めったに読書をしない私が(笑)最近読んだ作家・佐藤愛子さんの著作「私の遺言」。
最近自分の考えていたこととシンクロして、すごく共感したので、ご紹介したいと思います。
内容は、佐藤さんが北海道に建てた夏の別荘で、先住民族アイヌの霊や狐霊などが30年間に渡っていたずら(物を動かしたり、頭痛を起こしたり)をすることにひどく悩まされ、美輪明宏さんや江原啓之さんはじめ、そうそうたる霊能者とめぐり合いそれを鎮めるまでを、ユーモアも交えて語るスピリチュアルなお話。すごく面白い!
それに関連して、科学・文明が発達し、物質至上主義で無機質な人間が増え、精神性が干上がった日本人に危機感を募らせています。
「科学の進歩は人間をここまで傲慢にしてしまったのか。いったいいつから人はこの世の自然も生きものも、すべて「人間のためにある」と思い込むようになったのだろう?美しい自然は「人のためにある」という思い込み。
だから人の生活の利便のためには、それを破壊してもいいと考える。森を伐り山を崩して鳥や猿の居場所と食糧を奪いながら、やれ猿が畑を荒しに来る、烏が生ゴミを漁って街を汚す、といって憎む。」
かつての日本人について、
「一番の美徳は自然の摂理というものをわきまえていたことである。自分たちの欲望のままに自然や他の生きものを破壊しようとは思わなかった。鳥獣は山に、人は里に。共存を当然のこととしていた。
神の存在を信じ、怖れかしこみ、感謝した。人間が一番エライなどとは思わなかった。人間の暮しのためにやむをえず他を犠牲にすることはあっても、それを当然の権利だとは考えなかった。」
と書いています。
また、北海道の先住民族、アイヌの人々は…
「アイヌ民族について書かれたどんな史実にもアイヌ民族が自然の万物すべて-山、川、原野、森、樹々、草、そしてそこに棲息しているけものや鳥や魚などすべてのものに神が存在すると信じ、それゆえ大自然の調和を壊すようなことは決してせず、木を伐るにも魚やけものを捕獲するにも、生きるために必要な量だけしか獲らず、その都度それを与えて下さった神に感謝するという、美しい魂を持つ民族であることが記されている。」
のだそうです。
その年はじめて鮭が獲れると、鮭に向かってていねいに礼をし、「この家においでくださって、本当にありがとう」と言い、火の神にお祈りしていただく、という風習もあるそうです。
これが本来、人間のあるべき姿なのではないでしょうか。
人間は、自然や他の命に対してもっと謙虚にならなければいけないし、敬う心を持たなければいけないと思います。
最終的に、佐藤さんの別荘の霊たちを清める大きな役割を果たした、「神界から日本を守るために来た」という相曽誠治氏によれば、人間の傲慢さに、天災という形で神様の怒りや警告が現れることがあるそうで、それをおさめるよう努力してきたが、阪神大震災は防げなかったと佐藤さんに謝られたとのこと。
傲慢な人間が増え、自然破壊、動物虐待、凶悪犯罪が蔓延する日本の波動、人々の持つエネルギーはどんどん低下してきているそうです。
相曽さんが役目を終えて亡くなられたいま、これほどの大震災に津波、引き起こされた原発事故(人災の側面もありますが)、そして各地で頻発する地震、猛烈な台風…
神様や大自然が怒り狂っているようにも思えます…
そしてなおも、罪を重ね続けています。この先この国はどうなってしまうのでしょう。
でも、このことで自分たちを省みよう、なんて考える人はあまりいませんよね。
そもそも、自分たちの罪深さ、愚かさ、傲慢さに気付いてさえいない人がたくさんいます。
どうすれば気づいてもらえるのかな…どうすればみんながもっとやさしくなれるのかな…
本には「政治家を批判しても仕方ない。国民一人一人が自分の波動(精神性)を上げること。
そこから波動の高い政治家が出てきて、国の波動が上がる」と書かれています。