みんなは愚痴ってどう感じる?


私は愚痴ってよくないことと思っていた時期があったけど、


今は違う見方をしている。

 





何年か前、友達に会うたびに私は愚痴を言っていた。


‘’あいつがあーだこーだ。‘’そんな会話に時間が過ぎ、


「まぁ色々大変だけどお互いがんばろ。」としめる。




で、また不満が溜まる。


そして会って吐き出す。


そんな繰り返しだった。





で、気づく。


私全然幸せじゃねーなと。





それに気づいてから、お金をかけて、プロに頼って、


自分を知ることをしてきた。


とにかく外に向いていた‘’人への分析‘’を、‘’自分に戻す‘’ことをしてきた。



それがだんだん進んでくると、


ずっと同じように愚痴を言い合っていた友達の愚痴を、


いつの間にか聞けなくなった。


聞くとしんどくなった。


元の場所に引っ張られてしまう感覚になった。


で、関係が切れた。






あれからまた時間が立って、


今の私は、‘’あえて‘’愚痴を言うことを大事にしている。




何かメンタルがくらう出来事が起きたとき、


まず私の頭に浮かぶのは、自分を責める言葉たち。


それに埋め尽くされ、事実も相手のことも何も見えなくなる。


そのあとに来るのは、私をこんな目に合わせやがって!と相手への怒りがでてくる。




でもそんな最中でも、いつも頭の片隅にあるのは、


この今でてるものは、私のホントのものではないってこと。


私のホントのものはこれじゃない。



でも、



私のホントのものにたどり着くには、

そのホントのものではないものを、まずどかさないと見えない。





私はそういうとき、聞いてもらう人を何人か決めていて、


私の愚痴を聞いてくれないですか?とお願いする。


またはブログやノートに書いたり、とにかく出す。



友達や仲間の胸を借りて言葉にしてみると、初めて見えることがたくさんある。


詰まりが取れたように、びくともしなかった気持ちが動き始める。






私は、愚痴をたくさん聞けるタイプではない。


でも、同じようにたどり着きたいものがある人の愚痴は聞ける。


愚痴は、前に進む人にとっては“通過点”になるとわかったから。


だから私は、必要なときにはちゃんと愚痴を使う。





もし今、頭の中がごちゃごちゃしているなら、 


その“ホントじゃないもの”を一緒に出してみませんか?



















頭の栓を抜くイメージがでてきた爆笑











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悩みなくても大歓迎ー!爆笑

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