高橋大輔選手と共に momokikuのブログ

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フィギュアスケートの高橋大輔さんを無条件に応援しております。

フィギュアスケーターの高橋大輔さんを無条件に応援しています。



もともとフィギュアスケートを鑑賞するのが好きで、全選手に敬意を払ってますが、


とりわけ大ちゃんは別格です。



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氷艶楽公演からもう10日も経っちゃいました。心待ちにしてる間は遥か遠くの事に思いましたが、過ぎてみればずいぶん前のような気もします。時間感覚って不思議ですね。

 

もっとも余韻に浸る間もなく仕事に追われ、後でゆっくり反芻しようとか思ってるうちになんとこんどは俳優デビューなんてお知らせが飛び込んできて、ビックリ!!

 

大空を鳥の如く軽やかに飛び続ける大ちゃんの姿を見上げながら毎度あっけにとられているばかり。

 

「待ってよー」とカケルを追うトキオの気持ちがよくわかります。なんでそんなに速いんだい?

 

十字星のキセキのラスト近く、大ちゃんが「独りじゃない」と歌いながらトキオ演じる大野さんの周囲をクルクルと滑ってたんですけど、イメージとしてはまさにあんな感じ。

 

つまりはそれが至福ってことなんですけどね。

大野さんもインライで幸せだった、一生の思い出ですとしみじみ語っていらっしゃいましたねえ。

 

インライにもちょっと顔を出してらっしゃいましたけどご褒美のお食事会の帰りだったとか。なんか大ちゃんとおんなじ時間を生きてるなんて信じられません。いったいいつ休んでいるんだろう?って不思議です。

 

それと引き換え私はなんと無為に時間を浪費してることか・・・

 

でも新しい刺激を次々と与えていただいてるおかげで、平々凡々な我が人生ですらなんだか波瀾万丈豪華絢爛、ずいぶんと変化に富んだ楽しいもののように錯覚してしまうんです。

大ちゃんを通して目に映る世界はいつも優しくきらきらと輝いていて、温かく、賢明でカッコいい

 

映画のお仕事を通して今度はどんな巡りあわせがあるんでしょうね?

 

 

 

 

このポスターのモデルになった場所って倉敷水島の箆取神社ですよね?

大ちゃんが子供の頃この石段でじゃんけん鬼とかして遊んでたというゆかりの地です。

 

大ちゃんの地元が映画化されるってだけで嬉しいのにその上ご本人も学芸員役で出演なさるとは。

今の倉敷の景色を残しておくという意味でも本当に良い記録になりますね。

全国の映画館に配給されるといいなあ。

たとえメジャー作品ではないとしても長野市だとロキシーがこうした作品を上映してくれるので今から期待してます。

 

その上関空アリーナでのふるさと納税企画も上がってまいりましたね。

訂正:表示されないのでもう売り切れたのかと思ったら、7月27日開催分の受付はこれからでした。7月6日開催分は現在受付中です。

 

 

さて、氷艶の感想書くのもままなりませんでしたが、この間ようやく時間が取れて日テレ生中継の氷艶2024を拝見できましたー!なにせ録画時間が4時間弱ですからね。一気見するにはそれなりの覚悟が必要です。

 

で、

 

氷艶2024ー十字星のキセキ すっごく良いわあーーー!!!!

 

ってなりました!

 

こりゃあほんとマジ素晴らしいや。

 

やっぱ真正面、間近で表情を見るのと遠目で全体を追うのでは臨場感が全然違いました。

お芝居寄りのアイスショーだったこともあり、これまでの氷艶に比べていまひとつ没入感に欠けるように感じてたのですが、大ちゃん、哉中ちゃんの役者っぷりから、アンサンブルスケーターほかキャストの皆さんの熱演をしかと受け止めることができましたよ。みんな最高!!

 

もともとJPOPには疎く、耳慣れなかったゆずの楽曲もこうして聴くとどれもこれもすごくいいですねえ。ゆずっこさん達が夢中になるわけだわ。日常の中でもふとした瞬間に歌声が蘇り思わず口ずさむようになったのが我ながら信じられないくらいです。書下ろしの「十字星」も名曲ですね。今度出るアルバムに収録されるそうですが機会があればもっと多くの方に聴いていただきたいと思います。

 

 

エハラさん、コロスの皆さん、そしてもちろん大野拓朗さん、さすがはプロフェッショナル!というお仕事っぷりでしたし、お一人お一人のカッコ良さ、溢れんばかりの才能はもう皆さんご覧の通り

もう全員好き!万歳三唱です。

 

アンサンブルキャストのアクロバットもショーを一層盛り上げてくれました。氷の上であんなことができるって信じられません。

 

スケーターの皆さんへの感想は到底書ききれないので、ちょっとおいておいて、まず!ストーリー!

相変わらず深堀りするのが好きな質ですので色々読んで理解したことを先に記しておきますね。

 

えっと今回氷艶の演出について一部大ちゃんファンが感想を述べていらっしゃるんですが、実は私にとっても若干物足りなさがありました。

これが上手く説明できなかったんですが、今朝になって分かったんです。

 

あーつまりですね。滑走屋を見にはるばる福岡に遠征した際に泊まったホテルの朝食ビュッフェで明太子お茶漬けができるってんですごく楽しみにしてたのですよ。数あるホテルの中で予約したのもそれが動機でした。

ところが、実際はですよ!朝食に明太子の”め”の字も見当たらず、見落としているのかと会場を何周もしてやっぱりない!それどころか明太子茶漬けの素すらない!と判明した時のあのがっかり感なんです。

 

イヤー大ちゃんを食べ物に例えるなんて不謹慎ですみません。が私にとってはその位ショックな出来事で、だって明太子目当てに予約したのにーー!せっかく福岡に泊まったのにーー!!ってなったわけです。

もちろんそれ以外はお部屋も朝食も大満足のコスパの良さで次に福岡に行く機会があれば次回も予約したいとは思ってるんですけど、でもでも。

 

あー食べたかったなあ明太子茶漬け・・・・

 

なのです。いや、居酒屋で明太子卵焼き食べたし、お土産でも買えるし、そもそも食べたきゃいつでも作れるけど、そういうことじゃないんだなあ。

 

思い起こせば2013年の福岡GPF。地元の大ちゃんファンが福岡開催をそれはそれは心待ちにされていましてね。博多弁で福岡名物を紹介する素敵なポストカードを用意してくださってたんです。結局あの時大ちゃんは怪我で出場できず、福岡で朝ごはんに明太子を食べるという夢は叶わずじまいでしたけど、以来10年越しの夢が叶うチャンスだったんですよー。

 

つまり期待値が高かった分裏切られたような気持になったというか。

それがホテルの売りのように錯覚してしまってただけで、あらかじめ出ない日もあるとわかっていれば気にもならなかったんでしょうけどね。

 

たかが明太子でこれですからね、今回の氷艶に懸ける想いの深さは人ぞれぞれってことです。

 

氷艶の録画を見て、いやこれ全然いいじゃん!と思えたのはすでに内容を理解できていたからで、初見だとどうしても大ちゃんの出番を注視してしまうのはファンの性です。

 

ぶっちゃけ破沙羅の阿国とか、月光かりの慟哭の舞とか、LUXEのフェニックスとか大ちゃんだけにスポットライトが当たる演出が一回ありさえすればもう言うことなしの超々大満足だったはず。

 

でもじゃあだからと言って今回の十字星が過去の氷艶の魅力に劣るなんてことは全くなかったのでどうか誤解なさらずに。

これを機にスケーターの活躍のすそ野が広がると思いますし、今までご覧になったことのない一般客からも大変高い評価を受けた点は大成功です。あまり食い意地張るのも大概にしておかなきゃ罰があたります。

 

予備知識なしでコロコロ変わる場面に付いていくのは若干大変だったんですけど、むしろ何も知らず初めてだったとしたらこりゃ空前絶後の一大エンターテインメントと感じたに違いありません。

実際私の後ろの席に座ってらした男性は終演後、開口一番に「うわあ、面白かったーー!!」ってつぶやいてらっしゃいましたもん。

 

 

ビジュアルを見ただけではどんな話なのかつかみどころがなかったし、あらすじには投資だの詐欺だの病死だのとなんだか禍々しい言葉が並んでいて、銀河鉄道の夜の幻想的なイメージとはかけ離れてる気がして今一つそそられ無かったんですけど。。。

実際これは噛めば噛むほど味が出る作品だったので私も第一印象だけで語ることを控えておいてよかったです。

 

物語の背景込みで見返してみると原案の亞門さんが何を伝えたかったのか、ようやくその演出意図が見えてきました。

 

もう気が付いていらっしゃる方は大勢いると思いますけど、銀河鉄道の夜のカムパネルラのモデルは宮沢賢治の親友、保坂嘉内(かない)とされています。

で、あくまでも想像ですが、十字星のキセキのトキオとカケルは実は宮沢賢治と保坂嘉内だったのかもしれないと思ったんですけど違うかな?

 

真相はともかく実在した二人のエピソードを知るとトキオとカケルの愛おしさがマシマシです。

これを誤解したままでは勿体ない!まだご存じではない方にはぜひご紹介したいというわけで、ちょっと長くなりますがおつきあいください。

 

大分昔に読んだ賢治の伝記に嘉内が登場した記憶がありません。存在を知ったのは今回がきっかけです。これまで長い間カンパネルラは早世した賢治の妹のトシを投影したものだと言われてきたし、私もそれを前提に物語を読んでました。

 

が、宮沢賢治が嘉内に宛てた手紙を保坂家が公開したことによって賢治にとって嘉内がどんな存在だったのかが明らかになり、以来カンパネルラの人物像の基となったのは嘉内だという説が有力になっていたんですね。

 

 

 

賢治と言えば清貧のイメージですが実家は地元では知らぬものはいないほどの商家でした。

賢治は幼いころから勉学が好きで、学校では常に一番の最優等生だったのですが、祖父は商いに学問は不要という考えだったそうです。

反対する祖父を父がなんとか説き伏せ、盛岡高等農林学校農学科に進学したその一年後、一つ年下の保坂嘉内が入学してきて、寄宿舎(自啓寮)で賢治と同室になりました。

 

嘉内の進学の目的は地元山梨の農民生活の改善でした。

学問を拒絶するような商家に育った賢治にとって、高い教養を持ち、トルストイの思想に傾倒し、星空を愛し、学問に秀でた嘉内のような青年はさぞや眩しく見えたことでしょう。

 

なにせカナイという名前は沖縄のニライカナイが由来だとか。

ウィキによるとニライカナイとは沖縄に伝わる神話で海のかなたや地底にある,常世国(とこよのくに)と信じられている聖なるところ,他界

とあります。

 

いわば元祖キラキラネームですね(笑)

 

名前一つとっても文学青年だった賢治をノックアウトするに十分だったと思われます。賢治が故郷岩手に思い描いた理想郷、イーハトーブもおそらくニライカナイが発想の原点なのでしょう。

 

このころ二人は短歌創作を熱心に行っていて、賢治が敬愛する石川啄木に嘉内も興味を持っていたことから意気投合。二人で啄木ゆかりの盛岡中学のバルコニーに立ったこともあるそうです。聖地巡礼って当時もやってたんですねえ。

 

入寮から一か月後の歓迎会では嘉内が脚本を書いた「人間のもだえ」という劇を上演しています。

この時嘉内は「全能の神アグニ」賢治は「全智の神ダークネス」を演じているのですが、もしかしたら氷艶の「蠍座の女王」とトキオをブラックホールに送り込もうとする「漆黒の神」はそのオマージュかもしれませんね。

 

それにしても、寮に入りたての新入生がいきなり劇を創作し、自ら堂々と主役まで務めちゃうんですから引っ込み思案な田舎の文学青年賢治にとっては彼の行動すべてが刺激的だったんじゃないでしょうか?

風の又三郎もまた嘉内がモデルだったんじゃないかと言われてますが、こんな友人がいたらどれほど夢中になったか私にも容易に想像できます。カナイが語る言葉ひとつひとつが魔術のように賢治を虜にし、人生に多大な影響を与えたに違いないのです。

 

 

嘉内は山梨時代、冥王星の名付け親である野尻抱影に学び、彼がスケッチしたハレー彗星の絵には「銀漢ヲ行ク彗星ハ、夜行列車の様ニテ 遥カ虚空ニ消エニケリ」(彗星は、銀河を走る夜行列車のように遥か虚空に消えていった)との走り書きがあります。

このスケッチが銀河鉄道の夜のモチーフになったのは言うまでもありません。

 

嘉内は賢治にとって知性と自由の象徴であり、憧れ。その後の行動の軸になっていったと思われます。

 

氷艶のカケルは「俺、石にしか興味ないもん!」という鉱物研究家ですが実際に”石っこ”とあだ名されるほど子供のころから鉱物の採集が大好きだったのは賢治の方。賢治が率いるフィールドトリップに嘉内も参加し、仲間たちと近郊の山野を巡り、鉱物を採集し、地形や星の観察を共にするようになりました。

 

ある時、賢治と嘉内は二人きりで岩手山に登ります。

一つ手にした松明の炎が消えないよう互いに息を吹きかけながらの夜行、それはどんなに心躍らせる体験だったことか。

二人は満天の星空を眺めながら夜通し本当の幸いについて語り「人々のほんとうのしあわせのために生きよう」と誓い合ったのです。

 

そう、氷艶で友野君と島田君がデュエットしてたあのシーンですね。

 

 

 

 

しかし楽しい時間は長くは続きませんでした。

 

彼らの同人誌「アザリア」に、嘉内が書いた
「今だ。今だ。帝室を覆すの時は。ナイヒリズム」
という言葉が反体制的とみなされ放校を告げられるのです。賢治は学校に嘆願しなんとか食い止めようと努力しましたが願いは叶わず嘉内は遠くに去って行ってしまいました。

 

悲嘆に暮れた賢治は嘉内宛てに実に74通もの手紙を出しています。妹のトシが入院することになり東京を訪れた際も面談を試みますがこの時も適いませんでした。

その後ようやく帝都図書館で再会できたのですが、その際どうやら仲たがいしてしまったようで以後急速に手紙は減り、結局二人は二度と会うことがありませんでした。

 

嘉内は放校された3か月後に母親を亡くしているのですが、母の死は自分が心労をかけたせいではないかと思い悩む親友に対し

 

賢治は、ま、はっきり言ってドン引きされるような重くて暑苦しい手紙をせっせと送り付けてたんですねえ。

 

そのいくつかを読んでみましたが、結構自分本位というか、かまってちゃんというか、私の事なんかほっといてみたいなことを書いたと思えば、我を棄てるなといってみたり、支離滅裂な印象でした。

呆れられない程度に友達に甘える分にはいいけど、強すぎる想いは拗らせたら結構厄介ですからね。

読んでてヤバいわこの人ってなりましたよ。

 

会いたくて会いたくて・・・

 

嘉内と決別した賢治はその2年後銀河鉄道の夜を書き始めます。何度も何度も書き直し結局未完のままそれが遺作となりました。

とくにケンタウル祭のくだりは原稿が欠けてしまってるので、どんなエピソードが書かれていたのか不明ですが、氷艶ではトキオがカケルへの愛を確かめるシーンになってましたね。

 

(どうして僕はこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。)

 

(ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに話しているし僕はほんとうにつらいなあ。)

 

いやあ、私ったら恋心にはてんで鈍感なものですから、十字星を見るまで本編のこのくだりのジョバンニの気持ちに全く気が付きませんでしたよ~これは単なる孤独の表現じゃなくて女の子への嫉妬だったんですね。

 

でも賢治と嘉内の関係を”恋”の一言で括ってしまうのはちと乱暴かな。

 

溺愛されすぎたがゆえの父との確執、宗教への依存的傾倒、教鞭が下手すぎて教え子から不人気と自虐するほどのぼんくらで、書き上げた作品を送ってみても目を通し取り上げてくれる出版社はひとつとしてない。わが人生のままならなさに無性に腹が立ってしかたない

 

そうした愚痴を手紙にしたためても受け止めてもらえると信じられる相手が嘉内であり、そしてそんな自分をいつでもあの満天の星の下に連れて行ってくれるのが嘉内だったんだと思います。

 

ハレーすい星に乗ってどこか遠くに行ってしまいたい。できるなら彼とずっと一緒に。

 

「カムパネルラ、僕たち一緒に行こうねえ。」

 

KAGAYA 星空の世界展より

 

 

 

 

賢治が肺炎のため37歳の若さでこの世を去ってからわずか3年後、嘉内もまた胃癌で亡くなりました。

その枕元には賢治ら友人からもらった手紙が丁寧にスクラップされて置かれていたそうです。きっと最期までお互いを想いあっていたんでしょう。

 

理想を胸に同じ農業指導の道を歩みながらこの世では二度と交わることなく夢半ばで終わってしまった二人の人生。

 

でも銀河の果てで二人の魂は再会を果たし、今度は宇宙規模のフィールドトリップを続けてるかもしれない。

 

この企画結構長い間温めていらっしゃったんじゃないかしら?

その構想をもとに氷艶2024-十字星のキセキが実現したというか、せめて舞台の中ではハッピーエンドにさせたかったんだろうなあ。

 

いろんな事情とか制約、もちろんあの横浜アリーナをいっぱいにしなくちゃ次回はないというプレッシャーの中でこれだけの成功を納めるのは想像つかない困難があったかと思いましたし、もう間に合わないというギリギリの状況で演出者交代という事態に至ったのは残念でしたが、亞門さんは何と素敵なテーマを選んでくださったんでしょう。

 

そしてやっぱ演じるとしたら大ちゃんはトキオじゃなくってカケルだよなあと改めて思いました。

無邪気で自由で勇気があって友達想い、あんな風に人を包み込めるキャラクターってそうはいません。

どなたかもおっしゃってましたが、大ちゃんのコスチュームイメージは星の王子様チックでしたね。

 

賢治にとっての嘉内がヒーローであり続けたように、私たちにとっても大ちゃんが大ちゃんであることに救われている

それをよくよくご存じの上でのこのドラマでありキャスティングだったのだと思います。

 

 

光の君と太陽の王子に加え、これから星空を見上げる度に思い浮かべる人がまた増えちゃいました。

夜空がどんどん賑やかになるのは大歓迎です。どうか今後も氷艶が続いていってくれますように。