今日はちょっと呟きです・・・。

「学校」って、すごく窮屈なところだなあ、って中学くらいまで思っていて。

先生は絶対やし、逃げ場ないし、面白くなくてもその場にいないといけないし。

学校に行くのが、ほんとに嫌な日があった。
けれど、学校に行くのは当たり前と思っていたから、行っていた。
自分の気持ちが伝わる気もしなかったし。
全力で抵抗していかない日を作ったりはしてたけど。
行くのも勇気だけど、行かないのも勇気かな、と思う。

私の中学時代は、今みたいに不登校は多くなくて、学年に1人くらいだった。
その子と少しだけ交流があったけど、彼女は当時どんな気持ちだったのかな、と思う。

私自身、友達がいないわけではなく、むしろみんな凄く親切にしてくれるのに、それに応えられない申し訳なさと居心地の悪さがあった。

高校に入って、高校が大学みたいな雰囲気で、友達も趣味が合う子に巡り会えて、ぐっと毎日が楽しくなった。

時と場所によって変化するから大丈夫なんだと思う。
自分を信じられるかと、信じてくれるひとがいるかどうか。それがすべてじゃないかと思う。

今、娘のことで色々学校とやりとりしてるけど、焦らされる感じがする。

娘を信じて待ってるつもりなんだけどなあ・・・。
結果が欲しいんだろうなあ・・・。
心配からの言葉だったりするから、これを受け止めないといけないんだろうなあ・・・。

娘の気持ちがわかるだけに、なんだか板挟みになってる気持ちになって。
私はなんだかんだマイペースだし、頑固だから貫くけど(一応折り合いはつけるよう、譲れるところは譲りますが)、不登校の親御さんが一番苦しむのは、この【板挟み】感かなあ、って思った。

子どものことが理解できなければ(自分の子だからこそ、愛情から気持ちが先行してしまったり、親子でも残念ながら相性はある、と実体験から思うので)、余計にしんどいだろうなあ、と思う。

幸い私は1ミリも娘に対して信頼が揺るぐことはなく。

主人も、娘が大好きだから理解しようとしてる。
ただ、考え方が娘と私はやはり特殊らしく、主人も説明されないとわからないみたいで。でも、逆に一般論の意見を言ってくれるから助かる。
やっぱり人間は主観で動くので、客観的な意見は大切だな、と思う。

土日になると正直ホッとする。
娘も同じだろうな。
正々堂々休めるから。

娘も私もなんだかんだ真面目だから、それでしんどくなって。
しんどくならない生き方を今学んでる。

そう割り切って考えようとしてるから、呑気に考えているように見えるんだろうな。
あと、私が凄く自信かあるように見えるみたいなんで、余計頑なに見えるのかも。

話せるけど、話すのは本当は得意じゃないので、長文で私からみた娘の経過を書いて先生に提出してみた。
これだけ話してて伝わらないなら、文章で書くしかないな。と。
先生も頑張って理解してくれようとしているし、いい先生なんだけど、いい先生だからこそ、かな、と思うこともあり。

とりあえず、娘が自分のペースでゆっくり進めるためにも、溝を埋める努力は親としてしたいなと思う。

・・・とはいえ、やっぱり疲れるのは疲れて。
今日も仕事終わって爆睡していたし、本の紹介をするまでのエネルギーがなかったので吐き出してみました😌


明日は、楽しみにしている読書会があるのです・・・
そして、夕方からは親子で気の合う友人数家族と忘年会

楽しみです
皆さまも良い週末をお過ごしください