その30分間、雪哉は生きた心地がしなかった。
どうして何も話してくれないんだ?
「雪哉さん、杏梨ちゃんはきっと大丈夫です」
長椅子に座り両手を組み、うなだれた雪哉にめぐみが声をかける。
「どうして歩道橋の階段から落ちたんだ・・・・・・」
「・・・・・たぶん・・・高いヒールのせいだと思います」
そう言ったのは先ほどまで泣きじゃくっていた琴美だ。
「ヒール?」
「はい オーナーに喜んでもらいたいとドレスアップしていたんです」
確かに最近まで着る物に無頓着だった杏梨は、ヒールなどの高い履物に慣れていない。
救急治療室のドアが開いた。
「ご家族の方、先生からお話があります」
先ほどの看護師がドアから顔を出して言った。
雪哉は救急治療室の中へ入った。
簡素な机を前に白衣を着た若い医師が座っていた。
白いカーテンが引かれていて杏梨はその向こうにいるらしい。
頭部の裂傷で出血したが、MRI検査で以上は見られなかった事、反射的に右手をついた時の前腕部分の骨折、それに全身打撲で体中にあざが出来ている旨を医師に説明された。
思ったより酷い怪我でなく、雪哉の肩から力が抜けた。
「ですが、頭部の打撲は数日様子を見なくてはなりません」
今は以上は見られないが、数日間は安心できないと言う事だ。
「わかりました ありがとうございました」
雪哉がイスから立ち上がり頭を下げた時、カーテンの向こうから杏梨の声がした。
「ゆき・・・ちゃん?」
カーテンが開かれた。
簡易ベッドに寝かされた杏梨はこちらを見ていた。
「杏梨・・・・・・」
頭に包帯は巻かれ、右手はギプスで固定され、痛々しかった。
ケガをしていない左手を雪哉は握った。
「ゆきちゃん、ごめんなさい・・・・・・」
「何を謝るんだ!」
「だって・・・・・・」
杏梨の瞳が潤んできた。
「患者を興奮させないで下さい これから病室に移します 1階の受付で入院手続きをお願いします」
看護師に言われ雪哉は杏梨の頬に触れ「何も心配しなくて良いんだ、手続きをしてくるよ」と言って出て行った。
救急治療室を出るとめぐみと琴美が近づいてきた。
「杏梨ちゃんの容態は!?」
めぐみが聞く。
「検査では今の所、頭部の異常は見られなかったよ 右手の骨折と全身打撲だけですんだ 入院の手続きをしてくる 2人とももう帰って良いよ 心配をかけたね、ありがとう」
めぐみはホッと安堵した。
安堵しなかったのは琴美だ。
悪運の強い子だこと。
「私は杏梨ちゃんに付いていてあげたいんです 女手があった方が良いと思いますし、いいですか?」と、琴美。
「今日はもう帰ったほうが良い 姉に来てもらうので心配はいりません ありがとうございました」
めぐみと琴美は帰って行った。
続く