http://www.nikkei.com/article/DGXLZO11278180U7A100C1NN1000/

 

コンパクトシティ施策に関係する病院や図書館などの公立施設の整備費の3割を国が財政支援するとのこと。

 

コンパクトシティと言えば、富山市、青森市などの先行的に取組みを行ってきた都市で、あまり上手くいっていないのではないか、との評価が最近は多い。そういった評価にかかわらず、国としては政策を継続的に加速したい狙いのようだ。

 

コンパクトシティ化の是非は、議論が分かれるところと思うが、個人的には否定的ではない。というよりも、政策的に進めるかどうかは別にして、長い目で見ると必然的に一定程度成り立つものと考えている。ただし、その中心部がどこになるのかこそが問題と思うが。

 

コンパクトシティ化の利点は、行政コストの縮減や住民の利便性といった経済効率性の側面から語られることが多く、その点で同意している。他方で、コンパクトシティ化への反論は、行政が住民の居住の自由に介入するべきでないことや、日本では西欧と違って元来都市部に人が集中していたわけでないことから、構造的に西欧流の政策は馴染まないことなどが挙げられる。

 

個人的な見解としては、これらの反論に対しても完全に同意しており、否定するものでないと思っている。コンパクトシティ政策にあたって大切なことは、時間軸と手段の観点だろう。もともと都市構造を変えること自体、時間がかかるものなので、個人の居住に関する選択の自由に配慮しながら、政策的に進めるのであれば、非常に緩やかにやっていくに留めるべきだろう。

 

手段に関しては、中心部に住むことの魅力をどうやって高めるかが大事。冒頭の国の施策についても、公立施設だけを中心部へ仮に集めても、人はそこに住まないだろう。そもそも公立施設に通うことがどれほどあるのか、ということだ。中心部が閑散とする一方で、郊外のショッピングモールに人が集まるのは、そこに魅力があるからだろう。かえって、そのショッピングモールを中心部と定義した方が良いのではと皮肉にも思うくらい。

 

土地に関する心理的なしがらみなどが世代替わりで薄まれば、個人個人の判断として、より便利な都市部(それは富山や青森の中心市街地ではなく、東京都心部かもしれないが…)に人は集まってしまうと思っている。これは、「コンパクトシティ化」というよりもむしろ「大都市への集中」というもので、政策的には別の次元で捉えられるが、同じ論点と思っており不可避ではないだろうか。

 

中小都市は、将来世代のそういった大都市への流出にこそ懸念を持つべきで、それを防止するためにでき得る市街地活性化策にこそ議論を集中すべきだ。