跡形もなく、恋 (シリーズ・球磨依真)
※未完のまま放置してた小説シリーズ。
話の内容に関連性はありません。未完なので唐突に終わります。
球磨川せんぱいに好きだと言った。
それは向こうに聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声だった。線引きはせずに、ただ一言、それまでの話の流れもぶった切って好きだと言った。
言ってしまえばそれはなんてことなくて、私は告白ってこんなもんなんだ、と思わず拍子抜けした。私の予想では、告白っていうのはもっと照れや怯えのせいで、なかなかできないものだと思っていた。だけど、実際は言葉は簡単に口から出てきてくれて、今まで喉につかえていたのはなんだったのかと思うくらいだった。
あれだけ頭の中でぐちゃぐちゃしてた感情も、口に出してしまうと胸の中に全部落ち着いて静かになった。肩の荷が下りたって言ったら語弊があるけど、でも抱えていたものを吐き出せたあとのこの開放感は、それに近いものがある。
胸がすくような思いに、ほっと息をつくと、球磨川せんぱいがおもむろに立ち上がって近くの自動販売機からコーヒーを買ってきた。飲み物が落ちてくるガゴン、という音にはっと我に返る。そうだ、そういえばここ、帰り道の途中の公園じゃない。足元を見れば、ベンチに座る自分の影が、来た時とはぜんぜん違う位置にあるのに気付いて、ずいぶんと話し込んでたんだな、と思った。
球磨川せんぱいが戻ってくると、コトン、とコーヒーが私の横に置かれた。スチール缶のくぐもった音が耳に優しい。それがなぜか二回鳴ったので、不思議に思って音のした方を見ると、コーヒーの隣に新しいココアが置いてあった。私の分だ、とはすぐにわかった。だって彼に好きだと告げる少し前、私は景気付けに同じココアを一気に飲み干したのだから。その空き缶は、まだ私の手の中にある。ぬるくなった缶と、ベンチの上の缶を見比べて、自然と温かそうな新しいココアの方に手が伸びた。ことん、空き缶だからか、球磨川せんぱいのコーヒーよりかは薄っぺらいくぐもった音が響く。
「すみません、あとでお金返します」
『いやいいよ。ついでだったし、ココアのおかわりも奢れないような甲斐性ない先輩とかって思われたくないからね』
思わずこぼれた私の謝罪に対して、そう返した球磨川せんぱいは、案外普通の態度で、まるで数分前の私の大きな決意なんてなかったことにされたみたいだった。
でも口をきいてもらえないよりかはそっちの方がずっと心地いいし、むしろ告白の返事ももらわずに帰りたい気分だった。どうせこの人のことだ、私がどんなに真面目に好きだと言っても、台無しにするような考えしか持ってないだろう。ならもう、このすっきりした気持ちのまま帰ったほうがよっぽどいい。
本当は、球磨川せんぱいにも私のこと好きだって言ってほしいし、寒いからぎゅってしてほしいし、名前で呼んでほしいし、いろいろ思うことはある。だけどこれ以上、彼に普通のことを望むのは欲張りすぎだ。むしろ私は、あの球磨川せんぱいに、ちゃんと告白を聞いてもらったことを感謝すべきじゃないだろうか。
そうして、告白してからも、いろいろ理屈をつけだす頭を、私は自嘲した。こういうのを自己満って言うのよね。溜め息をついて、私は缶のプルタブを引いた。
すすったココアの甘ったるさが、落ち着いた気持ちをどろどろに煮込んで溶かすみたいに口の中で広がった。
ベンチの下を通り抜ける風が、服で隠れていない膝のあたりを包み込むと、妙に痛かった。足を擦り合わせて、ココアの缶を挟んでなんとか暖を取る。
『──吊り橋効果って知ってる?』
と、そこで球磨川せんぱいが口を開いた。
突然の質問だったので、私は答えられずにぽかんとして、球磨川せんぱいを見つめる。
『別に知ってても知らなくてもいいんだけど。有名な心理学の実験のひとつなんだけどさ、被験者に、地上と吊り橋の上で別々に、異性の相手からアンケートをしてもらうんだ。そして最後に、相手に“このアンケートの結果が知りたければ連絡をくれ”と言ってもらう。すると、吊り橋でアンケートを行ったほうが、連絡がたくさん来たという結果が出たらしい。研究者はこれを、吊り橋への恐怖感からくるドキドキした気持ちを、異性の相手への恋愛感情と勘違いして、妙に意識してしまったから連絡がたくさんきたのだと結論づけた』
球磨川せんぱいは淡々と語る。
もしかしたら最初の質問は、あくまで形式上のもので、本当は私の答えなんて必要なかったのかもしれない。
『おかしな話だよね。吊り橋の上だと、場所が特徴的だから印象に残って、連絡する人間が増えたとかじゃないんだ。あくまで異性の相手にドキドキしたって勘違いしたから、自然と連絡してしまった。へたをすればこじつけにも思える結論なんだけど、実際、これはお化け屋敷なんかに男女で行くとラブラブになるとか、窮地を助けてもらった人間に一目惚れするとかいう例で証明されている。立派な心理現象の一つだ』
「……それは知ってますけど、あの、それで何が言いたいんですか?」
意味分かんねえことをべらべら喋るなカス、そんなことに使われる言葉がもったいねえんだよ。
告白のときにはなくなっていた私の線引きスタイルが、まるで呼吸をするように自然に元に戻って、球磨川せんぱいの言葉を遮る。私は妙な不安に駆られていた。
なんだかこのまま、彼のいいように喋らせているといけない気がしたのだ。それは、話がどんどん長くなって苛々するから、ではない。私が望んでもないこの話の結論を、このまま喋らせていると、彼に押し付けられそうな気がしたからだった。だからせめて、私自身望んで聞いたかのように結論を急いだのだった。
球磨川せんぱいは、私の意図に気付いているのかいないのか、ひょうひょうとした態度でごめんね、話が長くなったね、と言った。
『じゃあ質問を変えよう。初めて面接で僕と話したとき、あるいは僕と初めて戦ったとき、財部ちゃん、きみは僕のことをどう思った?』
「……気持ち悪い、とか」
『それだけ?』
「戦った時には……怖いと、思いました。なにされるか分かんなかったし」
あの日のことを思い返してみる。私が球磨川せんぱいを、たぶん一番最初に好きになったその日のこと。
完全に勝利を確信した瞬間、大逆転と言わんばかりに私の周りを取り囲んだたくさんの螺子。気持ち悪い発言と、だんだん螺子曲がった笑顔になっていく、底のしれない闇の中みたいな彼の顔。怖い、怖い、怖い、怖い──一瞬の静止。私のために降服したみんな。それから、溜め息をついて遠ざかっていく、心底悔しそうな、泥まみれでずたぼろの小さな背中。私が踏み躙った“雑巾”はすぐ傍に、ボロ布みたいになって置いてある。それを少し前まで羽織っていたはずの、彼の背中から目が離せなかった。廊下の奥を曲がって見えなくなるまで見つめていた。“雑巾”を手に取ったら血やら土やらのにおいに混じって、ほのかに彼の匂いも感じられた。どっくどっくと高鳴っていた心臓は、彼がいなくなるまで落ち着きを取り戻せなかった。
『そうだね。さぞかし怖かっただろうね、それが目的であんなに脅してみせたんだし』
「あの、それが何か──」
『ああ、うん。それでね、僕が言いたいのは、きみのそれは恋心じゃない、ってこと』
また彼のペースで話が進んでいることに気付き、焦って顔を上げたら、そう言った球磨川せんぱいに胸のあたりを人差し指でとん、と小突かれた。
このセクハラゴミカス野郎、何しやがる──驚いて反射的に毒づきかけて、私はその前に、たった今伝えた自分の恋心を否定されたことに気がついて言葉を失った。
なんで、とは訊かなかった。もう答えは彼から、さっき教えてもらっていたから。
そうだ、吊り橋効果。
『本当は僕も、こんな野暮なこと言いたくなかったんだけどね。告白された以上は、やっぱ応えなきゃいけないと思うし。』
(オチなし)
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見たまんまの玉砕話。
好かれるのは嬉しいけどきっと後悔するから、
と依真ちゃんを遠ざけたい球磨川と、
大きくなっていく球磨川の存在しか考えられない依真ちゃん。
話の内容に関連性はありません。未完なので唐突に終わります。
球磨川せんぱいに好きだと言った。
それは向こうに聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声だった。線引きはせずに、ただ一言、それまでの話の流れもぶった切って好きだと言った。
言ってしまえばそれはなんてことなくて、私は告白ってこんなもんなんだ、と思わず拍子抜けした。私の予想では、告白っていうのはもっと照れや怯えのせいで、なかなかできないものだと思っていた。だけど、実際は言葉は簡単に口から出てきてくれて、今まで喉につかえていたのはなんだったのかと思うくらいだった。
あれだけ頭の中でぐちゃぐちゃしてた感情も、口に出してしまうと胸の中に全部落ち着いて静かになった。肩の荷が下りたって言ったら語弊があるけど、でも抱えていたものを吐き出せたあとのこの開放感は、それに近いものがある。
胸がすくような思いに、ほっと息をつくと、球磨川せんぱいがおもむろに立ち上がって近くの自動販売機からコーヒーを買ってきた。飲み物が落ちてくるガゴン、という音にはっと我に返る。そうだ、そういえばここ、帰り道の途中の公園じゃない。足元を見れば、ベンチに座る自分の影が、来た時とはぜんぜん違う位置にあるのに気付いて、ずいぶんと話し込んでたんだな、と思った。
球磨川せんぱいが戻ってくると、コトン、とコーヒーが私の横に置かれた。スチール缶のくぐもった音が耳に優しい。それがなぜか二回鳴ったので、不思議に思って音のした方を見ると、コーヒーの隣に新しいココアが置いてあった。私の分だ、とはすぐにわかった。だって彼に好きだと告げる少し前、私は景気付けに同じココアを一気に飲み干したのだから。その空き缶は、まだ私の手の中にある。ぬるくなった缶と、ベンチの上の缶を見比べて、自然と温かそうな新しいココアの方に手が伸びた。ことん、空き缶だからか、球磨川せんぱいのコーヒーよりかは薄っぺらいくぐもった音が響く。
「すみません、あとでお金返します」
『いやいいよ。ついでだったし、ココアのおかわりも奢れないような甲斐性ない先輩とかって思われたくないからね』
思わずこぼれた私の謝罪に対して、そう返した球磨川せんぱいは、案外普通の態度で、まるで数分前の私の大きな決意なんてなかったことにされたみたいだった。
でも口をきいてもらえないよりかはそっちの方がずっと心地いいし、むしろ告白の返事ももらわずに帰りたい気分だった。どうせこの人のことだ、私がどんなに真面目に好きだと言っても、台無しにするような考えしか持ってないだろう。ならもう、このすっきりした気持ちのまま帰ったほうがよっぽどいい。
本当は、球磨川せんぱいにも私のこと好きだって言ってほしいし、寒いからぎゅってしてほしいし、名前で呼んでほしいし、いろいろ思うことはある。だけどこれ以上、彼に普通のことを望むのは欲張りすぎだ。むしろ私は、あの球磨川せんぱいに、ちゃんと告白を聞いてもらったことを感謝すべきじゃないだろうか。
そうして、告白してからも、いろいろ理屈をつけだす頭を、私は自嘲した。こういうのを自己満って言うのよね。溜め息をついて、私は缶のプルタブを引いた。
すすったココアの甘ったるさが、落ち着いた気持ちをどろどろに煮込んで溶かすみたいに口の中で広がった。
ベンチの下を通り抜ける風が、服で隠れていない膝のあたりを包み込むと、妙に痛かった。足を擦り合わせて、ココアの缶を挟んでなんとか暖を取る。
『──吊り橋効果って知ってる?』
と、そこで球磨川せんぱいが口を開いた。
突然の質問だったので、私は答えられずにぽかんとして、球磨川せんぱいを見つめる。
『別に知ってても知らなくてもいいんだけど。有名な心理学の実験のひとつなんだけどさ、被験者に、地上と吊り橋の上で別々に、異性の相手からアンケートをしてもらうんだ。そして最後に、相手に“このアンケートの結果が知りたければ連絡をくれ”と言ってもらう。すると、吊り橋でアンケートを行ったほうが、連絡がたくさん来たという結果が出たらしい。研究者はこれを、吊り橋への恐怖感からくるドキドキした気持ちを、異性の相手への恋愛感情と勘違いして、妙に意識してしまったから連絡がたくさんきたのだと結論づけた』
球磨川せんぱいは淡々と語る。
もしかしたら最初の質問は、あくまで形式上のもので、本当は私の答えなんて必要なかったのかもしれない。
『おかしな話だよね。吊り橋の上だと、場所が特徴的だから印象に残って、連絡する人間が増えたとかじゃないんだ。あくまで異性の相手にドキドキしたって勘違いしたから、自然と連絡してしまった。へたをすればこじつけにも思える結論なんだけど、実際、これはお化け屋敷なんかに男女で行くとラブラブになるとか、窮地を助けてもらった人間に一目惚れするとかいう例で証明されている。立派な心理現象の一つだ』
「……それは知ってますけど、あの、それで何が言いたいんですか?」
意味分かんねえことをべらべら喋るなカス、そんなことに使われる言葉がもったいねえんだよ。
告白のときにはなくなっていた私の線引きスタイルが、まるで呼吸をするように自然に元に戻って、球磨川せんぱいの言葉を遮る。私は妙な不安に駆られていた。
なんだかこのまま、彼のいいように喋らせているといけない気がしたのだ。それは、話がどんどん長くなって苛々するから、ではない。私が望んでもないこの話の結論を、このまま喋らせていると、彼に押し付けられそうな気がしたからだった。だからせめて、私自身望んで聞いたかのように結論を急いだのだった。
球磨川せんぱいは、私の意図に気付いているのかいないのか、ひょうひょうとした態度でごめんね、話が長くなったね、と言った。
『じゃあ質問を変えよう。初めて面接で僕と話したとき、あるいは僕と初めて戦ったとき、財部ちゃん、きみは僕のことをどう思った?』
「……気持ち悪い、とか」
『それだけ?』
「戦った時には……怖いと、思いました。なにされるか分かんなかったし」
あの日のことを思い返してみる。私が球磨川せんぱいを、たぶん一番最初に好きになったその日のこと。
完全に勝利を確信した瞬間、大逆転と言わんばかりに私の周りを取り囲んだたくさんの螺子。気持ち悪い発言と、だんだん螺子曲がった笑顔になっていく、底のしれない闇の中みたいな彼の顔。怖い、怖い、怖い、怖い──一瞬の静止。私のために降服したみんな。それから、溜め息をついて遠ざかっていく、心底悔しそうな、泥まみれでずたぼろの小さな背中。私が踏み躙った“雑巾”はすぐ傍に、ボロ布みたいになって置いてある。それを少し前まで羽織っていたはずの、彼の背中から目が離せなかった。廊下の奥を曲がって見えなくなるまで見つめていた。“雑巾”を手に取ったら血やら土やらのにおいに混じって、ほのかに彼の匂いも感じられた。どっくどっくと高鳴っていた心臓は、彼がいなくなるまで落ち着きを取り戻せなかった。
『そうだね。さぞかし怖かっただろうね、それが目的であんなに脅してみせたんだし』
「あの、それが何か──」
『ああ、うん。それでね、僕が言いたいのは、きみのそれは恋心じゃない、ってこと』
また彼のペースで話が進んでいることに気付き、焦って顔を上げたら、そう言った球磨川せんぱいに胸のあたりを人差し指でとん、と小突かれた。
このセクハラゴミカス野郎、何しやがる──驚いて反射的に毒づきかけて、私はその前に、たった今伝えた自分の恋心を否定されたことに気がついて言葉を失った。
なんで、とは訊かなかった。もう答えは彼から、さっき教えてもらっていたから。
そうだ、吊り橋効果。
『本当は僕も、こんな野暮なこと言いたくなかったんだけどね。告白された以上は、やっぱ応えなきゃいけないと思うし。』
(オチなし)
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見たまんまの玉砕話。
好かれるのは嬉しいけどきっと後悔するから、
と依真ちゃんを遠ざけたい球磨川と、
大きくなっていく球磨川の存在しか考えられない依真ちゃん。