ITmediaビジネスからです。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190301-00000021-zdn_mkt-bus_all

 

展示と“幸せ”は両立するか V字回復した動物園が向き合い続ける「矛盾」

3/1(金) 7:20配信

 

 

 福岡県大牟田市の大牟田市動物園は、動物の生活の質を高める「ハズバンダリートレーニング」や「環境エンリッチメント」といった取り組みで入園客を増やし、閉園危機から復活した。その取り組みについては前回の記事(「ゾウはいません」と掲げる動物園が、閉園危機から復活できた理由)で紹介したが、同園が取り組んでいるのはそれだけではない。「珍獣の展示場」という旧来の枠組みから脱し、野生動物を取り巻く問題を世間に積極的に訴える場でありたいと考えている。

【画像】肉食獣がかぶりつく「イノシシの足」

 同園では、農作物を荒らすという理由で駆除されたシカやイノシシを肉食獣に与え、来園客にもその旨を説明している。血抜きはしてあるものの、骨や毛のついたままの肉にかぶりつく姿を見せている。食事中の様子を“目撃”してしまった人から「残酷に思える」「かわいそう」などとクレームが来る恐れは十分あるが、鳥獣被害と野生動物の駆除について考えてもらう機会と捉えている。

 実物を見せてもらった。「これですよ」。園内の建物内にある大型冷凍庫の中から、同園の広報担当者、冨澤奏子さんがイノシシの足を持ってきた。殺菌処理は済ませているとのことだが、まだ毛のついた足を見ると、野生動物特有の生々しさを感じる。

 椎原春一園長は「牙で毛皮を切り裂き、肉を剥ぎ、骨を砕くという、肉食獣にとって大切な一連の行動ができるようになる」と、動物の生活の質を高める視点での効果も強調する。欧米では、専門用語で「屠体(とたい)給餌」と呼ばれるこうした試みが徐々に広がりつつあるという。

 鳥獣被害に悩む農業者が存在することや、彼らが生産した農作物を私たちが食べているということ。さらに、野生動物も生息環境の悪化で人里に出てきていること、生態系のバランスを壊しているのは人間であること――を来園者に伝えていきたいという。「人と野生動物がうまく共存できる道を考えていくきっかけを作るのも動物園の仕事だと思う」(椎原園長)

 このほか、野生下での個体数が減少したアムールヒョウの飼育も行っている。国際的な絶滅危惧種の保護に向けた枠組みに沿った取り組みだ。繁殖に向けて獣舎が手狭になった神戸市の動物園を支援するため、繁殖計画に参加しない「ポンちゃん」を一時的に引き取った格好だ。

 同園の極めて実直な社会派の取り組みも、子どもとともに来園する大人の心を捉えているように思う。ただ、社会的な問題提起はリスクも伴う。2018年2月、同園のホワイトタイガーの飼育員が、近親交配が続いて遺伝性疾患を抱えやすくなっている状況を苦慮し、獣舎の立て看板に「今後、ホワイトタイガーは飼育しません」と率直な気持ちを吐露したところ、インターネット上で物議を醸したこともある。

 

「もうゾウは飼いません」園長インタビュー

 こうした先端的な取り組みと発想で全国の注目を浴びる大牟田市動物園の課題や今後の展望について、椎原園長に詳しく聞いてみた。

――まず、園長のこれまでの歩みを教えていただけますか。

椎原園長: 鹿児島県で1975年に生まれました。鹿児島大で生物学を学んだ後、国営「海の中道海浜公園」(福岡市)で飼育員として働き、鹿児島県の民間動物園で園長を務めました。2006年に大牟田市動物園の飼育員兼副園長に就任し、07年から園長をしています。

――「ゾウはいません」という立て看板も注目されています。なぜ、わざわざ書いたのですか。

椎原園長: ゾウは群れで飼育すべき生き物ですが、ここには何頭も飼えるだけの施設がありません。園長になった時に「動物福祉を伝える動物園」を目標としていたので、ゾウの生活の質を現状以上に高められるような環境を用意できないなら、飼育しない方がいいと考えました。(以前飼育していたゾウの)はなこが倒れる数年前から、周囲にも「もうゾウは飼いませんよ」と言い続けていたのに、死んで数カ月後にはもう「次のゾウはいつ来るのか」という問い合わせを受けるようになったので、ちゃんと説明しようと思って、立て看板を置くようにしました。

――大牟田市動物園がV字回復した理由は何だと考えていますか。

椎原園長: この動物園で目指してきたことが、世の中の流れと同じ方向になってきたことがあると思います。また、市民向けの発信を強め、説明などを充実させて、分かりやすくしたこと。ハズバンダリートレーニングや環境エンリッチメントなど、飼育員の取り組みを来園者の方と一緒に考えるイベントなどを企画したことが理由だと思います。

 

「動物園として社会の矛盾と向き合いたい」

――ハズバンダリートレーニングとは? どのように実施しているのですか。

椎原園長: 体重測定、検温、血圧測定、採血、エコーやレントゲン、口腔内のチェックなどがしやすい体勢を普段から動物に覚え込ませる訓練などのことです。動物の健康診断は、健康状態を把握し、健康を維持し、病気の早期発見に役立ちます。また、けがや病気の時に、押さえつけたり麻酔をしたりせずに動物に注射などをすることが可能になります。例えばトラに注射をする場合は、特定の場所にとどまらせることから始めます。次に、採血部位である尾をケージの外に出し、慣れてきたら、最初は指で押し、次に竹串を用いて刺激をし、少しずつ刺激を大きくしていきます。そして、最後に針を刺します。

 はじめは毎日訓練をすることが望ましいのですが、学習後は多少の間隔があいても、動物は忘れずにいてくれます。現在は月1回実際に採血をしています。ただ、動物にも個性があるので、同じ種の動物でも「この子はこの方法でできたから、あの子も同じ方法でできるのでは」といったように、飼育員が過去のトレーニング方法に固執せず、1頭1頭の状況に合わせたトレーニングを行うように気を付けてもらっています。

――ハズバンダリートレーニングなどが行えるよう、どのような飼育体制をとっていますか。

椎原園長: 当園ではチーム制をとっていて、1頭1頭を複数の飼育員でケアしています。飼育員は11人で、獣医師が2人です。だから、飼育員1人当たり10数種の面倒を見ている計算になります。それでも十数年前に比べると、頭数も種類も半減しました。繁殖を抑え、新たな動物種の導入も控えることで、飼育頭数を削減。職員の仕事の量が減り、その分を環境エンリッチメントやハズバンダリートレーニング、説明の看板作りの時間に充てられるようにしました。

――動物園の環境は、動物にとってベストではないというお考えなのでしょうか。

椎原園長: 人間は動物を利用して発展してきました。例えば、家畜や愛玩動物などがそうですよね。動物園も同じです。野生動物は本来自然の環境で暮らしています。動物園では展示という形で人々の多様な好奇心を満たすために、動物を利用している。一方で、動物の生活の質も向上させていかないといけない。その矛盾と向き合い続けることが大切だと思っています。環境エンリッチメントやハズバンダリートレーニングをやっていますが、まだまだ動物にとってベストな状態ではないので、質を上げるために一層取り組んでいかないといけません。

 

「安心できる居場所」が必要なのは動物も同じ

――なぜ、動物福祉を心掛けるようになったのですか。

椎原園長: 自分が飼育員になった頃は、欧米でアニマルウェルフェア(動物福祉)やアニマルライト(動物の権利)といった言葉が盛んに言われ出した頃で、ズーチェック(動物園調査)が吹き荒れた時代でもありました。多感な20代の頃にそうした刺激を受けたことが影響したのかもしれません。いまでもインターネットなどを通して、動物福祉の分野などで先進的な海外の動物園の事例をよく調べたりするのは、その名残だと思います。

――モルモットの触れ合いイベントでは、子どもが動物に触れるイベントゾーンと居住スペースを分けるなど、苦労して改善した形跡がありますね。

椎原園長: 誰だって逃げることができないのは苦痛です。モルモットも同じでしょうし、安心できる居場所を作って、ストレスを抑えられるようにしています。また、必要な行動ができないのは苦痛です。欲求不満が募るので、種本来の正常な行動ができる環境を提供できるようにしたいです。怖いことや嫌なことが起きると、動物は逃げたり、動けなくなったりするほかに、戦うという選択肢をとることもあります。人にかみつく危険性を減らす意味でも、効果があると思っています。お客さんにも考えてもらって、展示を改善してきました。

――これから、何か新しくやろうと考えていることはありますか。

椎原園長: 駐車場の整備と、動物の飼育展示施設のリニューアルです。やはり昔ながらの施設なので。動物福祉を考えた施設に変えていきたいです。

――小規模自治体の動物園として、地域貢献も一つの課題とされています。

椎原園長: 障がい者や引きこもりの方、認知症の方などのケア事業者と連携できるパートナーになり、地域社会にとって役立つイベントを計画していきたいと考えています。また、それが地域社会の活性化につながれば、とも思います。市からの一定の財政支出に対して、市民の皆さんの理解が得られるよう、取り組んでいきたいと思っています。

 

独自の取り組み、映画化へ

 現在は順調に見える大牟田市動物園だが、入園者の減少で閉園が真剣に議論されていた時期がある。国も自治体も財政難が叫ばれて久しい時勢の中、人口10万人余りの市が単独で動物園を維持存続させるのは、現状でも極めて厳しい。閉園を回避し、何とか支えているのは市民からの根強い応援があるからだ。

 こうした大牟田市動物園のV字回復劇が全国的に注目を浴びたことから、映画化の動きも出ている。「いのちスケッチ」というタイトルで、準備作業が既に始まっている。年内にも公開する方向だ。映画化を支援している大牟田商工会議所の奥園征裕専務理事は「市の人口は減少し続けているが、何とか減少に歯止めをかけ、住民が誇りを持って語れるような街になるよう、動物園を起点に地域活性化の機運を盛り上げていきたい」と話した。

(甲斐誠)

 

 

~転載以上~

 

 

★関連ニュース

 

朝日新聞

駆除したシカ、ライオンの餌に 来場者9割が意義を理解

 

 

★関連過去記事

 

「今後、ホワイトタイガーは飼育しません」…大牟田市動物園の掲示板に書かれた内容に共感の声

 

 

【動物を幸せに~大牟田動物園の挑戦】(1) 「福祉を伝える」 出勤はモルモット任せ

 

【動物を幸せに~大牟田動物園の挑戦】(2) 環境エンリッチメント(上) 狭くとも選択肢増やす

 

【動物を幸せに~大牟田動物園の挑戦】(3) 環境エンリッチメント(下) マンドリルに初の砂場

 

【動物を幸せに~大牟田動物園の挑戦】(4) ハズバンダリートレーニング(上) キリン採血 成功までに

 

【動物を幸せに~大牟田動物園の挑戦】(5) ハズバンダリートレーニング(中) 1日5分の訓練を重ね

 

【動物を幸せに~大牟田動物園の挑戦】(6) ハズバンダリートレーニング(下) 改善策はみんなで議論

 

【動物を幸せに~大牟田動物園の挑戦】(7) 手作り説明板 人の関心が保護に弾み