杏梨は両手を合わせて「いただきます」と言うと食べ始めた。
「お買い物付き合ってあげようか?」
貴美香が言う。
「お買い物?」
「そうよ チョコレート買わないの?」
「あげる人なんていないよ」
杏梨がボソッと言う。
「雪哉君がいるじゃない」
はぁ~ ママったらまた話を蒸し返す・・・。
「あのね?ママ、ゆきちゃんは甘いもの好きじゃないし、恐ろしくたくさんの子からもらうんだよ?そればかりじゃなくて、お店にダンボールがつまれちゃうくらいのチョコが送られてくるの」
だから・・・わたしがあげなくてもいいじゃん・・・って思うの。
「どうしてそんな事を知っているのよ?」
「この前、めぐみさんが言っていたの あ~ 雪哉さんにまた恐ろしいバレンタインデーが来るって」
「違うものを渡せばいいじゃない 例えば・・・下着とか」
「ブーーーーッ」
お茶を飲んでいた杏梨はびっくりして噴出した。
「な、なに言ってるのっ!ママっ!」
顔から火が出るくらい赤くなる。
「冗談よ、冗談」
テーブルを拭きながら貴美香は笑った。
「チョコレートで良いじゃない?」
「それでもダメなのっ!」
去年、1000円ほどのチョコレートを買って渡したら、ホワイトデーには5倍位になって返ってきたんだから。
しかも食事に誘ってくれて、きれいなお花が咲いている鉢植えに、キャンデー、マシュマロ、クッキー、チョコレート、極めつけはブランド物の男女を問わない二つ折りのお財布。
だから思っちゃったの・・・隣の女の子にはこれだけのお返しをしたんだから、彼女さんにはどんな風なんだろうなって・・・。
ホワイトデーの夜はすごく嬉しくてそんな事を考えずにいたけれど、興奮が冷めた数日後、彼女さんにしてあげた想像が膨らみすぎて眠れなくなった。
極めつけは2週間位前にめぐみさんから聞いたゆきちゃんが貰うチョコレートの話。
だから、あげるのやめようって。
わたしの頭からバレンタインデーを消し去ったつもりだったのに・・・
それが、朝起きたらママのチョコレートブラウニー作り。
「――梨?杏梨?」
「えっ?あ、ごめん」
「何をぼんやりしているの?」
「あ・・・ごめん、なんだっけ?」
「雪哉君、がっかりするわよ?」
「大丈夫だよ 見たくないって言うくらいたくさん貰っているんだから ご馳走様でした」
食べ終わったお茶碗を流しに運ぶ姿を見て貴美香はため息混じりに見つめていた。
続く