現在、ある雑誌の仕事で「医療保護入院の移送制度」についていろいろ調べている。

 医療保護入院の移送制度とは、1999年の精神保健福祉法の改正の際定められた制度で、「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律第34条」のこと。精神疾患の疑いがあり、精神障害のために患者自身が入院の必要性を理解できず、病院へ行くことを同意しないような場合に限り、知事は保護者の同意のもとに精神保健指定医の診察を受けさせ、診察の結果、医療保護入院が必要であると判断された精神障害者を「応急入院指定病院」まで移送できるとする。

 法改正以前は、家族の依頼で簡単に警備会社などが強制的に運ぶ行為が横行し、人権上問題視されたのを受け、制度化された。

 この制度に則った移送方法としては、たとえばこんな具合だ。

在宅で、精神障害の方の状態が不安定になり、そのままにしておけなくなった場合、家族などが保健所に要請して、まず「精神保健指定医」の資格を持った精神科医が往診して入院治療の要不要を判定する。判定の結果、必要となれば家族等の同意を得て、初めて精神科病院に移送して、医療保護入院となる。

 しかし、多くのケースで、保健所に助けを求めると民間移送業者を紹介され、家族は自費で民間移送業者や警備会社を雇い、病院まで力づくで運んでいるのが実情のようである。往診してくれる精神科医の少なさ、地域支援の薄さが原因だ。

 しかし、こうした例はまだしも、「保健所」(都道府県)を通しての移送であるが、第34条の手続きを踏まない強制移送は後を絶たない。厚生労働省の調査によると、ここ数年の医療保護入院は毎年度17万~22万件あるが、法に基づく移送は2000年~2014年度、合計してもわずか1260件という少なさ。制度は形骸化していると言わざるを得ない状況だ。

 数年前のブログでもこうした強制移送、医療保護入院の例を取り上げたことがある。父親が業者を雇い、家にいる息子を、業者が「拉致」し、そのまま精神科病院に運んでしまった。しかも、複数回である。このケースでは自分の思い通りの人生を歩まない息子への罰としての医療保護入院である。他にも、相続を有利に進めるための医療保護入院など、要は、厄介者の排除を目的とする医療保護入院の悪用だ。

 

 しかし、こうした例は、民間での出来事である。それを、行政=「市」が主体となって行った。今回の取材はこれがテーマだ。

 市の職員が、ある日突然女性の家にやってきて、そのまま待たせていた移送業者の車に誘導。渋る女性を何とか説得し、車に乗せると、乗った途端に発車して、精神科病院へと運んでいった。

診察室に入ると、すでに「入院計画書」なるものが作られていて、医師はその紙を目の前の女性にちらりと見せて、そのまま医療保護入院となった。計画書の日付けは、移送された日の一日前のものである。入院期間は4ヶ月に及んだ。

 じつは女性は子育てをめぐって市ともめていた。女性を病院まで運んだのは子育て支援課の職員である。

 しかし、上記のように法34条の規定によれば、市に移送の権限はない。しかも、その手続きにおいても、かなりの「不正」が発覚している。

 例えば、移送費には17万200円かかっているが、市はその費用を、女性を生活保護にして、その医療扶助でまかなった。が、退院後女性が行った情報公開によってわかったことだが、これは市の職員による偽造である。「私文書偽造」。移送費を申請する書類に女性の名前でサインと押印があるが、女性には記憶にないものだった。証拠のある「偽造」は逃れようもなく、すでに市もこの偽造は認めている。

 一方、「強制移送」については、市はあくまでも、「精神科病院に運んだのは、女性に受診してもらうため。医療保護入院になったのは医師の判断」という姿勢を崩さない。

 が、この論にもかなりの無理がある。当の女性が病院に行くことに同意しておらず、しかも、精神疾患が重篤でもなく、それどころかいかなる症状もなく、さらに、用意されていた「入院計画書」の病名は「広汎性発達障害」だった(受診する前にすでに病名が記されていることも驚きである)。広汎性発達障害で、入院期間中は、ジプレキサ10㎎が処方され続けた。

さらに、この病院は「応急入院指定病院」ではないのだ。にもかかわらず、医師は女性をすんなり受け入れ、カルテには「市の職員と移送業者とでやってくる」と書いている。市の職員が移送業者によって女性を強制移送してきたという認識がこの医師にはあったということだろう。こうした移送による医療保護入院は第34条に反するという認識がこの医師にあったのかなかったのか。

 市とこの精神科病院とのつながりも気になるところである。

 民間で行われている「厄介者を精神科病院に隔離する」という目的の医療保護入院を、市という行政が行った。移送はあくまでも「都道府県」の仕事なのだ。

 もし市が、面倒な市民を精神病患者に仕立て上げ、強制移送、強制入院させることがまかり通ったら、と考えると背筋が寒くなる。が、その可能性も否定できない。事実、女性が入院中に1人、市の職員に連れてこられたと話す女性に出会っているという。

市としては、厄介者である女性を精神科病院に入れるだけでなく、市に戻ってほしくないということなのだろう。精神科病院を退院後、女性は、市の手配によって他県の施設に住まわされているのだ。(現在は市内に戻っている)。

人権という言葉はどこに行ってしまったのだろう。ソルジェニーツィンの『収容所群島』じゃあるまいし。現在、市の職員は皆だんまりを決め込んでいる。