「最近、お店のHPにある日記書いてないよね」
売り専ボーイであるシュンが
同じ売り専ボーイの俺を
なぜ指名し続けているのか
意を決して
訊いたというのに
シュンは苦笑いを浮かべて
茶化すように言った。
「俺の質問にちゃんと答えてくれよ」
「答えてるよ。マサキ君の日記から始まったんだもん」
「どういうこと?」
「僕、見たよ。あの日の日記」
「最近、お店のHPにある日記書いてないよね」
売り専ボーイであるシュンが
同じ売り専ボーイの俺を
なぜ指名し続けているのか
意を決して
訊いたというのに
シュンは苦笑いを浮かべて
茶化すように言った。
「俺の質問にちゃんと答えてくれよ」
「答えてるよ。マサキ君の日記から始まったんだもん」
「どういうこと?」
「僕、見たよ。あの日の日記」
デザインの勉強をするため
海外へ留学したい。
シュンは、病弱な父親に頼らず
それを自分で叶えたいと言う。
そんな立派な夢を
売り専ボーイをやることで叶えようとしているシュンは
それまでの守ってあげたくなるようなイメージを覆して
心の強さを感じさせたが
同時にそんなシュンが哀れにも思えた。
息苦しかった実家から抜け出して
自由を得るために
ただなんとなく売り専を始めただけの俺のために
何故シュンは
その身を削って得た金を消費し続けるのか。
余計にわからなくなる。
指名が入るたびに
俺は金と引き換えに
シュンの夢の邪魔をし
重い苦しみを与えていたのか。
大きな罪を犯してしまった罪人に
俺はなってしまったのだと思った。
「1時間延長です。」
部屋に備え付けてある電話で
俺はマネージャーに連絡をした。
「了解・・・。」
まだ何か言いたげだったマネージャーを
無視して受話器を置く。
「え?」
俺の突然の行動に
シュンは呆然と立ちすくんでいる。
「料金は俺が払うから」
中途半端なままでシュンを帰したくなかった。
今、このまま帰したら
シュンはもう2度と現れないような気がして
すごく怖かったから。
わずかな沈黙の後
シュンは表情を変えず
「そうだよ」
と無情にも答えた。
「なんで・・・」
愚かしいのは自分でもわかっていた。
自分も売り専ボーイをやっていながら
シュンに失望し、シュンを咎めるなんて
そんなことをする資格、俺にはない。
だけど、
シュンにはどこまでも汚れを知らない
天使でいて欲しかった。
なのに・・・なんで・・・
「夢を叶えるため・・・、
そのためなら体を売ることも仕方ないんだよ」
シュンの欲しいものは
自分の夢だったのか。
すっかり意気消沈し暗い顔を見せるシュンに
売り専で働いているのかどうかを訊くのは
なんだか酷な気がした。
本当にシュンが
売り専ボーイだったとしても
そうじゃなかったとしても。
「マサキ君のお父さんってどんな人?」
「うーん・・・頑固オヤジって感じ。
親父とはあまり話しすることないなぁ」
ベッドの上で二人して
仰向けになり天井を見つめたまま
他愛のない話をゆっくりじっくりと続けた。
会話が途切れてしばらく空いた間も
けして違和感などなく心地良い。
ゆったりと2時間が経過し
帰り支度を始めたシュン。
その儚い背中を眺めていると
穏やかだった気持ちが
急に波立ち始めた。
この後、シュンは売り専の仕事に赴くのだろうか。
もしそうならば
何故シュンは売り専を選んだのか。
何故同じ売り専の俺を指名し続けるのか。
それを今確認したい。
確認しなければ。
俺は使命感にも似た衝動を覚えた。
「ねぇ。シュン。」
「ん?何?」
「もしかして売り専で働いてる?」
「お父さんが倒れちゃってさ、
入院の準備とか付き添いしてたんだ」
シュンの横顔は
憂いを帯びて今にも消えてしまいそうだった。
父子家庭で育った身の上を
かぼそい声でポツリポツリと話すシュンに
俺は何も気の利いた言葉をかけてあげることができずにいた。
「そんな大変な時にこんな所に来てて大丈夫?」
「うん。だいぶ落ち着いたみたいだから」
何かを堪えるように下唇を噛み
潤んだ瞳で俺を見つめてくる
このシュンが
俺と同じ売り専ボーイだなんて
やはり何かの間違いだろう。
間違いであってほしい。
困惑しながらも俺はそう願わずにいられなかった。
俺の聞き間違いか
マネージャーの勘違いか
俺は繰り返しマネージャーに確認した。
「しつこいなぁ。だから●×△のボーイの子だって」
呆れた顔で言うマネージャーに
俺は少しムッとした。
「●×△のボーイ」という件が
俺の神経を逆撫でしたのだ。
俺の中にシュンが売り専ボーイであるということを
信じきれずにいる自分が存在している。
まだシュンのことを引き抜きにきた刺客かなにかと
疑ってくるマネージャーを押しのけて
控え室を出ると
俺はシュン(?)が待っている部屋へ
無心で駈けていった。
部屋の扉の前に立ち
少し乱れた呼吸と高揚した気持ちを
鎮めるように一つ深呼吸をすると
俺は、その扉を開いた。
「こんばんわ」
扉の向こうには、
懐かしささえ感じる
愛らしい天使様の笑顔があった。
マネージャーが買ってきた趣味の悪い置時計が
今日も夜7時を知らせてくれる。
シュンと会えなくなって5日目の夜7時だ。
今日も外は雨。
出勤したもののやはり客はまばらで
俺への指名はまだ1名のみ。
予約もないし、もう早退してもよかったが
この雨の中帰るもの億劫で
俺は控え室のソファーでふてくされるように横になっていた。
しばらくゴロゴロした末、
よいよ現実から夢の世界へと移り変わろうとしたその時、
マネージャーの野太い声が俺を現実へ引き戻した。
「指名入ったぞ。またあの客だ」
『もうシュンとは会えないかもしれない・・・』
そんな気さえしていた。
今日の俺には予約が一つも入ってなかった。
朝から降り続く雨の影響か
来店する客も少ない。
「どうしたの?ぼーっとしちゃって」
同じ控え室にいたマサル君が
退屈しのぎとばかりに
一人でソファーに座っていた俺に話しかけてきた。
「最近よくぼーっとしてるよね」
そう言って含み笑いをするマサル君は
シュンに似て
白い肌に幼い顔立ちをしている。
「ねぇ、マサル君はなんで売り専始めたの?」
今までボーイ同士の会話で
あえて避けてきたことを
今日の俺はズバリと口にした。
「なんだぁ?いきなりだなぁ」
そう言うとマサル君は
俺の隣にドサッと腰掛けた。
「お金に決まってるじゃない。
うちの実家すごい貧乏だったからね。
色々我慢してきたけど、欲しいものは自分でなんとかして
手に入れなきゃいけないって思ったのさ」
そうだ。
みんな欲しいものを手にするために
身を削り
心を削っている。
シュンの欲しいものは何だろう。
そして、
俺の欲しいものは何だったんだろう。
次の日も、その次の日も
シュンは現れなかった。
夜7時。
指名が入った。
シュンとは似ても似つかない
禿げた小太りの中年からだ。
「この店のHP見たら、君が一番イケてたからさぁ」
その客は、俺に体を洗われている間、
ニタニタといやらしい笑みを浮かべて
話しかけてくる。
ベッドに入ってからもその薄気味悪い笑みは消えずに
俺の前にまとわりついた。
今この時、
シュンもまた俺と同じように
じっとりと汗ばんだオヤジの手で撫でられているのだろうか。
客にしたがう玩具になりながらも
俺はシュンのことを考えずにいられなかった。