私が言葉の力を信じているのは、自分がそれを介在して他者と社会的平面を通じてコミュニケーションができるからということだけではなく、

この前行った怪しい集会や怪しい講座では「言葉というものは小さな粒で出来ている」ということを教わった。

宙に放った言葉はどこかにそっと溜まる。飲み込んだ言葉は自分の中に溜まる。

言葉というものは、こうして文字にして起こさない限り直接目視は出来ない。

私は「見えない」世界が好きだ。「見えない」と言うと霊的な物を思い浮かべがちだが、私たちの身体を構成している細胞は直接目視は不可能、空気だって感じることはできるけれど、視認はできない。
私の好きな「見えない」はそういうニュアンス。

私たちが直接目視出来ているのは一体全体の何%なんでしょうね

それにしても言語化スロットが全然動かない。それなりに感じてることも考えてることもあるのに…これは悔しい…