「すぐにつかまっちゃいました」と女性は言うが、それは「保護する」というやり方より、「捕獲」と言った方がいいようなやり方だった。
廊下で看護師5、6人に「圧死するんじゃないかと」思うほど抑えつけられた。1人の看護師が袖をまくり上げたので、職業柄「注射される!」とすぐにわかり、必死に「注射はやめてください」と声を上げた(これが興奮著明にされたのだろう)。
しかし、抵抗虚しく、注射を一本打たれてしまった。
カルテにはこうある。
興奮著明、衝動性亢進しているため、主治医に確認の上、 セレネース(5㎎)1A、静注するも、興奮変わらず。 サイレース(2㎎)2A、静注すると、徐々に興奮おさまってくる。 ルート確保、ドルミカム3mlフラッシュしたところ、入眠し、SpO2 90%まで低下。 酸素3lマスクを開始し、SpO回復。(注、SpOは酸素飽和度で、低下したというのは「酸素不足」を意味する) 体幹・上肢拘束開始。
お姉さまの携帯に電話。留守電に伝言を入れる。 「お葬式に行きたいとのことで興奮状態となったため、安全確保のため、気持ちを落ち着ける点滴を始め、安全ベルトを使用して、ベッドに安静にしていただいた」
拘束の開始時状態記載: 精神運動興奮状態で、不穏多動である。衝動性亢進し、危険行動の恐れが高い。 |
「セレネースの次にサイレースとありますが、これは違います。注射は一本、打たれただけで私は気を失い、気づいたときはベッドにいて、点滴されていたんです」
廊下で抑えつけられながらの注射。女性の表現を借りれば「ブシュー」と一気に薬を入れるやり方である。したがって、その後酸素マスクが必要なほどの状態になったわけだ。
しかも、どんな注射をしたのか、点滴は何をしているのか、入院中薬の説明は一切されていない。
ドルミカムは催眠鎮静剤で、終末期の患者の鎮静にも使われる薬剤である。
女性はその後も、ドルミカムを持続的に入れられ、鎮静していると判断されると量が減らされ、それで少し動きが良くなると(看護側が多少なりとも「不穏」と感じれば)ただちに量が増えるという「治療」を受けることになる。ドルミカムの他、セレネースの筋注、さらにリーマス、コントミン、デパケン、ロヒプノール、メイラックスも処方されており、もちろんその間、隔離・拘束は続いている。
離院しようとした日のカルテには医師の言葉として次のように書かれた。
〇〇さんがお葬式に行って、ぶちまけていたら、今みたいに取り乱して叫んでしまって、〇〇さんが不利な立場になっていたかもしれない。〇〇さんは血がつながっていないけれど、お子さんたちはご主人の親戚と血がつながっているから、お葬式の席でみんなにぶちまけると後々の遺恨を残すことになったかもしれないから、今日行かなかったことは良かったかもしれない。 |
女性が言う。
「この日、葬儀に行って、きちんと言わせてもらえなかったことが、ずっと私の中に残っています。自分は何もしていないのに「悪い嫁」のまま。医師は、かもしれない、かもしれないって、なんの根拠もなく言っているだけだし、そもそも精神科医がどうして私の人生に関わってくるんでしょう。たとえそうなったとしても、それは私の責任だし、私の人生の出来事として、私が後始末をすればいいのではないですか。勝手に人の人生に土足で踏み込んでめちゃくちゃにして……」
人生で一番シンドイ時、頼ろうとも思っていなかった精神科がわざわざ当人にやってくれたことは……人権を無視した「虐待」にも等しい行為である。診断能力もなく、家族の言い分のみを鵜呑みにして、精神疾患患者にしてしまった。これは当人にしてみれば、不条理以外の何ものでもない。
そして、もしそれが自分の身に降りかかったらと思う。
もし私だったら?
想像するだけで、息が止まりそうになる。
1月15日の看護記録にはこうある。
疎通性の欠如、病識の欠如、せん妄、自傷・自殺リスク、衝動性、治療・内服拒否、ルール不順守、ケアの拒否、スタッフへの抗議、威嚇、暴力、暴言。 |
精神疾患患者として、精神科医が勝手に作り上げた物語の登場人物にさせられてしまっている。登場人物になってしまえば、ちょっと足をあげただけでも「暴力的」となってしまう。
そして、カルテからわかるのは、ケアに対して少しでも注文を付けると(これは「暴言」に相当か)、ドルミカムが「UP」となり、服薬も増え、拘束も続けられる女性の姿だ。
しかし、女性にしてみれば、現在の状況が受け入れがたく、抵抗するのはむしろ当たり前のこと。なぜ自分はこうなったのか。その抵抗する気持ちが言動に出るのは人間として自然なことだが、そうした行為でさえすべてが「病気の症状」とされて、薬、隔離、拘束がどんどんきついものになっていく。
理不尽で、出口のない、しかしその怒りさえ表現できない、極限の状況。
しかし、カルテや看護記録の言葉を読むと、そういう状況で行う行為がまさに「精神疾患患者」の振る舞いとして扱われているのだ。
上半身を起こし、興奮強いため抜け防止帯を追加する。興奮強くスタッフ3人で対応するも興奮強く、ベッド上で暴れ、看護師の左前腕に噛みついた。以後、上肢・体幹拘束を持続鎮静を継続。 覚醒中は看護師と雑談をすることができることもある一方、納得のいかない処置に対して、激昂し、大声で叫んだり、体動し抵抗するなど、衝動性が強い状態が続いた。 ドルミカム開始時に大声、脚蹴り、ルートを引っ張り点滴台ごと倒すため、当番医師指示で肩・下肢拘束追加。
衝動性高い状態が続いているが、当院では隔離室がなく、他患への影響も考慮すると、鎮静や拘束を継続せざるを得ないが、治療的には覚醒を促し行動制限の解除を進める必要がある。 しかし、この過程に再度暴言・暴力が起こるリスクは高いと考えられ、急性期治療の可能な専門病棟での治療が適すると考えられることをご説明した。 当院で治療継続を行う場合、鎮静や拘束を解除していくことが難航し、期間が長期化する可能性がある。さらに改善した場合でも、開放病棟内で安静療養ができるまでは、相当な期間が必要と考えられ、個室隔離を継続せざるを得ない可能性がある。これは、閉鎖病棟内で自由に行動できることに比較すると、ストレスとなる可能性も高い。転院先は多機能の病棟を備えており、病状の変化に応じて、環境を柔軟に考慮できる可能性があることもご説明した。 |
大声で叫ぶ…(単に看護記録に単にこう書いてあるだけで、どれほどの大声なのか不明)。
暴れる…(具体的にどういうふうに「暴れる」のか不明。そもそも「暴れる」というのはどのような状況を指すのか?)。
衝動性が高い…(なんと曖昧な表現)。
暴言・暴力…(例えば?)
病状の変化に応じて…(病状ではなく、現実的な不満、要求を言っているに過ぎないのでは?)
抵抗…(患者の要求を突っぱねるからではないか?)
女性が言うには、まず「噛みついた」はまったくのでっち上げ。そんな気力はまったくなかった。そもそもドルミカムを点滴で入れられて、さらに睡眠薬も飲まされ、「ひたすら眠くて、眠くて仕方がない。入院中はほとんどそういう記憶しかありません」。
そんな状態であるにもかかわらず、以降のカルテにも女性がかなり「衝動的で」「攻撃的」な様子が描かれ続ける。
「同じ看護師として、対峙して問うてみたいです」と女性は言う。
「自分たちが何をやっているのかわかっているのかと。でも、同じ看護師で同じような経験をしたからわかるんですけど、この手の病院内で働いていると、『それは違う』という意見は言えないです。みんなが当然のように拘束しているのに、自分だけ『縛る必要がありますか?』 なんて疑問を口にしたら、もう同僚からは白い目で見られるし、パワハラは受けるしで、働き続けられなくなります。だから、みんな同じように平然とおかしな『看護』をやって、その原因をすべて患者のせいにして、その辻褄合わせのために看護記録は嘘でいっぱいになっていんです」