あかいみたべた (シリーズ・螺子花)
※未完のまま放置してた小説シリーズ。
話の内容に関連性はありません。未完なので唐突に終わります。
目の前に現れた、想像と寸分違わない光景にわたしは驚くことなく、ただ作業をこなすつもりでその事実を咀嚼した。
耳には水音が響いている。腐らせた当初、どばっと溢れ出した赤黒い液体は、勢いを失って今は床にぴちゃんぴちゃんと雫を落とすばかりだ。
そしてその根源である、ぶらんと垂れ下がった手首をわたし達は放心状態で見つめていた。別に驚いているわけじゃないんだけれど、でも「これ」をどうしたらいいか分からなくて、しばし顔を見合わせる。先に沈黙を破ったのは彼で、どうしよっかこれ、と困った顔で笑ったのだった。
……もう何度目だろうか、こんなことを繰り返すのは。
彼には申し訳ないけれど、もはやこの状態に謝る気力すらなくなってしまった。
もちろん繰り返しているのはわたしで、望んで嫌な光景を目にしているのもわたしだ。分かっているけど、見慣れてしまった血溜まりに、どうにも何かしらの感情が湧いてこない。
おかしいなぁ、わたしは人肌が恋しかっただけなんだけど。とぼけるように自問自答してみるが、きっと納得のいく答えを与えてくれるのは目の前の彼以外にいないのだろう。
だからわたしは考えることを放棄して、機械的に首を傾げた。彼の真似をしたら、ずきずきと痛む胸が麻痺して楽になるような気がした。
「ああ、ごめんなさい、球磨川さん。ちょっとはしゃいじゃったみたいですぅ。本当は手をぎゅーって、握りたかったんですけど。なくなっちゃいました」
『うん、そうみたいだね。参ったなあ、思った以上にスプラッタだ』
そうして、冗談めかしてふふ、と笑ったら彼はわたしに合わせて、手のひらのない腕を広げてうわお、と言った。しかしそれが、完全に手がなくなった右腕だけだったらよかったんだけど、まだ手のひらがくっついている左腕まで勢いよく広げてしまったものだから、肉の塊になった手のひらは千切れて教室の遠くにぽーんと放り投げられてしまった。びしゃ、という水音がすぐに聞こえてきて、手の形をしていた肉は教室の奥でばらばらになる。黄ばんだ白い教室に、ペンキを散らしたように赤い飛沫が広がった。
あーあ。ため息混じりに呟いた声は同時だった。それがおかしくて、思わず一緒に吹き出した。
『やっちゃった。後片付け大変だろうなぁ』
「今さらじゃないですか? それより、足元のをどうにかしないと。てゆーか、球磨川さんが“大嘘憑き”でなかったことにしちゃえば一発のような……」
『おいおい怒江ちゃん、僕の過負荷はそんなに都合よく使えるものじゃないんだぜ? 一日三回が限度なんだ。週刊少年ジャンプの主人公が使う必殺技と同じで』
「ふふ、嘘ばっかり。さっそく左手を戻(なお)してるの、見えてますよ」
『あれ、バレちゃった』
仕方なく、わたしたちはそうやってふざけ合いながら、その場から離れて飛び散った左手を拾い集めた。
実際には、肉を拾うためにもう彼の手首の先からは新しい手のひらが生えているから、落ちているそれらはもはや「彼の左手」ではないのだけれど。そう思ったら、なんだかパンでできたアニメのヒーローを思い出して、おかしくなってひとりで笑った。
きっと、幸せな人はこれを、“狂っている”とか“不気味”だって言うんでしょうね。ひどいもんだわ、ちょっとスキンシップをとろうとしたら、はしゃぎすぎただけじゃない。子供が遊ぶのに夢中になって、おもちゃを散らかしてしまうのと同じなのに、どうしてそんな酷いことが言えるんだろう。
とりとめもなくそんなことを考えながら、わたしのものとは全然違う、細くて節の目立つ指を拾えば、不思議と愛しさが湧いてきた。ああ、なんてかわいいんだろう。これがついさっき、一瞬とはいえわたしの手を包み込んで、人肌の暖かみを伝えてくれていたなんて、感謝の気持ちでいっぱいで、思わずキスしたくなる。ううん、キスしたい、今すぐ。自然とわたしの唇は、手の中の人差し指に引き寄せられた。そっと、腐って悪臭を放つ指に、わたしの唇が触れる。やわらかい。実際の彼の指にキスするより、ずっとどきどきした。アバンチュールってこんな気持ちかしら。頭がふわふわと高揚するけれど、同時に、こんなにかわいい彼の指を、こんなふうに醜くしたのはわたしだ、と小さく心の奥でもう一人のわたしが呟いて、胸がちくりと痛む。
痛みから逃れるために、彼の真似をしようと思った。彼だったらこんなときどうするのかしら、と楽しそうに窓のそばで自分の手を拾い集める彼を見て、キスをしたらば次は食べるかな、という発想が出てきた。
あーん、と開けた口の中に指先を向けて、だんだん近づけていく。いけないことだって分かってる気持ちと、好きなんだからこれぐらい当たり前だという気持ちがせめぎあって、なんともいえない背徳感に胸が高鳴った。
『ねえ怒江ちゃん、今度はこっち拾わない?』
すると、あと少しで口に入る、というところで彼が顔を上げてわたしを呼んだ。
慌てて指から口を離して、隠すようにわたしは持ち上げたスカートの中に指を突っ込む。まるでキスの練習でも見られたみたいな恥ずかしさだった。
彼が新しい手で指さした「こっち」とは、教卓の近くの彼の右手のことだった。
寄ってみると彼はもう右手も元に戻っていて、その指で差された血溜まりを見ながら、そういえばなんで腐ったことを「なかったこと」にするのに、残骸は残るんだろうと思った。
「球磨川さん、ちょっといいですか?」
『ん? なんだい?』
「どうして、“大嘘憑き”で『わたしが両手を腐らせたこと』をなかったことにしたのに、腐らせたモノは残るんですか?」
『ああ、そのこと。うーんえっとね、説明すると難しいんだけど、それはこのスキルが、“彼女”から借りパクして改造したスキルだからなんだけどさ、僕の“大嘘憑き”って時間軸じゃなくて因果律に関係するものなんだよね。簡単に言うと、時間を元に戻すスキルじゃなくって、何かが起きる原因をなかったことにするスキルってこと』
「??? えっと……はい」
『だからこの場合は、僕の手が腐った原因である「怒江ちゃんの発動した過負荷」をなかったことにしたのさ。すると、物事の結果として出てきたこういうのは残るけど、僕の手は怒江ちゃんの過負荷を食らわなかったことになるから、元通りになったというわけ』
こういうの、と言いながら彼は血溜まりを指で示すが、わたしには因果律やら原因やら難しい話ばかりで、よくわからない。
とりあえず、何かの時間を戻すスキルじゃないって覚えておけばいいのかな?
首を傾げたらごめん、やっぱややこしかったねと彼は話を切った。そして足元の血溜まりに視線を戻して、長靴だったら足踏みしてあーめあーめふーれふーれなんて遊べたのにね、と笑った。
その通りですね、と同意しかけて、わたしは眼下に広がる血溜まりに目を奪われて、思わず言葉を失う。そこには原型を留めていないながらも、救いを求めるように伸ばされた彼の右手の指が血の中に埋もれていて、固まりかけた血の黒と、床の白と、肉の赤が表現しがたい美しいコントラストを描いていた。
吸い寄せられるとはまさにこのことで、ふと気がついた時には、わたしは血溜まりの中からぐずぐずになった右手を拾い上げてキスをしていた。彼はすぐに汚れるよ、と制止の言葉をかけたが、わたしは鼻を突いた血の臭いに夢中になって、それすらも無視して舐めるように右手にキスをし続けた。
感情が胸の奥で煮え立つように、ふつふつと高ぶっていく。この衝動は、わたしがいつもしゃべりすぎてしまうときのあの持て余すほどの愛情と同じだ。
ああだめ、こんなんじゃ、愛してるなんて言えない。足りない。足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない──
──そうして、わたしは欲望に突き動かされるまま、血溜まりを這いつくばって啜った。
既に凝固して啜れなかった分は、丹念に舐め溶かし床から剥がして食べた。
いくらなんでも、何をやってるんだろうという思いはわたしの中にもあったが、それ以上に彼の優しさに愛をもって応えるのならば、これぐらいは当然という気持ちが勝っていた。
球磨川さんは、しばらく無言でわたしの様子をじっと見ていたようだったが、血溜まりの半分も舐め終わった頃、さすがに見かねたのかわたしの腕を掴んで抱き起こした。
しかしそこで彼がわたしに言った言葉も、普通に行為の制止を促すものではなく、意外なものだった。
『……そんなに熱心に舐められると、なんだか僕も照れちゃうなぁ』
「……? 球磨川さんの血はすごく綺麗ですよぅ。わたし、自分の血ってあんまり見たことありませんけど、たぶん球磨川さんの方が綺麗だと思います」
(オチなし)
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初期ヤンデレ螺子花いいなぁ、
腐った手から出てくる血が愛しくてぺろぺろってかわいいなぁ、
と唐突に思って書いてました。
たぶん『大嘘憑き』の解釈は間違ってます。
ちなみに赤い実=南天です。
実には神経麻痺をさせる成分があるんだとか。
話の内容に関連性はありません。未完なので唐突に終わります。
目の前に現れた、想像と寸分違わない光景にわたしは驚くことなく、ただ作業をこなすつもりでその事実を咀嚼した。
耳には水音が響いている。腐らせた当初、どばっと溢れ出した赤黒い液体は、勢いを失って今は床にぴちゃんぴちゃんと雫を落とすばかりだ。
そしてその根源である、ぶらんと垂れ下がった手首をわたし達は放心状態で見つめていた。別に驚いているわけじゃないんだけれど、でも「これ」をどうしたらいいか分からなくて、しばし顔を見合わせる。先に沈黙を破ったのは彼で、どうしよっかこれ、と困った顔で笑ったのだった。
……もう何度目だろうか、こんなことを繰り返すのは。
彼には申し訳ないけれど、もはやこの状態に謝る気力すらなくなってしまった。
もちろん繰り返しているのはわたしで、望んで嫌な光景を目にしているのもわたしだ。分かっているけど、見慣れてしまった血溜まりに、どうにも何かしらの感情が湧いてこない。
おかしいなぁ、わたしは人肌が恋しかっただけなんだけど。とぼけるように自問自答してみるが、きっと納得のいく答えを与えてくれるのは目の前の彼以外にいないのだろう。
だからわたしは考えることを放棄して、機械的に首を傾げた。彼の真似をしたら、ずきずきと痛む胸が麻痺して楽になるような気がした。
「ああ、ごめんなさい、球磨川さん。ちょっとはしゃいじゃったみたいですぅ。本当は手をぎゅーって、握りたかったんですけど。なくなっちゃいました」
『うん、そうみたいだね。参ったなあ、思った以上にスプラッタだ』
そうして、冗談めかしてふふ、と笑ったら彼はわたしに合わせて、手のひらのない腕を広げてうわお、と言った。しかしそれが、完全に手がなくなった右腕だけだったらよかったんだけど、まだ手のひらがくっついている左腕まで勢いよく広げてしまったものだから、肉の塊になった手のひらは千切れて教室の遠くにぽーんと放り投げられてしまった。びしゃ、という水音がすぐに聞こえてきて、手の形をしていた肉は教室の奥でばらばらになる。黄ばんだ白い教室に、ペンキを散らしたように赤い飛沫が広がった。
あーあ。ため息混じりに呟いた声は同時だった。それがおかしくて、思わず一緒に吹き出した。
『やっちゃった。後片付け大変だろうなぁ』
「今さらじゃないですか? それより、足元のをどうにかしないと。てゆーか、球磨川さんが“大嘘憑き”でなかったことにしちゃえば一発のような……」
『おいおい怒江ちゃん、僕の過負荷はそんなに都合よく使えるものじゃないんだぜ? 一日三回が限度なんだ。週刊少年ジャンプの主人公が使う必殺技と同じで』
「ふふ、嘘ばっかり。さっそく左手を戻(なお)してるの、見えてますよ」
『あれ、バレちゃった』
仕方なく、わたしたちはそうやってふざけ合いながら、その場から離れて飛び散った左手を拾い集めた。
実際には、肉を拾うためにもう彼の手首の先からは新しい手のひらが生えているから、落ちているそれらはもはや「彼の左手」ではないのだけれど。そう思ったら、なんだかパンでできたアニメのヒーローを思い出して、おかしくなってひとりで笑った。
きっと、幸せな人はこれを、“狂っている”とか“不気味”だって言うんでしょうね。ひどいもんだわ、ちょっとスキンシップをとろうとしたら、はしゃぎすぎただけじゃない。子供が遊ぶのに夢中になって、おもちゃを散らかしてしまうのと同じなのに、どうしてそんな酷いことが言えるんだろう。
とりとめもなくそんなことを考えながら、わたしのものとは全然違う、細くて節の目立つ指を拾えば、不思議と愛しさが湧いてきた。ああ、なんてかわいいんだろう。これがついさっき、一瞬とはいえわたしの手を包み込んで、人肌の暖かみを伝えてくれていたなんて、感謝の気持ちでいっぱいで、思わずキスしたくなる。ううん、キスしたい、今すぐ。自然とわたしの唇は、手の中の人差し指に引き寄せられた。そっと、腐って悪臭を放つ指に、わたしの唇が触れる。やわらかい。実際の彼の指にキスするより、ずっとどきどきした。アバンチュールってこんな気持ちかしら。頭がふわふわと高揚するけれど、同時に、こんなにかわいい彼の指を、こんなふうに醜くしたのはわたしだ、と小さく心の奥でもう一人のわたしが呟いて、胸がちくりと痛む。
痛みから逃れるために、彼の真似をしようと思った。彼だったらこんなときどうするのかしら、と楽しそうに窓のそばで自分の手を拾い集める彼を見て、キスをしたらば次は食べるかな、という発想が出てきた。
あーん、と開けた口の中に指先を向けて、だんだん近づけていく。いけないことだって分かってる気持ちと、好きなんだからこれぐらい当たり前だという気持ちがせめぎあって、なんともいえない背徳感に胸が高鳴った。
『ねえ怒江ちゃん、今度はこっち拾わない?』
すると、あと少しで口に入る、というところで彼が顔を上げてわたしを呼んだ。
慌てて指から口を離して、隠すようにわたしは持ち上げたスカートの中に指を突っ込む。まるでキスの練習でも見られたみたいな恥ずかしさだった。
彼が新しい手で指さした「こっち」とは、教卓の近くの彼の右手のことだった。
寄ってみると彼はもう右手も元に戻っていて、その指で差された血溜まりを見ながら、そういえばなんで腐ったことを「なかったこと」にするのに、残骸は残るんだろうと思った。
「球磨川さん、ちょっといいですか?」
『ん? なんだい?』
「どうして、“大嘘憑き”で『わたしが両手を腐らせたこと』をなかったことにしたのに、腐らせたモノは残るんですか?」
『ああ、そのこと。うーんえっとね、説明すると難しいんだけど、それはこのスキルが、“彼女”から借りパクして改造したスキルだからなんだけどさ、僕の“大嘘憑き”って時間軸じゃなくて因果律に関係するものなんだよね。簡単に言うと、時間を元に戻すスキルじゃなくって、何かが起きる原因をなかったことにするスキルってこと』
「??? えっと……はい」
『だからこの場合は、僕の手が腐った原因である「怒江ちゃんの発動した過負荷」をなかったことにしたのさ。すると、物事の結果として出てきたこういうのは残るけど、僕の手は怒江ちゃんの過負荷を食らわなかったことになるから、元通りになったというわけ』
こういうの、と言いながら彼は血溜まりを指で示すが、わたしには因果律やら原因やら難しい話ばかりで、よくわからない。
とりあえず、何かの時間を戻すスキルじゃないって覚えておけばいいのかな?
首を傾げたらごめん、やっぱややこしかったねと彼は話を切った。そして足元の血溜まりに視線を戻して、長靴だったら足踏みしてあーめあーめふーれふーれなんて遊べたのにね、と笑った。
その通りですね、と同意しかけて、わたしは眼下に広がる血溜まりに目を奪われて、思わず言葉を失う。そこには原型を留めていないながらも、救いを求めるように伸ばされた彼の右手の指が血の中に埋もれていて、固まりかけた血の黒と、床の白と、肉の赤が表現しがたい美しいコントラストを描いていた。
吸い寄せられるとはまさにこのことで、ふと気がついた時には、わたしは血溜まりの中からぐずぐずになった右手を拾い上げてキスをしていた。彼はすぐに汚れるよ、と制止の言葉をかけたが、わたしは鼻を突いた血の臭いに夢中になって、それすらも無視して舐めるように右手にキスをし続けた。
感情が胸の奥で煮え立つように、ふつふつと高ぶっていく。この衝動は、わたしがいつもしゃべりすぎてしまうときのあの持て余すほどの愛情と同じだ。
ああだめ、こんなんじゃ、愛してるなんて言えない。足りない。足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない──
──そうして、わたしは欲望に突き動かされるまま、血溜まりを這いつくばって啜った。
既に凝固して啜れなかった分は、丹念に舐め溶かし床から剥がして食べた。
いくらなんでも、何をやってるんだろうという思いはわたしの中にもあったが、それ以上に彼の優しさに愛をもって応えるのならば、これぐらいは当然という気持ちが勝っていた。
球磨川さんは、しばらく無言でわたしの様子をじっと見ていたようだったが、血溜まりの半分も舐め終わった頃、さすがに見かねたのかわたしの腕を掴んで抱き起こした。
しかしそこで彼がわたしに言った言葉も、普通に行為の制止を促すものではなく、意外なものだった。
『……そんなに熱心に舐められると、なんだか僕も照れちゃうなぁ』
「……? 球磨川さんの血はすごく綺麗ですよぅ。わたし、自分の血ってあんまり見たことありませんけど、たぶん球磨川さんの方が綺麗だと思います」
(オチなし)
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初期ヤンデレ螺子花いいなぁ、
腐った手から出てくる血が愛しくてぺろぺろってかわいいなぁ、
と唐突に思って書いてました。
たぶん『大嘘憑き』の解釈は間違ってます。
ちなみに赤い実=南天です。
実には神経麻痺をさせる成分があるんだとか。