3月に思う | 桜梅桃李

桜梅桃李

トリポジ乳がん。治療のコト、日々のコト、ゆるゆる綴ります

FEC2クール  16日目

今回は、ここまで発熱なしで来ました。
あぁ~2クール目このまま大丈夫やろか、、、

他の症状は、

爪まわりの乾燥

血管痛なのか筋肉痛なのか、
よくわからない腕の軽い痛み

だいぶましではありますが
味覚障害

このくらいかな、、、
どれも酷くないので、
元気に日々過ごせております。
ありがたい‼︎




さてさて
もう3月なのですね。
卒園や卒業と
旅立ちの時ですが、

3月はワタシの母が亡くなった月でもあります。

7年前、
うちの息子が産まれて
1ヶ月と少し経った頃
母は旅立ちました。
まだ60代半ばでした。


母は痩せ方でしたが
昔から病気知らずで、
おしゃれさんで
友だちも多く
元気な人でした。

前年の9月、
急に不調を訴え
病院に行った時に
末期の胃ガンと診断されました。

その時、ワタシは妊娠6ヶ月
不妊治療して
妊娠しても育たず
もう子供は無理かな、、、と
思っていた矢先の
奇跡的な自然妊娠でした。

流産を何度も経験しましたので
ワタシたち夫婦、父や母、妹みんなで
安定期に入って良かったねーと
少しこれで安心ね、、、と
喜んでいた中で

突然の
母の胃ガン告知。

余命は2ヶ月

手の施しようがなく
入院していた大学病院から
早急にホスピスへ
転院するよう 言われました。


父はただ茫然、、、
何も手につかない状態。 

ワタシと妹で、
緩和ケアのある病院を探しながらも

治療を諦めることができず、
何か出来ることはないのかと
ネットで調べたり
セカンドオピニオンにも行きましたが

母にとっての
有効な治療は無し

もうどうしようもなかった、、、

ただただ

ガンという病気が憎かった

ついこの前まで
一緒に買い物行ったり
食事したり
元気だった母が
あと2ヶ月やそこらでいなくなるなんて、

お腹の赤ちゃんに会わせることも出来ないの?

そんなの到底、受け入れられない。

ワタシは妊娠中にも関わらず
体重が減少
出血までしてしまい

今思えば、自分が告知を受けた時より
パニックになってました。

でも母は冷静で強かった。
主治医と話し合い
体の負担になりにくい
経口薬の抗がん剤を始めることになり

ワタシの出産の手伝いせないかん!と

本当に頑張ってくれました。


その時の母の言葉
『私は親としての仕事は済ませたつもり。やり残した事は何もない。
でもあなた達はこれから。
子どもを育てあげないかんけん、
病気したらいかんよ!
ちゃんと検診受けなさい。』


この事を、入院中に何度も言われました。
母の遺言だと思ってます。


そして母は
告知を受けてから
6ヶ月後、
しっかり孫の顔も見て

家族が見守る中、
静かに旅立ちました。


この母の病気をきっかけに
母の遺言通りに
ワタシは毎年検診を受けてきました。

不思議な事に
他のガン検診は
市で行なわれる集団検診を受けてましたが
乳がんだけは、
専門医のいるクリニックで
マンモとエコーの検査をずっと6年間。

ワタシのガンは
マンモでは、全然わからなかったので
市の集団検診では
見つからなかったと思います。

そういう事すべて
母がワタシを守ってくれたんだと
思ってます。

大好きな母を奪ったガン
わが家にとって憎き仇です。

母のためにも
ワタシが負けるわけにいかない。

そんなことを
また強く思う3月です。