今回は、水中毒について考えます。

 

 先日、あるお母さんから、「娘が病院内の洗面所で水を大量に飲んで、結局、脳死状態になってしまいました」という電話がありました。

 総合病院の精神科に入院中のこと。

 水の多飲……「水中毒」と言いますが、水中毒で脳死状態というのは、どういうことなのでしょうか。

 水中毒となり、多飲の結果「低ナトリウム血症」となった娘さんに対して、おそらく病院側はあせって「ナトリウム補正」を行ったのでしょう。その補正が急激すぎたため、脳が損傷をきたし、お母さんのいう「脳死状態」になったものと思われます。

 ※水中毒による低ナトリウム血症というのは、多飲の結果起こる電解質異常の一つで、血液中のナトリウムの濃度が低下してしまうことをいいます。症状としては、吐き気、頭痛、全身の倦怠感、筋けいれん、意識障害、昏睡等です。

 治療としては、薄まってしまったナトリウムを補うことですが、その際、急激に塩分を補正すると、脳の損傷を招く恐れがあるため、塩分は時間をかけて徐々に補充する必要があるのです。

 しかし、今回、この補正が急激すぎた……急激な塩分投与は、橋中心髄鞘崩壊を起こします。

 結局、この電話をいただいた翌日、娘さんは亡くなりました。

 精神科での治療がすでに10年以上続いた後の出来事でした。

 

 精神科において水中毒になる原因はいくつかあります。

 一つは不安・幻覚・妄想・焦燥など精神疾患の症状から、多飲傾向になるとされています。しかし、私は薬を飲んでいない方で水中毒になった例を知りませんので、これは一応一般論として書いておきます。

 もう一つは、向精神薬(とくに定型抗精神病薬)の副作用としての口渇。これが引き金となって、飲水が習慣化し、強迫観念でさらに多飲傾向になると言われています。

 精神薬を長期的に服用すると、視床下部の口渇中枢を刺激して、さらに抗利尿ホルモンの分泌が促され(つまり、尿が出てにくくなり)、水分貯留を起こすため、体内に水分がたまり、低ナトリウム血症を促進します。

 

 たとえば、ハロペリドール(セレネース)の添付文書にはこう書いてあります。

抗利尿ホルモン不適合分泌症候群(SIADH)

「低ナトリウム血症、低浸透圧血症、尿中ナトリウム排泄量の増加、高張尿、痙れん、意識障害等を伴う抗利尿ホルモン不適合分泌症候群(SIADH)があらわれることがあるので、このような場合には投与を中止し、水分摂取の制限など適切な処置を行うこと。」

 

 さらに、ストレスも水中毒の原因になります。

 以前、精神科の看護師さんを取材したとき、水中毒についてこんなふうに語っていたのが印象的でした。

「水中毒になる患者さんは、楽しみが何もないから、水が喉を通っていく、その感覚が快感となって、水をたくさん飲んでしまうのではないかと、そんなふうに感じることがよくあります」

 抗精神病薬による治療を受けている患者さんはその服用によってドーパミンが抑えられ、喜びを感じることが少ない状態となっています。そこへ水が喉を通る感覚が忘れられずに、「中毒」になる……というのは、ありそうな話に思えます。

 

 今回のお嬢さんはすでに精神科での治療を10年以上も続けており、その間、信じられないような医師の暴言暴力にあい、さらに処方は滅茶苦茶(薬を増やしたり、減らしたり、それこそ日替わりの処方)、結局、転院後もこのような「医療」を受けることで命を落としてしまいました。

 精神医療はどこまでいっても「医療ミス」。

 決して大げさな表現ではないと感じています。

 娘さんのご冥福をお祈りいたします。