★★★
自動ドアをくぐり抜けて、私はゆっくりと中へと歩いて行く。
正直なところ、ここに来る事には少し迷いがあった。
あの時、突然 何も言わず何週間も無断欠勤した末に、たった一枚の辞表を図書館宛てに送り、それっきり・・・
何年もお世話になった場所なだけに、心苦しかったがあの時はそうするしか方法がなかった。
申し訳ない気持ちでいっぱいになりながらも、一緒に働いていた後輩司書には数か月後に電話で詫びた。
この秋の人事異動で、図書館の職員は、あの頃とまったく変わったと彼女から聞いていた。
もうここには、私の知る人は誰も居なかった。
久しぶりに踏み入れた館内は、あの頃とは雰囲気がガラリと変わっていた。
受付のカウンターの前を通り過ぎる時、カウンターに座る真面目そうな司書の女性がチラッと私を見た。
「あ・・・こんばんは。 まだ・・・・大丈夫ですか?」
私は少し躊躇いがちに聞いた。
(閉館まで あと30分です。・・・・どうぞごゆっくり。)
なんとなく無愛想で堅苦しい挨拶が、あの頃の自分と重なってちょっとだけおかしかった。
館内は相変わらず静かで、人も数えるほどしか居ないくらい少なかった。
テーブル席では、学生らしき男性がつまらなそうに勉強をしていたり、雑誌コーナーでは仕事帰りの疲れたOLが、ペラペラと雑誌をめくっていた。
懐かしい本の香りに、私は思わず深呼吸をした。
もう戻る事のないここに、また立っている自分が不思議でたまらなかった。
ふと、時計に目を落とすと・・・時計の針は、もう21時をさしていた。
いくらなんでも、もうこんな時間まで・・・
きっと、もう翔くんは帰ってしまっただろうな・・・・
私は革のベルトを指でなぞった。
さっきまで少し穏やかな気持ちになっていたのに、翔くんの事を思っただけで急に鼓動が速まってゆく。
館内をぐるりと見回してみたけれど、翔くんらしい人影は見つからなくて・・・
ホッとしたような・・・・残念なような・・・複雑な気持ちになる。
私は図書館の床のじゅうたんを踏みしめるように、ゆっくり ゆっくり奥へと向かって歩いた。
もしかしたら、翔くんが居るかもしれないと、一縷の望みをかけて。
この図書館のお気に入りは、天井近くまで続く背の高い本棚だった。
あまりに高くて、上の方の本を取る時には高い高い脚立に乗らなければならなかった。
それを翔くんに話したら 『オレには絶対無理!!』 と言って笑った事があった。
奥の方の本棚には、難しそうな本ばかりが並んでいて、あまり人が寄りつかなかった。
ここは私の秘密基地的な場所で、よく本の整理と偽って、ここで日向ぼっこや ティータイムを楽しんだりしたっけ?
ふと・・・・奥の本棚をウロウロと足早に歩きまわる人影が見えて、私の胸は一瞬で沸騰した。
「しょ・・・・・翔・・・・くん・・・・?」
間違いなく、その影は翔くんの影で、一冊の本を片手にキョロキョロして返す場所を探しているようだった。
胸の奥が詰まったようにキュンと苦しくなる。
目の前に大好きな翔くんが居る。
私は左手を胸に引き寄せて、右手でギュッと腕時計を握りしめた。
神様・・・・どうか・・・・お願い・・・・・
私に勇気を・・・・下さい。
私はゆっくりと、一歩づつ 翔くんに近付いて行った。
★★★
んーーーーーーっっっ(>_<)
オラに勇気を!!!!!笑