「ニジンスキー」とくれば伝説の男性バレエダンサーと言うのは誰もが知っていると思う。
特に「バラの騎士」や「牧神の午後」は有名で、「牧神の午後」に焦点を当てて、少女向けのコミックにも描かれている。
彼の生きたその時代に、その姿を見ることが出来たならどんなだったろう?
などと叶いもしない妄想をめぐらせたりして。
情熱的で官能的。きっと多くの男性や女性を虜にしたのだろう。
そんな印象を彼には持っていた。
この本に出会うまでは。
既に、物を持ちすぎた私、身辺整理をしなくちゃあ…と常日頃心がけているので、特に書物はなるべく図書館で閲覧することを心がけてきた。
ある日地元の図書館を時間つぶしにブラブラしていたら、「ニジンスキーの手記」という今回のこの本をみつけた。
もちろんその場で借り、読み始めてみたら、なんとこれが面白すぎる!!
「ニジンスキーの手記 完全版」 ヴァーツラフ・ニジンスキー 鈴木 明訳 新書館
400頁にもわたる長編なので、じっくり読み進めていたら、貸出期間を過ぎそうだった。
なので、古書ではあるが、ネットで本書を購入した。
購入し、自分のものになると安心してしまい、まだ完読せず中断してしまっているが、一気に読んでしまうほど面白い。
「狂気の」という形容詞がマジで相応しい。この人には。
それぐらいでは済まない、とてもついていけない・・・と思わざるを得ないのだけれど。
しかし、読んでいると思考回路が昔読んだ「分裂病の少女の手記」に似ているような気がした。
「常軌」とか「普通」とかにこだわらない自由さは、芸術をまっとうするにはある意味では必要不可欠なものだろう。
しかし人間というのは、食べたり、着たり、他人と接したりしなくては生きて行けないから、それぞれがそれぞれの一線を作り、バランスをとっているのと思う。
でも、このヴァーツラフ・ニジンスキーの手記を読んだ限りでは、本人は全く「狂気」などとは無縁の、「天才」であることを自認し、また崇高であり、常人は近寄り難い人間であると信じて疑わない。
ディアギレフに見出されたこともあり、私自身は「同性愛者」という認識であったのだけど、実生活では妻もいたし、娘も生まれている。娼婦も買っていたりする。
このことかららも、”ひと”と言うのは「男」であるか、「女」であるか、「どちらかの性に決めなければいけない」と言うのは、全く愚かしいことだと思うのある。
自然に任せていたら、気がついたら異性を好きになっていた…と言うひとが圧倒的に多いので、少数の、そうでない人々が偏見の目で見られる・・・そんな構図ができあがって現在まで脈々と続いているのだと思う。
人間、誰を好きになっても、自由なのだ。いつでも・・・どこでも・・・または、誰も好きにならなくても・・・
話が横道に逸れたけど、とにかく、今までに読んだ本の中では、これほどに自由な文章は出会ったことがない。
後に「出版」されることなど考えず、思いのままに、ペンを進めている。
昨日あった出来事や、周りの誰かの悪口や、思いつくままである。
特に私が笑えたのは、「万年筆」に固執しているくだりである。
手記を綴るにあたり、鉛筆から「万年ペン」(万年筆のこと)に変えたところ、甚く気に入り、自ら新しい「万年筆」を考案したから特許をとろうと、本気で考える。
そして大儲けを皮算用するのだが、周りの人々は相手にしない、らしい…そりゃあそうだ。
しかし、この手記、全てを理解するには何度も引き返しながら読まないと理解できないこともあるので、おおよそを掴みながら一読してから読み返すのがコツかも知れない。
「手記」だから、思うがままを書き綴っているから、心の軌跡(ある意味,狂気への変遷)が伝わってくる。
「哲学」って難しいもの・・と思っているひとは多いかも知れないけど、実は誰もが哲学とは無縁ではいられないことが、この本からは伝わってくるのではないだろうか。
文章は至ってわかりやすい。文脈がめちゃくちゃだから何度も読み返して解釈する必要がある。
”自由”なのだ。
中では”性”についても赤裸々につづっている。
そんな彼のダンスはさぞや鬼気迫るものであったに違いない。
タマラとの”バラの精”など、世の女性たちを熱狂させたに違いない。
しかし、なぜに映像が何も残っていないのか。
これほどに”ニジンスキー”といえば有名なのに・・・。
思うに、私自身の考察なのだけれど。
舞台で、「牧神の午後」のあのシーンで、辛辣な性交描写を演ってしまったのではないか?
ディアギレフもその件についてはずいぶんとガッカリしたに違いない。
チャイコフスキーバレエやアダンのジゼルを愛したひとだからな~
当時の世論にしこたま叩かれて、彼の残されている映像という映像が、おぞましいと審判がくだされ、廃棄されてしまったのではないか…
まあ、これ私自身の考察なのだけれど。皆さんはどう考えますか?
どちらにしろ、ニジンスキーが20世紀バレエ界の革命を起こしたのは間違いないですよね。
後の「春の祭典」から時を経てベジャールへと・・・
まずはこの本、手にとってみてください。
普段、バレエに触れることが少ない人にも100%楽しめます。