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2015年10月11日(日) 週刊現代

常総大水害から1ヵ月 
極限状態で自衛隊ヘリが救助した「2匹の犬と50代夫婦」を訪問

初めて犬の名前を明かす

〔PHOTO〕gettyimages

ワンちゃんもご夫婦も助かって本当によかった、と喜んだ人がいる一方で、人命第一の中、犬も一緒に救助するのはいかがなものか、と言う人もいる。賛否両論を呼んだ救出劇の「主人公」を訪ねた。

現場は一面の茶色い泥土

鬼怒川から溢れ出た濁流がすぐ目の前に迫る中、2匹の柴犬を抱えたまま屋根の上に取り残された夫婦。救助に駆けつけた自衛隊により、犬と一緒にヘリコプターへ吊り上げられていく。この決死の救出劇は日本中の注目を浴びた。

あれから2週間。被災地の報道は日に日に少なくなっていくが、あの2匹の犬と夫婦は、今どこで、どんな生活をしているのだろうか—。それを確かめるため、本誌は被災地へと向かった。


まずは、激流に呑まれた現場へと足を運んだ。夫婦の自宅は、鬼怒川の決壊場所から約100mの距離にあった。すでに水は大部分が引いて、辺り一面、茶色い泥土がむき出しとなっている。

かつて田んぼや畑だったところには、流されてきた道路のアスファルトや家屋の木材などが瓦礫となって散乱し、水没した車が点在している。そんな惨状の中、唯一流されなかった白い家(ヘーベルハウス)に引っかかっているのが、夫婦の自宅の二階部分だ。あの日、その屋根の上で夫婦は犬を抱えながら、必死に救助を待っていた。その不安と恐怖はいかばかりだっただろう。


結局、現場では何も手がかりを見つけることができず、次に夫婦が救助された直後に身を寄せたという避難所(石下総合体育館)を訪ねた。

体育館には段ボールが敷かれ、20人ほどの人が休んでいたが、皆、慣れない避難所生活のためか、疲れた表情を浮かべている。あの夫婦の行方を尋ねてみた。


「ああ、羽鳥さん夫婦のことだね。確かにここに避難していたよ。2匹の犬も一緒だった。でも今は姿が見えないから、もしかしたら、すでに避難所を出たのかもしれないね」(避難している住民)


他の人にも話を聞いたが、行方は知らないという。一緒に救助された犬は大丈夫なのか。

「救助された直後は、避難所の外に繋がれていた。犬の様子?ちょっと元気がなさそうだったな」(別の避難住民)


避難所でも目ぼしい情報を得ることができなかったため、やむをえず元々、夫婦の自宅があった場所へ戻り、近所の人に羽鳥さんの行方を尋ねて回った。おそらく奥さんの実家に身を寄せているのではないか、との情報を得ることができたが、正確な場所が分からない。車を走らせ周辺を捜索する。国道沿いにある一軒の民家の前を通りかかった、その時だった。


「いた!あの犬だ」

2匹の柴犬が玄関先に繋がれている。くりくりとした可愛い目、間違いなくテレビ中継で見たあの犬だ。

するとちょうど、羽鳥さん夫婦が軽トラに乗り込もうとしているのが見えた。慌てて車を降り、駆け寄る。


—すみません。週刊現代です。

「申し訳ないですが、取材はすべてお断りしているんです」(ご主人)


—少しでいいので、お話を聞かせてもらえませんか。

「私たちは犬と一緒に助けてもらったけど、泣く泣く自宅に犬や猫を置いてきた方もいる。たまたまテレビで映し出されたことで、犬の話だけが注目されて伝わるのはちょっと……。被害に遭ったのは私たちだけじゃないから」(奥さん)


—ワンちゃんの様子だけでも教えてもらえませんか。

「おかげ様で元気です。避難所にいると、取材が来て迷惑がかかるので被災後すぐにこっちに連れてきた。でも慣れない環境でストレスがたまっている。エサは食べているけど、ちょっと痩せてしまった。

とにかくまだ心の整理ができていないので、そっとしておいてほしい。自分たちもそうだけど、家が流されてしまった人は、これからどうしようか、不安で一杯なんです」(ご主人)


そう言い残し、羽鳥さん夫婦は車に乗り去って行った。その間、2匹の犬たちは大人しくこちらをじっと見つめていたが、突然、小さいほうの犬が吠え出した。ご主人の言う通り、ストレスがたまっているのかもしれない。

初めて明かされた犬の名前

この日は、それ以上話を聞くことができず、やむなく一旦引き上げることにした。

その翌々日、本誌は再び、洪水で流された羽鳥さんの自宅へと向かった。しばらく現場を眺めていると、軽トラに乗った一組の男女がやってきた。


羽鳥さん夫婦だ—。

どう言葉をかけようか迷ったが、「取材はともかく、せっかくなんで手伝わせてください」と申し出た。聞けば、この日は濁流で流された車からナンバープレートを外すという。悪用防止のためだ。しかし、思いのほか水位が深く、作業は難航した。


一緒に水に入って作業をしていると、水害の際に失くしてしまったご主人のメガネを車の中から偶然、発見。ご主人が初めて笑顔を見せる。そうして夫婦は、少しずつ重い口を開いてくれた。

二人の強い希望もあり、下の名前は明かせないが、年齢はご主人が57歳で奥さんは55歳。ご主人は水戸市内に勤務する会社員で、奥さんは近所の理容室で働いている。

奥さんが言う。


「あの2匹の犬は4歳と2歳で、親子なの。犬を飼うことになったきっかけは、同居していた主人の父親が亡くなったから。私たち夫婦は子供がいません。主人は毎晩仕事で帰宅が遅く、一人で寂しかったので、ペットショップで購入したんです」


犬の名前は、親犬がボンド、子犬がリヤン。ボンドとは英語で「絆」を意味する。この名前は'11年に起こった東日本大震災に由来している。


「ボンドが生まれたのは3・11の直前だったので、夫婦で相談してこの名前を付けた。ボンドは震災の瞬間はペットショップにいて、1ヵ月ほど経過した頃、ようやく我が家にやってきた。震災のせいか、極度の地震嫌いで、小さな地震でも震えたり吠えたりする。だから今回の災害もきっと怖かったと思うよ」(ご主人)

その後、奥さんの親族が飼っているメス犬との間にリヤンが生まれた。こちらもフランス語で「絆」を意味する名前をつけた。


「犬の名前については、マスコミの方にも何度も聞かれましたが一切、答えていません。だって名前が『絆』なんて出来すぎた話でしょ。格好の話題になってしまうと思った。私たちの話だけが美化されて伝わるのが嫌だったんです」(奥さん)

極限状態で過ごした3時間

ここで改めて救助当時の状況を振り返ってみよう。夫婦によれば、あの救出劇は偶然と奇跡が重なった結果だという。


災害の前日からご主人は、鬼怒川の異常を感じ取っていた。

「堤防まで様子を見に行った時、異常な高さまで水面が上がっていたから、直感的に『これは何かが起こるかもしれない』と思った。それで急遽、その日は仕事を休むことにしたんです」

奥さんも「もし主人がいなかったら、私もあの子たちも無事だったか……。その意味では幸運でしたね」と語る。


雨は激しさを増し、現場には防災服を着た市役所の職員も駆けつけていたが、「土嚢がないから、どうしようもない」と言われたという。そうこうしている間に、氾濫した鬼怒川が堤防を越え、やがて滝のように水が流れ出した。羽鳥さん夫婦は、急いで外にいた犬を連れて、2階のベランダに避難した。


「突然のことで、貴重品は何も持ちだせなかった。実家に避難するため、とりあえずバッグにタオルとパジャマだけを詰め込んだぐらいで」(奥さん)

家が崩壊するのはあっという間だった。柱が折れるバリバリバリという音は、今も耳に残っている。奥さんが声にならない悲鳴を上げた次の瞬間、1階部分が流され、急にベランダが下降。その衝撃で奥さんは濁流の中に頭から落ちてしまった。必死の思いでベランダに這い上がり、九死に一生を得た。

なんとか流されずに済んだ二人は、ご主人がボンド、奥さんがリヤンを抱きかかえ、屋根の上で救助を待った。


「暴れてリードが首から抜けてしまう可能性があったので、抱きかかえていたの。とりわけリヤンが興奮状態で暴れるから、体中アザだらけになっちゃってね」(奥さん)


いつ流されるか分からない上、犬もいる。羽鳥さん夫婦は緊張の連続で生きた心地がしなかったという。ヘリコプター隊に救助されたのは15時頃。屋根に上ってからすでに3時間が過ぎていた。


「自衛隊の方が助けに来てくれて、『もう大丈夫ですから』と言われた時は本当に嬉しかった。でも続けて『申し訳ないのですが……』と言われたので、犬は連れて行けない、という意味だと思った。

ところが、次の言葉は『バッグの中味を出していいですか。僕が運びますので、ここに犬を入れてください』というものでした。バッグの中にはタオルとパジャマしか入ってなかったけど、自衛隊の方は貴重品が入っていると思ったようです。極限の状況での気遣いに感動しました」(奥さん)

「お前らを絶対死なせない」

実際に救助に当たった第12ヘリコプター隊の中村洋介3等陸曹(26歳)は、救出時の状況をこう振り返る。


「ご夫婦から直接『犬も一緒に連れて行ってほしい』との申し出はありませんでした。しかし、お二人の様子を見て、犬もご夫婦の家族だと感じたので同時に救うべきだと、その場で判断しました。バッグの中に犬を入れてもらったのは、より安全に救助するためです。

最初は犬たちも怯えていましたが、ヘリコプターの機内では、大人しく落ちついていましたね」


自衛隊員の機転により、2匹の犬と夫婦は無事救出。多くの人の感動を呼んだ一方で、ネット上には、「犬を一緒に連れて行くなんて危険すぎる」、「犬のせいで他の人の救助が遅れた」など批判的な声も挙がった。


ご主人が語る。


「私たちの犬だけ特別扱いのようで、申し訳ない気持ちは確かにあります。だからマスコミにも出たくなかった。でも、屋根で救助を待つ間、寒さで体温が急激に奪われていった時、この子たちのぬくもりが助けになったのも事実です。

救助を待ちながら『絶対にお前らを死なせないからな。皆で生きて帰るぞ』と励まし合っていた。自分たち夫婦にとって、この2匹の犬は『子供同然』の存在。だから一緒に助かった時は、本当にホッとしたね」


奥さんも続ける。

「自衛隊の方には感謝の言葉しかありません。でも私たちのせいで、中村さんが上司から怒られていないか心配です。人命救助が第一の中、犬を助けたことで立場が悪くなっていたら本当に申し訳なくて……」

それに対して中村隊員はこう答える。

「極限状態の中で迷っている時間はありませんでした。自分の判断は間違っていなかったと思っていますし、上官に咎められることもなかったです」


現在、羽鳥さん夫婦のように、家を流された多くの人は、親族の家に身を寄せている。

「『親族のところに避難できていいね』という声もあるけど、近い存在だからこそ、お互いに気を使う部分もある。

母には感謝していますが、いつまでも甘えていられません。仮設住宅でも小さなアパートでもいいから『4人』で暮らせる部屋がほしい。それが今の願いです」(奥さん)


先の見えない不安は確かにある。でも下は向かない。これからも、ボンドとリヤンが夫婦の支えとなってくれるはずだ。


「週刊現代」2015年10月10日合併号より



~転載以上~



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