ゲームについては、愛読していた「ゲーム批評」とか、
「ゲームについて話そう」って本もあって、
なかなかに、おもろく深い考察やらあるんですねん。
でも批評家でもゲーム関係者でもない、
ぬるゲーマーとしての、年寄り的ゲーム体験を、
ちーとばかし、話ちゃいますねん。
テレビゲームが子供のものだった時代もあったし、
インベーダーやポーカーゲームみたいに、
大人が博打的にうす暗い喫茶店で、
やってた頃もあったけど、
今は家族で遊べるツールの一つとしても、
かなり市民権を得てきたよね~
反面、子供が何か犯罪を犯すと、
ゲームが好きだったとか、影響を受けて、
リアルと区別つかなくなって、とかバッシングもされちゃうけど、
ぶっちゃけツールの使い方でないのかねぇ...
バールだって工具として使えば便利だけど、
人を殴ったら殺人の凶器だからね。
まあ、夜遅くまでゲームやってる妻に、
キレた夫がゲームキューブの機械ぶん投げて、
妻の鼓膜が破れるというような、
身近なお話もありやしたが…
(キューブは痛そうだわ)
私がゲームをするようになったのは、
病気で動けなくなった時からかな~
それまでは幼い息子がやってるのに、ちょこっと手を出したり、
後ろで応援してる程度だったのね。
えらそうに口は出しても、これが実際やってみると、
ゆ、指がついていかないんで、
親の権威が、ガラガラとくずれちゃうのよね。
マリオとか、コントローラー持ってる自分は思わず座布団の上で、
ジャンプしてるんだけど~
マリオは落っこってるしシクシク;
ドラクエが出たときは、音楽もストーリーも、すっごく良くって、
こりや、ガキに遊ばせて於くのは、もったいないわ~
と、ハマりましたが、
親はビンボーな生活の為に、1日中労働に従事してるからね、
当然子供らには、遅れをとるわよ。
でも、息子やその友達には、
ゲームに理解のある母親としては、人気絶大!
泊りがけでゲームやりに来た、若い友達は、
ついに3日徹夜して、帰らないのよ~
夜食とか出してやりながら、
ドラクエの虹をみて、一緒に感動したり~ヽ(゚◇゚ )ノ
子供や若い子達とのコミニケーションは、お蔭様でバッチシ!
それから、ず~っとゲームから離れていたんだけど、
病気で寝てると、痛みや不安で辛いから、暗く落ち込んじゃうのね。
それで気晴らしにって、息子が勧めてくれたの。
その頃はスペインに住んでいたから、
当然、新しいゲームなんて売ってないの。
それで、息子の持っていた古いゲームを、
ポチポチ始めた訳よ。
「アストロノーカ」ってゲームで、これなら君でも出来るんじゃね、
と息子がセットしてくれたんよ。
これが、なんと大ハマリ(・◇・)
宇宙のとある星(ニッカボッカ星)に、農民が移住してくるのね。
私はこいつに豊作と名づけましたねん。
豊作は助手のロボットピート君と、ちっぽけな6マスの畑、
シマイモ植えてやっと買った交配マシンから始め、
コツコツと交配を繰り返し、畑を荒らしに来るバブー
(モグラみたい)を、
いろんな罠で撃退し、作物を売りーの、種を買いーの、
ゾウより重く家より大きなシマイモとか、
(ジャガイモは大きく重いほうが高品質なのね)
米粒より小さく天国芳香のひよこレモンとか、
(レモンは小さくて香りの良いのが高品質)作りつつ、
やがて最終品評会で、大金持ちの宿敵農民を撃破し、
めでたく、銀河一の農民になるのでありました~
毎日、交配の事とか、収穫日数とか、
憎っくきモグラの罠をどう仕掛けるかとか、
さしてない脳みそを絞りきって暮らしてました~
気分はすっかり農民です~
とにかく病気で死にそうなんで、1日やってても、
キレたとうちゃんがゲーム機ぶん投げてもこないし、
メシ~とか息子も叫ばないし、
ヘポヘポとゲーム三昧で、豊作3年目の春にクリア~
最終エンディングは息子の友達も大勢見にやってきて、
感動を分かち合ったのでした~泣けた
あれ、痛みが減ってるジャン。
(ググるとこのゲームについてのデータがあります)