人の死について
看護師をやっているとそうした場面に出会う機会がとても多いです
そして訪問看護をやっていると、今までとは違う看護観、倫理観を考えさせられる
つい先日、わたしは妄想の中の世界にいましたw
状態を見て、もう危ないんじゃないか?
余命短いんじゃないか?
勝手にそう感じて
勝手にそう思い込み
泣いていました(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)
怖いよぉー、もっと共に生きたいよー
まだまだ一緒にやりたいことがあるんだよー
ひとしきり泣いたら、いつどうなるかなんて分からないけど。。。どこか覚悟が決まった感覚がしました(妄想の中で勝手に覚悟をしているというwww)
人はホントにいつ死を迎えるかなんて分からない
今日かもしれないし
明日かもしれない
数ヶ月先かもしれないし
数年先なのかもしれない
でも、残された時間どんな風に生きたいのか?
その人と共にどう過ごしたいのか?
それを考えられるようになるには。。。
まずはひとしきり、その人との別れがあるのかもしれないと感じた不安や恐怖、寂しさ、悲しみの感情を味わい、感情を感じきってから
それから考えられる
共にどう生きたいのか?
恐怖や不安に支配されてる間って
何も考えられないし、悪い方にしか考えられないんだなぁ
と感じました
でも、覚悟が決まった時
どう死を迎えるのか?ではなく
残された時間共にどんなことがしたくて、どんな風に過ごしたいのか?に焦点を当てると、色々出てきました
そしてそこには医療としてはOKと言えないようなことでも
家族本人が望むなら、最大限サポートしたい
末期、いわゆるターミナルと言われる方
そんな方とそしてそのご家族が残された時間を共にどう過ごしたいか?
看護師としてどう関わっていけるのか?
これからも自問自答しながら
もがきながら
悩みながら
一緒に関わっていくんだろうなぁと思いました♡