久しぶりに更新します。


ちょっと長くなりますがお付き合いください!


中学2年の頃。
三重県で日本女子アマがありました。
私は母と桑名市にあるホテルに泊まり、毎日焼き鳥がとっても美味しいご飯やさんに通っていました。

何故なら、そこで出会った焼き鳥屋のおじちゃん(次郎さん)がまだアマチュアで全然上手くなかった私に絶対プロになるんやで!
っと沢山色んな美味しい物を出してくれて応援してくれたから…



きっと忘れてるだろうと思っていたんですがプロテストが受かった時も喜んで電話をくれたし、中部地区である試合には忙しいのに必ず応援にも来てくれました。

私のコーチにもキャディーにも、何かあるたびにお祝いしてくれたり、試合を見に来てくれる時は必ず美味しい美味しい赤飯おにぎりと大好きな安永餅を買ってきてくれたりと色々やってくれました。



いつも私の事を俺の自慢だっ!
なんて笑いながら私に元気がない時は元気づけてくれ、私が勝った時は私以上に喜んでくれ…

次郎さんの“優しさ”と“思いやり”には感謝してもしきれないくらい愛情をもらいました。


アメリカに渡った私に「淋しいー」なんて言いながらも「桃子なら必ずアメリカで勝てる!!!!」っと自信満々に我が子の様にいつも言ってくれていた次郎さんが病気になった。
と知らされたのは去年でした。


癌。


まだ60代で全然元気で若いのに…
ゴルフが大好きで何より誰からも愛されてる人なのに…


病気になってからは中部地区以外の試合も度々応援に来てくれるようになりました。

相性のいいマンシングの大会で頑張ってる姿を見せてあげたい!!!!
そう心に秘めて出た今年のマンシングは予選落ち…

きっと悪化していただろう体に鞭をうって18ホール息を切らしながらもついてまわってくれたのに…

悔しさと情けなさとが強くて始めてゴルフを離れたいと思った1番のキッカケは第一号、私のファン次郎さん。
の、
「頑張ったんやからええんや!」
「次は勝てる!また観にくるからな!」っと言ってくれた言葉に応えられない自分のゴルフの惨めさからプロになって始めて去年ゴルフを離れたいと思ったんです。

勿論次郎さんだけでなく、予選落ちとわかっていても声をだして応援してくれたファンの方達の声援が嬉しいから苦しかった。
応えたいのに。
魅せるPlayerでありたいのに。
あと何回私のPlayを見せれるかわからないのに…




本当そんな気持ちで去年は沢山沢山考え悩み、苦しい日を送っていたのを鮮明に覚えています。



試行錯誤しながら迎えたミズノの会場にも次郎さんの姿はファンの方達の中にありました。
いつもと変わらず、おにぎりと餅を持ってげっそりした体で声を張り上げ精一杯の応援をして最後には私の2年ぶりの優勝を目にやきつけてくれました。

「人生で最高の一日だった!
忘れないよ。」
と言ってくれた次郎さんと私の最後の会話。

マンシングで予選落ちしてゴルフを離れずに勝つ姿を最後に見せられた事に感謝したいけど、本当はもっともっと見せたかった。

喜んでくれる姿を見る事が幸せだった。
どんな時も信じて応援してくれる人がいる事がありがたかった。
私の周りの人を大切に思ってくれる事が嬉しかった。

いつも笑顔でキラキラしていた次郎さんはきっと今日も空で私を見ていてくれると思う。


そしてきっと「勝てるぞ!!!」と背中をおしてくれるだろう。



いつもしてもらってばっかりで何もしてあげる事が出来なかったけど、私は最高に心強いファンでいてくれた次郎さんの応援に恥ないようこれからも頑張ります。


だから、お空からみていてね。
背中が大きく見えるように頑張るから!
遠くからでも私を発見しやすいように。




最後に。
私も次郎さんのファンだったよ!
みんなに優しく、美味しいご飯を作れる次郎さんの。



ありがとう。



ご冥福を御祈りします。



皆さんも、大切な人が沢山いると思います。
人はいつこの世を去るかわかりません。

“今”を大事に大切な人へ感謝の気持ちを伝えてください!

「ありがとう」

一言でいいから。
言える時に…





おやすみなさい。