何がなんでもリスパダール

 それでも、統合失調症の診断に納得のいかなかったM子さんは、しばらくすると通院をやめてしまいました。すると、病院から「すぐに受診するように」と連絡があり、さらに「あなたは病識がない、今のうちに薬を飲んでおかないと 幻覚、妄想、幻聴が出てくるから、定期的に必ず通院するように」と厳しく言われたと言います。

ただ、前にも書きましたが、この時点でM子さんにそうした症状は一切ありませんでした。

 しかし、薬を飲まないと病気が悪化して大変なことにあるという医師の言葉はM子さんには恐怖でした。したがって、リスパダールはきちんと飲むようにしました。

しかし、リスパダールを飲むと、動けなくなる。ほぼ寝たきりの日々。それでも医師の脅しは服薬へと向かわせました。

ちなみに、M子さんは一人暮らしです。どんな状態になっても、自分一人でなんとかするしかありません。

リスパダールを飲み続けているうち、水中毒にもなったそうです。自宅にいて、毎日、10リットル位飲んでいたそうです。2リットルのペットボトルを一気飲みしたりして、お腹は常にパンパン状態。水が口から、まるでクジラのように噴出することもあったと言います。水の嘔吐もしょっちゅう。

医師に伝えると、「水を飲むなら塩を舐めながら飲みなさい」と言われましたが、検査は一度もなかったそうです。

そして医師は、「リスパダールは絶対に変ない。一生変えない」との方針。

 

「お風呂に入ると、よく脱衣所で倒れて、全身痺れて起き上がれず、失禁もありました。裸のまま、3時間倒れっぱなしとかもよくあった」

 

リスパダールの副作用で、口が勝手に動き、ガクガクして声が出なくなったとき「薬を変えてほしい」と訴えましたが、聞き入れられず、副作用止めのアキネトンが追加されただけでした。

「本当に、今思うと よく突然死しなかったなと思います。ほぼ廃人でした。一年中ジャージを着て、洗濯もできず、美容院に行くこともできず髪は伸び放題。まるで「貞子」です。食事は徒歩2分のコンビニでお弁当を買ってくるだけ。通院するときは、駅まで行くのが怖くてこわくて、人も当然変な目で見ますから、電車に乗っていく通院はかなりの試練でした」

 

それでも、このままでは死ぬと思い、無理をして、重い体を引きずるようにして外出は続けました。バイトを見つけてきては、週に2~4回は働きましたが、薬を飲みながらなので、仕事しながらも動きが鈍くいつも叱られていて、萎縮していたと言います。それでも、3年間は続けたそうです。

体が重い、頭が回らない、家で倒れる……そこまで体調が悪くなっても、M子さんは、医師の「飲まなければ悪化する」という言葉が怖くて、リスパダールは飲み続けました。リスパダールは一生飲まなければいけない。まさに、脅しによる患者コントロールです。

 

バイトを3年続けたあと、決心して、職業訓練学校に行くことにしましたが、リスパダールの影響で、授業中、先生の話す内容が、どんなに懸命に耳をそばだてていても理解できず、教科書を読んでも、読むそばから忘れてしまい  脳が停止しているような感覚だったと言います。

一応、学校は終えましたが、疲れ果ててしまい、再び寝たきりの日々。

「その頃の感覚は、滑り台の下から這い上がって登って行って、気を抜くと一気に一番下までずり落ちて行くという感じでした」

 

 Ⅿ子さんはしばらく寝たきりの日々を過ごしたあと、主治医からデイケアに出るよう勧められましたが、断りました。すると医師は「デイケアのメンバーよりあなたの方がずっと具合悪いんだから(断るなんてあり得ない)」と言われ、その時からⅯ子さんは、この医師には一切話すのをやめようと決心したと言います。

その後の診察では、「変わりありません」としかⅯ子さんは言わなくなりました。

 そして、心の中では、このまま、人生を送って  死んでいくんだとあきらめの気持ちが大きくなりながらも、それでも何とかしようと考えて主治医に転院を願い出ると、主治医は「あなたの病気は、他の病院じゃ診れないよ、他の病院行ったら、ひどくなるからね」と脅されたと言います。

 

思い切って転院する

それでも、このままでは本当にどうにもならないと、Ⅿ子さんは一大決心をして転院しました。そのクリニックで、リスパダールを中止してもらい、薬の調整をしながらエビリファイに落ち着きました。20キロ太った体重は、3ヶ月位で元に戻っていき、水中毒も治まったと言います。

リスパダールをやめて、普通に外出できるようになり、人とも普通に話せるようになり、笑うこともできるようになりました。

そのことがうれしく、「エビリファイはなんていい薬なんだ」と思っていたのですが、服薬してどれくらい経った頃だったか(この頃の記憶は薬の影響でかなり曖昧)、引っ越しをした際に、躁状態になってしまい、2週間まったく眠れなくなってしまったと言います。

医師に言うと、ベゲタミンとコントミンが出され、それで無理やり眠るような状態。少し落ち着いてきたところで、エビリファイとロナセンの処方になりました。

体調が落ち着き、本が読めるようになりました。そこでⅯ子さんは前々から気になっていた統合失調症の本を読んでみたのです。しかし、自分に当てはまることがなかったため、医師に、「私は本当に統合失調症なんでしょうか?」と訊ねると、「統合失調症にしておくと薬が出しやすいから」と答えたと言います。

抗精神病薬を処方するには、統合失調症の診断が便利ということです。

そんな医師の言葉から、Ⅿ子さんの中の不信感が膨らんでいき、断薬や減薬に知識がほとんどないまま、通院をやめてしまったのです。成り行き上の一気断薬です。

 

一気断薬後、再び精神科へ

もちろん、いろんな症状が出ました。心身のコントロールがきかない感じになり、情報を得て栄養療法のクリニックに通い始めましたが、自己負担と高価なサプリメントを買わされるので通えなくなったと言います。

しかし……Ⅿ子さんはこう書いています。

「その後、再び知り合いに勧められて、精神科に行ったんです。

まったく今思うと学習してないなと思います。ただ、自分の不調を誰かに聞いてほしかったんです」

つまり、離脱症状からまたしても精神科を受診してしまった。もちろん、当時のⅯ子さんには離脱症状という認識はありませんでした。

受診したクリニックで、医師は初診でⅯ子さんを「発達障害をベースにした双極性障害」と診断しました。ADHDなので、ストラテラの処方となりました。

それだけでなく、抗うつ薬、リーマス、ドグマチール、エビリファイ……受診を重ねれば重ねるほど、薬は増える一方でした。

あまりに薬が多いので、さすがにすべて飲む気になれず、Ⅿ子さんはともかくストラテラだけは飲むようにしていたと言います。

しかし、ストラテラを飲むと、まったく眠れず、興奮状態。さらに怒りっぽくなり、かなり攻撃的になりました。

医師に告げても、「ストラテラは大事な薬だから、頑張って飲むように」と言われるだけでしたが、攻撃性が激しくなり、このまま飲み続けたらいつか人を半殺しにするんじゃないかとさえ感じるくらいだったと言います。

 そこでⅯ子さんはストラテラの添付文書を調べてみました。やはり副作用に「攻撃性」があったので、それをコピーして医師に見せて、ようやく中止になりました。(患者自身がここまでやらないと薬を中止してくれない。)

しかし、ストラテラも一気断薬で、代わりになぜかベンゾ系抗てんかん薬のリボトリールを処方されました。医師曰く、「疲れた時に飲むように」。

疲れたときにリボトリール? よくわかりません。