「ありえへん。」
そう。ありえないのだ。俺がこんなにも安易にやすやすと自転車をぱくられてしまうなんて事は。
たとえて言えば前日に宴会予約が60名入るくらいありえないのだ。
俺は今まで15カ国を旅してきた。マラリアで死に掛けた。バックパック一式を盗まれた。その他、たくさんの危険にさらされてきた。
そんな、数々の過去の旅の経験に裏づけされた俺の危機管理意識への自信・自負が、今回の出来事に大きな疑問符を投げかけた。
自分の部屋にもどりベッドに座る。頭が冷えてくると同時にゆっくりと思考が働き出した。
冷静に状況を見つめなおす。
自転車が置かれていた位置はドミトリー前の踊り場。外部からは死角になっている部分だ。
そして自転車は頑丈なチェーンで柱につながれている。
この時点で、思いもよらぬ一つの仮説が生まれる。
セントルイスの治安の悪さに惑わされていたが、これは外部の犯行ではない。のではないか?
まず、自転車は死角にあるため宿の前を通った人が俺の自転車を見つけることは難しい。仮に見つけたとしても、出会い頭で簡単に切れるような安っぽいチェーンではないからだ。
それこそ、自動車の整備に使えるような頑丈な工具がないことには・・・・
自動車の整備??
自動車?
ブライ・・・・アン??
この時、それまで僕の中であやふやになっていた点と点が、うっすらではあるが線で繋がった。
確かに奴は俺が到着した初日に自動車を修理していた。あるいは奴ならできるかもしれない。
そして前回の記事で述べたブライアンとスペイン人の証言の食い違いである。
確実にブライアン、もしくはスペイン人のどちらかが嘘をついている。てか、ブライアンが嘘をついていると考えるのが自然だろう。俺とスペイン人は数日の滞在を経てもはや竹馬の友になっていたのだから。
あいつなら確かに犯行可能だ。
疑問は確信に変わりつつあった。
では、もしそうだとしたら俺の自転車はいったいいずこへ?
どこか遠くに持ち去られたとしたらもはや成す術はない。
ただ、一つだけ、望みがあるとすれば、宿の隣の廃屋の地下倉庫である。
彼はよくその倉庫を出入りしていた。
恐る恐る倉庫に近づく。そこには二人のブライアンの仲間がいた。一人は黒人。一人は黒人と白人のハーフか。俺と目が合った。思わず目をそらしてしまう。俺が倉庫を怪しまれているのに気付かれないためだ。
もし俺が倉庫を怪しんでいることに気付いたら、確実に自転車は倉庫に在ったとしても運び出されてしまうであろう。それならまだしも、下手したら自分の身に危害が起こる可能性も十分否定できない。そう思わせるに十分な街、人となりであった。
僕はさりげないふりをしてキッチンに足を運ぶ。そこで静かに、冷静に奴らが去るのを待つ。そして地下倉庫に潜入する覚悟を固める。
5分後、奴らは自転車にのって出かけていった。ブライアンの姿も見つからない。
さらに10分待つ。奴らは帰ってこない。
よし!
意を決し地下倉庫に近づく。心拍数は高鳴る。
おそるおそる階段をおり、真っ暗な廊下を奥に進む。倉庫のドアは廊下の奥の左側だ。
もしこの現場を奴らに発見されたら!
恐怖感が全身を覆う。自動車のタイヤやわけのわからない部品をまたぎながら廊下の奥まで進みこっそりと倉庫をのぞく。真っ暗でほとんど何も見えない。左手に握り締めていたランプをつける。人はいない。
倉庫の前の方から奥のほうへゆっくりと視線を移す。
ゾッ!!!!
とした。
倉庫の一番奥に自分の自転車があった。
まるで死んだ親友の亡霊を見るかのような奇妙な恐怖感を覚えた。
もし今見つかったら型にはめられてミズーリ川に流されるかもしれない。
恐怖で震える手で自転車を担ぎ上げ、急いで倉庫を立ち去る。心臓が飛び出しそうだった。
階段を上がった空は明るく、一気に緊張感を開放感に変えた。
自転車は戻ってきたのだ。
海外で盗まれた自転車が発見させることなど、世界的に見てもまずないのではないだろうか。それも自力で。
急いで自転車を部屋まで運び込む。チェーンは切られ、スタンドははずされていた。本体に貼った蛍光シールもはがされていた。
しかし自転車は帰ってきたのだ!!!
喜び勇むと同時に、俺は今すぐブライアンの首根っこを掴んでやりたい衝動にかられた。
夕方、ブライアンを発見する。彼は黙って俺の前を通り過ぎ倉庫に向かう。奴はあたりをきょろきょろしながら倉庫から出てくる。
「おいこら。(ヘイ、ユー!!!である。)何探してんねん!!!!??(What are you looking for!!??)」
「お前俺の自転車さがしてんねんやろうが!!あー!!??」
奴の同様した態度に俺の怒りは頂点に。
「お前俺の自転車盗んだやろコラ!!さっきその倉庫で自転車発見してんぞ!!ジャパニーズなめんなよ!てかそこらへんのジャパニと一緒にすんなよコラ!!」
英語でコラは何ていうのはわからないがなんせコラコラ言ってやった。
「お前今やったら300ドル払ったらだまっといたるぞコラ!!」
もはや、やからである。それはそうだ。食堂で親子丼にもも肉ではなく胸肉を使用していたことに腹を立て商品記載を変更させ、返金さした男だ。
結局彼は煮え切らない態度を繰り返したため、僕も逆に今いきなりここで「ドンッ」っていかれたらとビビリ、そそくさとロビーへ。警察を呼び事件は一件落着。僕はその日と前日の宿代、壊れたチェーン代70ドルをせしめ、翌日、セントルイスを後にした・・・
完。