
敦賀を8:21に出た後、敦賀機関区を横目に通りました。
青森から引いて来た101号機がパンタグラフを下ろして休んでいました。

除雪車のDE15の姿も冬の北陸本線らしさでした。


近江塩津から湖西線に入り高架をスピードに乗って駆け抜け、田んぼの向こうから余呉湖が見えてくる…このシーンが好きでした。

A寝台の中からその景色が見られたら最高!って、他の客が降りて空いた下段寝台に勝手に入って見ていました。巡回の車掌氏と目が合っても、何も言われませんでしたけど。

湖西線では、東側に見える琵琶湖を眺めるのがお勧めでした。
ただし、夏至の頃の夕暮れ時にこの辺りを通過していた下り「日本海」に乗ったなら、西側の窓からの比良山系の景色が抜群でした。山の端に夕陽が沈んでいく中、夕焼け空を映した水田が切なく美しく…旅の感傷に重なるようでした。

近江舞子で運転停車して、後続の金沢発 「雷鳥33号」に追い抜かれました。
ちょうど停車位置の車窓の真ん中に駅名票が来たので高速通過を狙って…

もう雪の跡は無くなっていました。

A寝台 枕側。

A寝台 足側。
足を延ばして座って、頭が上段天井につかないというのが売りでした。

終着 大阪には10:27着。
朝のこの到着時刻ではビジネスユースには遅過ぎて不適…観光か里帰り利用客、飛行機が苦手なお年寄りが主体でした。乗り鉄チャンは言うまでもなく。
ラッシュ時に鈍足の客車列車を走らせると、並みいる通勤電車の運行をことごとく遅らせるから、ラッシュの終わった時間帯に走らせるのでした。

長旅を終え、しばしの休息。
この機関車は敦賀からでしたが…そういう細かいことはいいのです。この日の夕方には青森に向かう運用かもしれないし。

何故か日立の機関車が好みです。

大阪→青森→敦賀→大阪のローテーションで運用が組まれていたので、前後両方にヘッドマークが取り付けられてありました。マニアの盗難を防ぐためにもガッチリと固定されて…

出発信号が青になるまでのひと時でした。

雪まみれだった足回りにはその痕跡は無く…
昔、雪を屋根に載せた貨物列車を見てどこから来たんだろうとと雪深い雪国に思いを馳せることがありました。今は温暖化で雪が無かったり、逆に豪雪で貨物運休となってしまったり…

終着駅で回送を見送る…バックショットの流し撮りは失敗しました。