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「警視庁生きものがかり」の仕事とは──密売の“証拠品”は動物園へ

1/17(木) 7:07 配信

 

警視庁生きものがかり──。ドラマのようではあるが、生き物の密輸・売買を取り締まる、実在する組織の愛称だ。事案を摘発した後、“証拠品”となる動物たちは、動物園や水族館の協力を得て保護される。その影響もあり、今、日本にいなかったはずの生き物の展示が増えているという。(ノンフィクションライター・山川徹/Yahoo!ニュース 特集編集部)

動物園の「幻のカメ」

甲羅から目いっぱいに伸ばした首をくの字に曲げ、トレーに載った草をほおばる。のっそりとした足取りと無心に咀嚼(そしゃく)するしぐさ、そしてうるんだ黒い目が、なんとも愛らしい。こんもりと盛り上がった甲羅ののど元の部分が船の舳先(へさき)のように突き出ている。その特徴からヘサキリクガメと名付けられたリクガメである。

 

唯一の生息地は、日本から1万キロ以上も離れたアフリカ大陸の南東に浮かぶマダガスカル島。環境破壊や密猟などで絶滅の危機に瀕し、野生下で、わずか100頭から400頭ほどが生息しているに過ぎない。繁殖に成功した動物園も、全世界で、ここ横浜市立野毛山動物園爬虫類館とハワイのホノルル動物園だけ。「幻のカメ」と呼ばれるゆえんである。実は、野毛山動物園では、違法販売などで摘発された“証拠品”を保護した個体を飼育しているのだ。

 

「かわいいね」と話しながら、ヘサキリクガメ の展示をみる親子連れ。横浜市の野毛山動物園で(撮影:長谷川美祈)

 

マダガスカルで保護に取り組み始めたのは、1986年。WWF(世界自然保護基金)などの協力でヘサキリクガメの繁殖場を設立した。8頭の親ガメを繁殖させて162頭に増やし、野生に戻す計画を進めていた。

 

しかし1996年に繁殖施設が武装した強盗団に襲撃されて、76頭が盗まれてしまう。その76頭はアメリカやベルギーのほか、日本にも密輸されたと見られる。

 

野毛山動物園内で行われた「動物たちのSOS展」税関協力の密輸品展示ブースの様子。過去の展示写真から

闇のルートで、日本へ

税関によると、2017年にワシントン条約の規制対象となり、全国の税関で生き物や製品が差し止められたケースは803件。このうち生き物は180件で、過去5年でもっとも多かった。

2017年にトラフィック・ジャパン(野生生物の取引を調査・モニターするNGOの日本支部)が行った調査によれば、国内ペットショップなどで606種の爬虫類が確認された。うち39%がワシントン条約の規制対象種で、18%が絶滅危惧種だったという。

 

闇のルートで、人の手から人の手に渡り、日本へ──。

 

「警視庁いきものがかり」の福原秀一郎さん(63)。定年後の今も現場で活躍する(撮影:長谷川美祈)

 

密輸事件や違法売買を摘発して、日本にいなかったはずのヘサキリクガメを“証拠品”として保護したのが、警視庁生活安全部生活環境課環境第3係の警部・福原秀一郎さん(63)である。

 

「エキゾチックアニマルと呼ばれる希少な外来生物は、大前提として飼ってはいけない。でも正直に言えば、私も1人の動物好きとして、珍しい動物を飼ってみたいという気持ちが分からないではありません。でもだからこそ――動物が好きだからこそ、一線を引かなければならない。それが、本当の意味での動物愛護であり、環境保護に必要なことなんです」

 

ルールに対して厳格な警察官。そして根っからの動物好き。そんな福原さんの両面が表れた言葉だった。

 

国指定の天然記念物「ヤエヤマセマルハコガメ」を捕獲した、文化財保護法違反の摘発時の様子(撮影:長谷川美祈)

「銃器・薬物・ワシントン」

2004年まで、ヘサキリクガメは日本にいなかった。というよりも、いないことになっていた。ヘサキリクガメは1973年に採択されたワシントン条約の付属書1に該当する種だ。

 

希少生物の過度な国際取引を防ぐ目的で締結されたワシントン条約では、種の存続が脅かされている順に生き物を付属書1から3に分類している。付属書1にリストアップされるのは〈今すでに絶滅する危険性がある生き物〉。もちろん商業目的の輸出入は一切、禁止されている。

ワシントン条約の付属書に記載された動物は、希少性ゆえに高値がつく。警視庁によると、国内でヘサキリクガメ2頭が700万円で取引されたケースもあったという。

 

野毛山動物園で展示されているヘサキリクガメ(撮影:長谷川美祈)

 

「私はいつも〈銃器・薬物・ワシントン〉と話しているんです。犯罪組織はもうかると思えば、銃器も薬物も希少動物も扱う。タイで、私に情報を提供してくれる協力者は、かつて人身売買を行う犯罪グループにいた人間ですから。闇社会とつながっている」

「警視庁生きものがかり」とは

福原さんが係長を務める環境第3係は「警視庁生きものがかり」と呼ばれる。

 

福原さんが生き物に関する事件を手掛けるようになったきっかけは、約30年前のことだ。人気テレビドラマ『太陽にほえろ!』に憧れて警視庁に入ったばかりの福原さんは、上司に「警官として誰にもまねできない特技を持て!」と叱咤(しった)されていた。

 

1988年12月、福原さんは飼育する熱帯魚のエサを買い求めようと熱帯魚店に足を運んだ。高校時代に獣医師を目指すほどの動物好きだった福原さんの目は、水槽を泳ぐアロワナの幼魚に釘付けになった。もしやアジアアロワナではないか……。

 

アジアアロワナは、マレーシアやインドネシアなどに生息し、ウロコが赤、オレンジ、黄金色、プラチナ色に光る美しい魚で、原産地では「幸運を呼ぶ魚」(ラッキーフィッシュ)と呼ばれている。写真は1987年、ペットショップ店頭で(写真:読売新聞/アフロ)

 

アジアアロワナもワシントン条約付属書1に分類される生き物だ。許可を得て養殖された個体は売買できるが、環境庁(現・環境省)が発行する登録票の提示が義務付けられている。

 

しかしその店では登録票の提示はおろか、魚の名称も記されていない。調査を重ねた福原さんは、国際希少動物の陳列違反だと確信を得た。動物好きの知識と直感が手がかりとなり、密輸、密売ルートの解明に成功。71匹のアジアアロワナを証拠品として押収する。

 

以来、約30年にわたり、生き物についての知識を生かして、絶滅が危惧される動植物の密輸、売買事件などの捜査を行ってきた。

 

(撮影:長谷川美祈)

合法密輸とは

「30年前は、付属書1にリストアップされるメジャーな希少生物の密売が多かった。今は学者も知らない、図鑑にも載っていない超マイナーな希少生物の売買が流行している。でも突き詰めていけば、流行が変わっても売買の場がネットになっても同じ。売り渡すのも、飼うのも人間ですから」

 

取り締まりには、ワシントン条約や外為法(外国為替及び外国貿易法)以外にも、種の保存法や鳥獣保護法、文化財保護法などあらゆる国内法を駆使する。希少生物の密輸の方法は、大きく三つに分けられる。

 

ポケットやバッグなどに忍ばせて税関を突破する古典型、国際郵便の小包に詰め込む手口、そして合法密輸である。古典型と国際郵便は想像できるが、合法密輸とは何か。

 

バタグールガメ(大きいほう)。日本国内で違法流通していた個体が摘発され、野毛山動物園で保護された(撮影:長谷川美祈)

 

福原さんは「合法な密輸。矛盾しているようですが」と前置きして自身が摘発した〈ヒルヤモリ密輸事件〉を例に説明する。

 

マダガスカル島に生息するヒルヤモリは、ワシントン条約の付属書2に分類される。輸入には、輸出国と日本の経済産業省の許可が必要になる。しかしあるペット業者がヒルヤモリを輸出国や経産省の許可が必要ない〈マルメヤモリ〉として密輸を試みた。

 

「ヒルヤモリとマルメヤモリは素人目には見分けられないほどそっくりなんです」と福原さんは言う。

 

ペット業者は、動物の素人である税関の職員は見抜けないはずだと高をくくっていたのだろう。

 

「実は、私も見分けられない。でもある筋から密輸の確度の高い情報が入ってきたんです。私たちはそのペット業者が税関を通過した直後に職務質問を行い、専門家に鑑定してもらって逮捕に結びつけた。動物の専門家でないわれわれは『分かる人』とつながっているのが重要なんです」

証拠品の生き物はどこへ

では、密売や違法売買などで証拠品として押収された生き物たちはその後、どうなるのか。

通常は国内の動物園や水族館に引き取られる。そのルートは大きく次の二つ。

 

税関で発見され、輸出入の申請窓口である経産省から日本動物園水族館協会を通して、飼育を依頼するケース。

 

もう一つは密輸に成功して国内で違法に販売されたり、飼育されたりして福原さんら「警視庁いきものがかり」が保護した個体である。福原さんが「お世話になった」と語るのが、野毛山動物園だ。

 

野毛山動物園(撮影:長谷川美祈)

 

野毛山動物園が預かる“証拠品”は、ヘサキリクガメのほか、ホウシャガメ、バタグールガメ、リュウキュウヤマガメ、ハミルトンガメ、ミツウネヤマガメなど。爬虫類館で飼育する百二十数頭のうち、約3割が違法に国内に持ち込まれた個体である。

 

きっかけは、2003年に起きた野毛山動物園から2頭のホウシャガメが盗まれた事件である。それが当時、野毛山動物園で爬虫類を担当していた桐生大輔さん(48)と福原さんの出会いだった。

 

2頭が無事に発見されて調書を作る福原さんが「証拠品として押収したカメの受け入れ先がなかなか見つからなくて大変なんですよ」とぽろりと漏らした一言に桐生さんは即答した。

「それならうちで預かりますよ」

 

現在は横浜市立金沢動物園に勤務する桐生大輔さん(48)。現在は、身近な生き物の展示を担当している(撮影:長谷川美祈)

 

現在、横浜市立金沢動物園に勤務する桐生さんはこう振り返る。

 

「ヘサキリクガメもそうですが、国内では誰も飼育した経験がない動物を預かるわけです。その種についての図鑑や文献だけでなく、生息地域の自然環境、気候、湿度、1年のサイクルなどを調べて最適な飼育環境をつくるために、爬虫類の担当になって数年間は毎年30~40冊の資料を買って読み漁りました」

原産国に返すべき?

保護される生き物の多くは絶滅が危惧されている。国内の動物園で飼育するのではなく、原産国に返すべきなのではないか。だが、ことはそう単純ではないらしい。

 

「密輸された生き物は密輸ブローカーによって、どこか1カ所の施設に集められる。たとえば、ホウシャガメは、マダガスカルという島国独自の生態系で独自に進化してきた。それなのに、他国のカメと一緒にされるとマダガスカルには存在しない細菌やウイルス、寄生虫などが伝染してしまう危険性がある。ホウシャガメに直接、害を及ぼさないとしても、ほかの動物に対して致死性の影響を与えてしまうかもしれない。そう考えると簡単に原産国に戻せないのです」

 

桐生さんが現在取り組むのは、地域固有の希少両生類、横浜市固有のミナミメダカ、ミヤマクワガタなどの保全だ。「気づくと、飼育している生き物の数が増えちゃって」と笑う(撮影:長谷川美祈)

 

生き物たちの里帰りの障害となるのは「伝染」だけではない。桐生さんは言う。

「原産国が同じでも生息エリアによって遺伝子が異なるんです。別の生息エリアに戻すと遺伝子汚染が起き、エリア特有の遺伝子構成が変化する恐れもある。想像したくはありませんが、もし万が一絶滅してしまったら……。原産国に戻せないのなら飼育した動物園が繁殖技術を確立し、動物園がノアの箱舟のような役割を果たして、種を絶滅から守っていくしかない」

約30年ぶりの快挙

桐生さんが試行錯誤を繰り返して、ヘサキリクガメのふ化に成功したのは、2016年2月のこと。生息地以外ではホノルル動物園で成功した例があるだけ。約30年ぶりの快挙だった。

「違法飼育されたカメの甲羅は、デコボコに変形しているケースが多い」と桐生さんは話す。

 

ヘサキリクガメの繁殖は現在も継続して行っている。2018年11月、野毛山動物園で(撮影:長谷川美祈)

 

カメの甲羅は、湿度不足や栄養過多など不適切な環境で飼育するとすぐに変形する。しかも一度、変形してしまうと、飼育環境を改善しても、元には戻らない。大きく変形すると成長が止まり、寿命が短くなったり、繁殖できなくなったりしてしまう場合もある。

 

にもかかわらず、ガメラの人気が出たときは愛好家のニーズに合わせて栄養状態をコントロールし、わざと甲羅をデコボコにしたカメを販売するブリーダーがあとを絶たなかった。

福原さんには、デコボコになったカメの甲羅が、人間のエゴと強欲の象徴に見えるという。

 

「以前、違法飼育で逮捕した犯人が『人間が飼育したほうが動物も長生きできるし、幸せなんじゃないか』と話していました。でもそれこそが人間のエゴでしょう。狭いカゴやケースで飼うんですから。自然の下に生まれたのなら自然に死ぬことが動物にとっては当たり前のことだし、幸せなことだと思うんです」

 

野毛山動物園で保護されているホウシャガメ(撮影:長谷川美祈)

「動物を扱うなんて、デカの仕事じゃない」

「警視庁いきものがかり」が摘発を続けた結果、2013年に種の保存法が改正され、罰則が強化された。譲渡違反はこれまで「1年以下の懲役又は100万円以下の罰金」で済まされていたが、改正後は個人の場合「5年以下の懲役又は500万円以下の罰金」、法人の場合「1億円以下の罰金」が科せられる。罰則の引き上げにより、密輸や違法売買の抑止効果が期待される。

 

さらにその翌年から福原さんは、警察庁指定広域技能指導官として、都道府県警察の枠組みを超え、動物捜査の専門知識を警察学校で教えている。警察も生き物捜査の重要性に気づき、本格的に力を入れはじめたのだ。

 

とはいえ、いまだに「動物を扱うなんて、デカの仕事じゃない」という同僚の陰口が聞こえてくる。しかし、福原さんには「生き物の事案をないがしろにすると取り返しのつかないことになる」という信念がある。

 

(撮影:長谷川美祈)

 

「環境汚染や外来種の持ち込みが続けば、日本固有の種が絶滅し、やがては、生態系そのものが破壊されてしまう。しかも一度、失われてしまった種は、絶対に取り戻すことはできません。だから今すぐにでも手を打つ必要があるんです」

 

普段の都市生活で生態系の変化や危機を意識する瞬間はない。いや、意識せずに暮らしていけるのは、福原さんたちのように生態系を自覚的に守ろうとする人たちがいるからかもしれない。

 

何よりも、国際化が進んだ結果、人だけでなく、動物の移動も頻繁になった。どんな外来生物が入ってきたのか。その生き物たちが日本の自然環境や生態系にどのような影響を与えるのか。専門家でも把握できない。予想もできない事態が進行している。

 

「生き物や生態系を守る法律があるのだから、警察官は取り締まってなんぼでしょ」と福原さんは笑った。

 

「そうやって秩序を守るのがわれわれ、警察の職務です。『いきものがかり』の仕事は、世界の自然環境と動物を守り、ひいては人類の役に立つ。これって、すばらしいことじゃないかな、と思うんです」

 


山川徹(やまかわ・とおる)
ノンフィクションライター。1977年、山形県生まれ。東北学院大学、國學院大学卒業。大学在学中からフリーライターとして活動。著書に北西太平洋の調査捕鯨に同行した『捕るか護るか?クジラの問題』(技術評論社)、東日本大震災の現場を取材した『東北魂 ぼくの震災救援取材日記』(東海教育研究所)、『それでも彼女は生きていく 3・11をきっかけにAV女優となった7人の女の子』(双葉社)など。近著に『カルピスをつくった男 三島海雲』(小学館)。