前回紹介した取手市で起きた患者移送事件。

 取手市が移送先として指定した精神科病院は、なぜ渡邊さんを受け入れたのか?

 本文には文字数の関係で書く余裕がなかったが、医療保護入院となったときその診断名は「発達障害」である。

 発達障害で医療保護入院。

 そもそもこの医師が書いた入院計画書は、実際の移送が行われる前日に書かれたものであるから、医療保護入院についてはすでに市役所の職員と話がついていたことを意味する。したがって診断名などどうでもよかったのかもしれない。

 精神科の病院には、ときにこういう「無理」をきいてくれるところがあるようだ。その「患者」が生活保護なら、支払いは確約されているので、なおのこと話は早い。したがって、市役所が無理にも渡邊さんを生活保護にする必要があったことは、本文にも書いたとおりだ。

 では、その移送先である精神科病院の内情はどのようなものだったのか。

 私は渡邊さんに引き続き話を聞いてみた。

 

 以下、彼女の話を紹介する。

 

「この病院では患者を怒鳴ったり、無視したり、脅したりは当たり前で、体罰や懲罰……人権侵害の限りを尽くしています。H医師のドクハラ、さらには看護師も患者へ横柄な態度をとります。もはや治療を目的とするはずの「病院」としては機能しておりません。

この病院はH医師の王国と化しており、患者の生殺与奪、すべての権限を握っています。一方、他の医師はただの数合わせです。

数合わせの医師たちによる診察もときにありますが、それは法律を満たすための【形だけの10秒診察】。それが週に1度。しかし、副作用を訴えても「薬はH先生しか変えられません」と言われ、話になりません。処方や退院の相談を始めると、見張りの看護師が「先生は忙しいんだから、早く出てって」とドアを開けて追い出します。

 

普段はしまわれている電話機

入院はその人が病気かどうかではなく、病院の利益のために行われます。そのせいで、他のまともな病院に比べ入院期間がみな明らかに長いです。軽症でも数ヶ月入院させられます。完全な閉鎖病棟で、病棟から出ることは一切できません。保護者が一緒でも出来ません。売店や中庭に行くことも出来ません。

治療も一切ありませんが、作業療法も無し。1年半前に作業療法士が退職し、代わりに入った人も半年で退職してしまったそうです。

そうしたことを県へ通報をしようにも「家族以外に電話できないルール」があります。家族への電話も、通話料は100円までしかもらえず、時間がきたら切れてしまいます。さらに、電話のできる時間帯も、1日のうち看護師が暇な時間帯の2時間のみと厳格に決まっております。

電話機は普段はしまわれていて、使用時にのみナースステーションから出してきて、こちらが電話をしている間ずっと近くで見張っています(だから暇な時間帯しか電話がOKにならないのです)。電話が終了すると電話機はすぐにしまわれてしまいます。

手紙も禁止で、鉛筆や紙すらも、長く入院している人以外は持てません。届いた手紙は勝手に開けられ確認されます。面会も家族以外はできません。面会時間は15分。外出・外泊も理由もなしに許可がおりません。

 

入院すると保護室4日

私が医療保護入院になった日、私は冷静で取り乱していませんでしたが、いきなり保護室に入れられました。4日間もです。この病院ではほぼ全員入院と同時に一律4日間入れるルールで、そこで恐怖心と服従心を植え付けます。そして保護室を出た後も、気にくわない事があるとすぐ「保護室に入れる」と脅しに利用します。

保護室とは名ばかりで、いわゆる独房です。窓もなく、息苦しく、閉所恐怖症の人には地獄です。特にこの病院の保護室はいまどき珍しいくらい汚く、不衛生で、1月という寒い季節にもかかわらずゴキブリが出現しました。

トイレは和式で、用が済んだ後も自分で流せず、便の臭いが充満しています。常に下水臭いです。女性は紙を多く使いますが、そうするとトイレが詰まると言って怒られます。トレイの後、手も洗わせてもらえず、お尻を拭いたその手でパンを食べなくてはなりません。

歯磨き・洗顔もさせてくれず、保護室のすぐ近くにシャワー室があるのですが、4日くらいならまず使わせてもらえません。

テレビがないのはもちろん、ナースコールも無し。私は喘息やアレルギーがあるのですが、そうしたことを伝える暇も与えず、保護室に入れると即出て行って外から鍵を閉められました。服薬もさせられましたが、飲むと足がふらつきました。しかし、薬の説明もなく、強引に飲まされ、食事以外はずっと眠らされていました。

精神保健福祉法では、保護室隔離の場合、医師は1日1回診察する決まりになっていますが、結局、保護室にいるあいだ、主治医であるH医師は一度も来ませんでした。

 

薬の量と職員の質

保護室を出てからも、とにかく薬漬けにされました。退院後カルテ開示をしてわかったのですが、私は診察もないまま、統合失調症の薬であるジプレキサ10㎎を飲まされていました。

ここに入院すると、誰しも同じで、薬は治療のためではなく患者を大人しくさせるためにあるようで、始めはハキハキしてた人達もみな虚ろな目になっていきました。

薬、外出、退院などの決定権を持つH医師は診察をしません。私は4カ月入院しましたが、その間にたったの1度だけでした。

閉鎖病棟で外部から見えないのをいいことにやりたい放題ですが、職員は家族の前では声や態度が変わります。患者にはすごい形相と口調で威張り散らしているのに、家族の前ではニヤニヤ、ペコペコ。

病棟では日勤看護師はなぜかみんなイライラしていて、用事があって話しかけても無視か、ひどいと八つ当たりされます。看護師は気に入らない患者を呼び捨てにし、ほぼ全員意地が悪いです。何の志を持って看護師になったのか本当に疑問。それくらいひどいです。

看護師は他では雇ってもらえないような高齢者が中心。若い人だと他では上手くやっていけないような、性格にかなり問題のある人ばかりです。

薬は患者を食堂に一列に並ばせて飲ませるのですが、看護師は床に落とすことが多く、しかも謝らず、それを平気で飲むように強要してきます。トイレは今時珍しいくらい古くて汚く、にもかかわらず、トイレ用のスリッパはなく病棟内と同じスリッパを履いて入ります。食堂で患者のオムツ替えもしています。

その汚い床に薬を落とすのです。

 

とにかく汚い病棟

外来は外からの目があるのでまあまあ綺麗ですが、病棟は保護室同様かなり不潔です。暖房も節電されていて常に寒く、室内なのにジャンパーを着させられます。そのジャンパーも寿命なのに買い換えず、病院服も破れたり伸びたりしたものを着せられ、気分はまさしく囚人そのもの。

入浴は週に2回しかないのに、祝日だと中止。他にも風邪気味だとか、職員の人数の都合や雪が降ったとか、とんでもない理由で中止にします。

ここが悪質なのは、明らかに退院できる軽症患者を何人も長期入院させていることです。その人の病状なんて関係ありません。入院させたいのです。評判が悪すぎて外来患者が少ないので、それで穴埋めしています。知的障害の方がいましたが、20年入院しているそうです。その間、ほとんど外に出ることが許されていませんでした。

長期入院は生活保護受給者がほとんどです。そして、私の場合もそうでしたが、市から支給されているはずの生活保護費を入院中、私は一度も目にしたことがありませんでした」

 

生活保護受給者を食い物に?

 以上が渡邊さんが医療保護入院となった精神科病院の実態だが、そこは「治療の場」ではなく、まさに隔離収容のための場所のようである。だから、不潔で、職員は威張りちらし、医師の診察がない。

 私もこの病院には、「週刊金曜日」の原稿を書くために取材を申し込んだ。

 まずH医師に取材のお願いの手紙を書き、しばらく待ったが返事がないため、当該病院へ直接足を運んだ。そのときに、自己紹介の意味も込めて拙著『青年はなぜ死んだのか』をH医師に手渡そうとした。しかし、もちろんというべきか、H医師が出てくることはなく、受付にいた中年の女性に本を託したのだ。その際女性に名前を尋ねたのだ(当然だと思う)が、女性曰く「うちでは、そういうことはしていない」とのこと。

 そういうことというのは、外部の人間に個人名を伝えないということか。

 ともかく、本をH医師に渡してくれることだけは了承してくれたので、後日、病院に電話を入れた。H医師につないでほしいと電話口に出た男性に伝えると、一度目は「先生はまだ診察中」、次にかけると「もう帰った」(まだ病院が閉まる時間ではなかった)、またある時は「先ほど患者さんが亡くなって、H先生はいま遺族に説明をしており、取り込み中」とのことだった。

 結局、私は一度もH医師の、声すら聞くことができなかった。

 

 病院や医師の質は取材を申し込んだ際の対応にも、その一端はあらわれる、と思っている。

 そして、渡邊さんが最後に言っていたように、この病院、どうやら生活保護受給者を食い物にしているようなところがある。

 渡邊さんは退院後、生活保護費の余剰分を返還してほしいと病院側に請求してみた。

 すると病院側の返事は次のようなものだった。「暖房代やシーツ代、ちり紙代(トイレットペーパー)、シャワー代などに使ったため、余剰金はない」と。ではその明細を見せてほしいといったところ、明細書も出てこなかったという。

 生活保護の人の入院、あるいは施設への入所の場合、こういうことはままあるようだ。身よりがないか、あるいはあってもほとんど遺棄の状態か、さらには面倒を見てもらっている手間もあり、家族もわざわざ残ったお金についてほじくり返したりはしない。

 トントンで御の字。あるいは、ウィンウィンの場合も多いのだろう。

 しかし、渡邊さんの場合は違った。思考力も追及力もある。取手市の事件の際も、彼女自身が情報公開制度を使って様々な書類を表に出し、多くの「疑惑」が表面化したのだ。

 

 精神科病院が入院患者を食い物にする――そんな事件はかつて大阪の大和川病院でも起き、問題になった。

 この事件はヨミドクターで報じられたが、それによると、大和川病院の実態は以下のようなものである。

https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20160526-OYTET50017/

「大和川病院では、劣悪医療に加えて精神保健福祉法に違反する人権侵害、暴力支配が横行していました。実際は強制入院なのに任意入院を装って、行政への届け出をしない。入院したら一律に3日以上、保護室に隔離し、身体拘束もする。最低3か月は退院させない。鎮静作用の強い薬をたくさん出して薬漬けにする。投薬は、患者を看護詰め所の前に並ばせて番号で呼び、口を開けさせてほうりこむ。

 職員の一部は暴力をふるう。病棟を管理する人手が足りないから、ボス患者に支配させる。面会、電話、郵便、外出の自由を制限し、法律上どんな場合でも拒否できない弁護士の面会まで拒む。調理、配膳、掃除、工事などを患者にやらせる。大和川病院では入院患者の自殺・変死が最後の5年間で28人にのぼり、イレウス(腸閉塞)を放置されて死亡したケースも後に判明しました。」

 

 渡邊さんが移送された病院も実態としてよく似ている。大和川病院事件は時代が少し前だが、現在でもまだまだこうした人権を無視した精神科病院は生き残っていると思われる。

 つい最近も信じられない事件が神戸の神出病院で起きた。看護助手、看護師などによる準強制わいせつ、暴力虐待事件で6人が逮捕されたのだ。

https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20160526-OYTET50017/

 

 そうした劣悪な環境、扱いの場となっている精神病院はまさに、かつて武見太郎が揶揄したように「牧畜業」に他ならない。のみならず、そこが物言わぬ患者を食い物にする場でもあるとしたら……。