キッチンで料理をしているといつの間にか雪哉が立っていた。
「あっ!お帰りなさい 気づかなくてごめんなさい」
鍋をかき回す手を止めて雪哉を見る。
「何を作ってくれているの?」
キッチンへ入ってきて杏梨の肩越しから鍋の中身を見る。
「ブイヤベースとカルボナーラ♪ゆきちゃん、ブイヤベース好きだよね?カルボナーラはわたしが食べたかったの」
「ご馳走だね 何かあるのかな?」
「えっ?何ももないよ ゆきちゃんに喜んでもらいたかったの」
「嬉しい事を言ってくれるね ありがとう」
こめかみに雪哉の唇を感じて、おたまを鍋の中に落としそうになった。
「ゆきちゃんっ!不意打ちはやめて 驚くでしょ」
雪哉を見上げて軽く睨む。
「いい加減に慣れて欲しいな」
今度は髪に唇が当てられた。
「着替えてくるよ」
笑いながらキッチンを出て行く雪哉を見て杏梨の顔は自然と笑みを浮かべていた。
* * * * * *
杏梨の部屋から電話が鳴っているのが聞こえた。
杏梨はお風呂に入っている最中だが、この時間に最近は貴美香から電話が入る。
雪哉は部屋に入り机の上に置いてあった携帯電話を見た。
着信は案の定、貴美香だ。
「もしもし」
『あら、雪哉くん』
「杏梨はお風呂なんです」
『そう 用事はないのよ また電話するわね』
「伝えておきます」
電話を切り、携帯電話を机の上に置いた時、一枚の名刺が目に入った。
週刊○○?どうして杏梨がこんな名刺を?
「あれ?ゆきちゃん」
髪をタオルで拭きながら杏梨は雪哉を見ている。
「貴美香さんから電話が鳴っていたんだ」
「あ~ そうだっ!忘れてたっ」
舌をペロッと出した杏梨は雪哉の手元に目が止った。
「ゆきちゃん・・・・・・」
「これはどうしたんだい?」
名刺をひらっとチラつかせてから聞く。
「えっと・・・今日の帰り道で・・・・・・」
「いいかい?杏梨 マスコミや雑誌編集者に話しかけられても無視をするんだ 言ってあっただろう?」
怒ってはいないが、小さな子を諭すような口調だ。
「でもっ、ゆきちゃんが誤解されたままなんて嫌なの」
「俺は気にしていないから 杏梨も気にしないように努力して」
そう言って不安そうな顔の杏梨を引き寄せると抱きしめた。
続く