幼少期からの自己肯定感の低さが原因でした。
カウンセリングを受け、自分の考え方の傾向に気付きました。

原因が明らかだったので、半年の内服とカウンセリング、転職で回復しました。


2度目が厄介で…ガーンガーンガーン

星2度目の鬱発症はかなりショックでした。
というのも、1度目の鬱経験で、鬱になりやすい傾向の考え方だと気付き、セルフアセスメント、セルフコントロールを心がけて、克服したと思っていたからです。

そして、自分は強くなった、と思っていたからです。


でも、1度目の鬱が短期間で回復したので、すぐに良くなると思っていました。
うまく薬剤を使ってコントロールすれば良いと思っていました。

だから治療が遅れたし、極限まで自分を追い込んでしまいました。



主治医の休職の勧めを振り切って、仕事を続けられるように内服コントロールをお願いし、最終的には限界を感じて主治医を頼ったときに叱られましたぐすん

「あんたみたいなんが一番危ないんや。大丈夫大丈夫ってヘラヘラ笑って、気付いたら崖から落ちる一歩手前ギリギリのところにおるんや」

ずーっと心配してくださってたのですガーン
多分、私の周りの人たちも。


治療が遅れた分、回復が遅れました。

三年経過した現在も、自分がうつ病を脱したのか、まだ片足踏み入れているのか、よくわからない状態です。

極限期は内服と退職により脱したのですが、PMSが影響しているのもあります。
あと、HSPであることも大きいです。
HSP(敏感すぎるひと)は、うつ病罹患のリスクは高いです。
HSPについては、HSPカテゴリーに納めている記事をご覧ください

 PMSによる気分の落ち込みなのか、鬱によるものなのか、わからないのですガーン


7月に看護師を辞めたのも、うつ病の治療のためでした。
看護師でいるために、内服でメンタルバランスを保っていました。

看護師を退職すると責任感から解放され、心が穏やかになり、内服が不要になりました。

なので、現在は内服はしていません。
ただ…、月経によりかなり落ち込むので、そこはまだ模索中です。



更に、うつ病と一口に言っても、色々な症状や段階があります。

うつ病と混同されやすい疾患もあります。
例えば、双極性障害、不安神経症、パニック障害

似ているようで非なる疾患で、治療に用いる薬剤、アプローチがうつ病とは異なります。

特に双極性障害は、うつ病と見分けがつきにくく、医師でさえ判断を誤ることが多いと聞きます。

そのため、双極性障害は治療が遅れやすく、長期化しやすい傾向にあります。


私も双極性障害に近い症状があります。
双極性障害とは、落ちこみのひどい鬱期と、元気で多動になる躁期があるのが特徴です。

躁期、元気になって良い状態のように思いますが、対人トラブルや経済トラブルを起こしやすいのは、実は躁期です。

気持ちが大きくなり、多弁になる。衝動買いをする。攻撃的な言動をとる。などなど…。

でも、躁状態というには、衝動性が少ないです。
本当の躁状態というのは、自分で自分の状態わアセスメントできず、自分でコントロールできない状態なのですが、私は気付けば止まることができます。

どちらかというと、鬱期を脱した開放感でハイになっているだけな気がします。
だから、最近は、ちょっとハイになっているな、と思ったら行動をセーブしたり深呼吸をするなど、リセットタイムを設けるようになりました。
リセットタイムとして、書道、かなり効果的です!ヨガも!


元気な時期に無理しすぎると、鬱期の反動も凄くなるとわかったので、「元気でいようと頑張ること」をやめました

そうすることで、鬱期が少しマシになった気がしています。

これは、妻であり母であり仕事をする私には、かなり勇気がいる選択でした。
“ブロック外し”ですね。

「元気であらねばならない」という思い込みを外しました。
その思い込みが、自分を苦しめていることに気付いたので…ほっこり



躁状態は、鬱状態に対して出された内服により引き起こされることもあり、本質的な躁状態なのか、薬剤の使用による躁状態なのか、わからなくなることがあります。


鬱状態は辛いので、元気になったように錯覚する躁状態を本人は問題ととりません

これがまた厄介なのです。


判断力は低下していて、本人は回復した、元気になったと思い込んでいる状態なので、攻撃性が高まったりします。

そしてトラブルを起こし落ち込み、鬱に再度突入。

気持ちのアップダウン右上矢印右下矢印を繰り返すうち、どんどん病状は悪化します。


私は1度目の鬱の時、薬剤性による躁状態を経験しましたぐすん

幸い周囲にストップをかけてくれるひとがいたのと、主治医の判断が早く、躁状態が長く続くことはありませんでした。

でも、今思うと怖い状態だったな、と思います。
躁状態で看護の仕事をしていたので、一歩間違えれば、患者さんに影響を及ぼしていたと思います。

その経験から、2度目のうつ病治療の際、気持ちをあげる効果の強い薬剤は使用しないでほしいと主治医に伝えました

私はHSPだからか、薬剤に対しての反応もかなり過敏です。
だから必要以上に薬を内服したくないのです。



うつ病の治療には、正しい知識が必要です。
これは、絶対ビックリマークビックリマークビックリマーク


自分の経験を長々と書いたのも、一つのケースとしての情報提供を意図しています

今はネットで簡単に情報が集まります。
でも、その情報は信頼性があるものとそうでないものが混在しています。


薬剤の使用を頭から否定する情報もありますが、
私自身の感覚としては、薬剤への依存は危険ですが、必要なとき、必要な薬剤を使うことは大切だと思っています。


うつ病は、膝を抱えて我慢していても良くはなりません。

治療には、色々な意味で勇気が必要となります。

下矢印下矢印下矢印
自分が鬱であると認めること。

診療内科という敷居の高い場所に足を踏み入れること。

必要なときは薬に頼ること。

時には、したい仕事を諦めること。

周囲のひとを頼ること。

自分の限界を知ること。

焦らないこと。

無理をしないこと。


どれも私にはとても勇気がいることでした。
でも、どれも、治療のために必要なことでした



私は回復に三年かかっています。
うつ病になったことは、苦しい経験ですが、無駄な経験ではなかったと思います。

周りのひとや、日常の些細な出来事に感謝したり、感動することが増えました。


うつ病になる前は、私はどちらかというと傲慢な人間でした。

なんでも努力すればある程度の成果は挙げられるという考えから、努力が足りない(と、自分が思う)人に対して厳しかったです。

それは、「自分は努力している」という自負があったのもあります。
自分にとても厳しいから、ひとにも厳しかったです。

今は、「頑張りたくても頑張れないときがある」のを知っています。

だから、娘の不登校に対してもある意味寛大でいられます。



美味しくご飯が食べれること、安心して夜ゆっくり寝られることを、とても幸せなことだと思います。

自分の周りに大好きなひとがいてくれることも幸せです。

彩ふ読書会といった、第3の場所があることも。

書道やエステといった趣味を楽しめることも。


小さな幸せは、当たり前ではなくて、実はすごいことなんです。

使い古されているように思える言葉ですが、本当にそうだと知れました。

凄い誰かにならなくていい。
自分が好きなことを楽しめばいい。

心から思います。

今の時代、SNSの発達や自己啓発系の隆盛、A Iの普及、経済的な不安定さから、「特別な誰か」になることを推奨する動きを感じます。

でも、その中味はどうだろう?って振り返ってみてほしいです。

それは本当に、望むことですか?
好きなこと、ですか?


私は何かを決めるとき、
「もし明日自分が死ぬとして、本当に自分はこれをしたいのか?」と考えるようになりました。

死を意識すると、それが本当に自分が望むことかどうかクリアになる気がします。


今、寒くなってきています。
鬱には、季節的な要素もあります。

春先の鬱は有名かと思いますが、実は冬も調子を崩しやすいです。

冬季うつ、という言葉もあり、天候の悪さや日の暮れの早さから、生物的に不安定になりやすいです。

年末自殺者が多発するのも、忙しなく動く年末の影響が考えられます。

「今」しんどい貴方へ。

今日書いた記事が届けばいいな、と思います



またしても私事を多く含む長い記事になりました。

ここまでお付き合いくださり、ありがとうございます

今年も残り二週間です。

家の片付けをして心の掃除をして、必要なもの、不必要なもの、物理的にも精神的にも断捨離をしたいと思いますニコニコ

それでは、また爆笑