2020年2月7日号の「週刊金曜日」の「精神科医療シリーズ」の第2回として取り上げられた記事を2回に分けて紹介します。

 

 前代未聞 取手市が市民を精神科病院に強制移送した!

 

「突然訪ねてきて、話があると、無理やり車に乗せられたんです」

 2017年1月25日。渡邉睦美さん(仮名・29歳)と生後4か月だった長男が暮らす茨城県内の施設に突然男女4人が押しかけた。

一人は顔見知りの取手市子育て支援課の男性職員Iさん。それと土浦児童相談所の職員と、見知らぬ二人の男女である。

渡邉さんは待機していたワゴン車に誘導された。途中何度も施設の別室で話をすると提案したが、聞き入れられなかった。

長男は一時保護となり、車は渡邉さんが乗り込むとすぐに発進。Iさんは別の車で後を追い、同乗した見知らぬ男女は移送業者の社員だった。

行き先は取手市に古くからある精神科病院の常総病院。渡邉さんはそのまま強制入院の一つである医療保護入院となった。

 

書類が偽造されていた

「自分に何が起きたのか、知りたかった」

4ヶ月後に退院した渡邉さんは市の情報公開制度を利用して、自分に関する書類を片っ端から集め始めた。そこで出てきたのは、事実と異なる書類の数々である。

 中でも驚いたのは、無理やり連れていかれた常総病院までの移送費17万200円を、生活保護の一時扶助として申請する書類に、自分の署名捺印があったことだ。まったく記憶にない。

「市役所に何度も電話して、説明を求めましたが、誠意ある回答がありませんでした」

それどころか2019年2月22日には、高橋昇福祉部長の名で「通知書」を送り付けこう書いてきた。「(この件に関しては今後)職員による対応はいたしません」。

その上で移送については「家族の相談及び依頼により(車を)手配したものです」と突っぱねたのだ。

渡邉さんは細谷典男市議に相談。一時扶助の申請と精神科病院への強制移送は違法であるとして、市に謝罪を求める請願を提出した。

請願は6月の市議会で審議されたが、市は「個人情報」「個別の事案」を盾に細谷議員の質問に一切答えず、市議会は「一方の情報しか知ることができず、可否が判断できない」と審議を打ち切った。

ところが、渡邉さんの代理人を務める医療扶助・人権ネットワークの内田明弁護士が、この件について厚生労働大臣と県知事、市長に謝罪や指導などを求める要望書を提出するや、一転、7月になって藤井信吾市長が要望書に回答してきたのである。

その中で市長は書類の偽装を認めた上で生活保護上の移送費の決定を取り消し、謝罪した。本人が署名捺印していないと言っているのだから、認めざるを得ない。

しかし、精神科病院への移送については、強制移送ではなく、あくまでも「家族の依頼」という見解を変えることはなかった。

 

市に強制移送の権限はない

 じつは、渡邉さんと市は長男の子育てを巡って関係がこじれていた。子育て支援課はシングルマザーで出産した渡邉さんの育児に不安を抱き、事件前にも一度長男を一時保護した経緯がある。

さらに事件の前日、1月24日にも子育て支援課のIさんたち数名が渡邉さんの入所先を訪問し、その際、渡邉さんが包丁を持ちだすという場面があった。

それは渡邉さんも認めているが、理由がある。

「高校生の頃、私は養父母から虐待されていて市役所に助けを求めたことがあります。でも市役所は何も対応してくれなかった。今回、私はちゃんと育てているのに子どもを虐待していると一時保護にして、それなら私は養父母からこんなふうに包丁を投げられたりしたと訴えたかっただけです」

 しかし、渡邉さんが包丁を持ちだしたことは、市にとって格好の材料になったかもしれない。

 内田弁護士は言う。

「職員が身の危険を感じたのであれば、市としては警察に相談するのが筋です。あるいは、娘さんを病院に連れていってくださいと親に依頼する。市が自ら民間の移送業者を手配して、精神科病院に移送するなど聞いたことがありません。これは明らかに脱法行為です」

 医療保護入院のための移送制度は、1999年に精神保健福祉法が改正された際、第34条として定められた。家族等が説得の努力を尽くしても本人の理解が得られない場合に限り、都道府県や政令市が調査を行い、精神保健指定医の診断のもと家族の同意を得て強制移送を行うことができるのだ。

それ以前は家族が警備会社等に依頼して拉致同然に病院へ搬送する例が頻発したため、人権上問題であるとして制度化された。

筆者が取材したケースでも、厳格な中学教師の父親が、ハードロックにはまった息子を4度にわたり、警備会社を雇って精神科病院に医療保護入院させた例がある。

第34条が存在するにもかかわらずこうしたことは未だ後を絶たないが、これはあくまで民間の話だ。同様のことを行政である市が行ったとしたら。

まして移送に関して権限を持つのは都道府県と政令市であり、政令市ではない取手市にその権限はないのだ。

 

矛盾だらけの言い分

市は今回の件は「家族の相談及び依頼」があったと主張している。しかし、情報開示請求によって出てきた子育て支援課の「ケース記録票」にはこうある。

「10:50 養父母と初めて接触。Iより養父母に電話し、状況を説明。医療機関への保護者同意についても了承をいただく。11:30 養母と面談し、詳細を説明」。

この文面から明らかなのは「家族の相談及び依頼」があったわけではなく、市の方から養父母に近づき事後承諾させているという事実だ。この約2時間半後には、段取りよく移送が実行されている。

もう一点、じつは渡邉さんはこの翌日、筑波大学附属病院の精神神経科に受診の予約が入っていた。したがって他の病院を受診する必要はなく、移送業者にもその旨伝えたが、そのまま常総病院に連れていかれている。

それでは移送先の常総病院の対応はどうだったか。

渡邉さんを診察したのはH医師だ。H医師は渡邉さんが椅子に座るや、すでに作成されていた「入院診療計画書」と書かれた一枚の紙を差し出した。日付は平成29年1月24日。渡邉さんが入院したのは25日。「計画書」には、「医療保護入院による入院期間 6カ月」という文章もあることから、これは、入院の前日(渡邉さんが包丁を持ち出した日)に市の職員(誰が?)が病院と接触し、両者のあいだで渡邉さんの医療保護入院をすでに決めていたということにならないか。

カルテにはこうある。

「本日、独歩入院。市職員、移送業者と共に来院した」

H医師には、市の職員が移送業者を使って渡邉さんを運んできたという認識があったのだ。

さらにカルテは白々しくもこう続く。

「拒否著しい。他害の怖れがあった。すぐに治療が必要な状態であろうが、病識なく、加療を拒むので医療保護入院を要すると考える」

「拒否はしていません」と渡邉さんもカルテを否定する。「あのときはもうあきらめてましたから」

というのも、子育て支援課のIさんは以前渡邉さんにこんなことを言っていたというのだ。

「事件前年の10月ですが、Iさんから、あんまり文句ばかり言っていると車に乗せられて連れていかれちゃうよ。もうやっちゃえと言われているけど、断っといたから、まだ大丈夫と言っておいたから、そう言われました」

 Iさんは現在市役所を退職しているが、当時は子育て支援課の係長。そこで、子育て支援課課長の飯野恵久子さんにこのことを尋ねると、「(Iさんがそういうことを)言った言わないを含めて、何もお答えできません」とのこと。

他の課の対応もほぼ同じで、どうやら取手市役所には緘口令が敷かれているようだ。

 

 (次回つづく)