以前茶話会に参加されたお母さんから、息子さん(信一さん・仮名・29歳)について、改めてメールをいただきましたので、信一さんのケースを紹介します。



一気断薬

 平成2212月、信一さん24歳のとき、就職活動中に精神的な不調となり、近くの心療内科を受診したのがそもそもの始まりだった。

 軽い抑うつということで、マイスリー(睡眠薬)10㎎1錠と、ジェイゾロフト(抗うつ薬)25㎎1錠が処方された。

 数か月後には、ジェイゾロフトが2錠に増え、さらにすぐ3錠に増え、結局そのまま平成24年2月まで、薬を飲み続けた。

 信一さんは小さいころからおとなしい性格で、とにかく無口。親にも自分のことを話さない、訴えない、意見を言わない……。それでも中学高校大学ではスポーツクラブに所属して、それなりに運動は楽しんでいたが、こんなタイプなので友だちもほとんどできず、母親としても息子が服薬についてどう感じているのか、何を考えているのか、なかなかつかめなったと言う。

結局、1年3ヶ月ほど飲みつづけ、その間、アルバイトをしたりしていたが、母親から見て、よくなったようには見えず、それどころか少し様子がおかしい――どこか投げやりな感じがするようになった。

飲む意味があるのか? というより、飲まないほうがいいのではないか?

その思いから、母親の判断で服薬をやめることにした。離脱症状など知らなかったので、ただやめればいいと考え、結果、一気断薬である。



突然の離脱症状

 やめてしばらくはとくに何事もなく過ぎた。

が、9カ月経ったあたりから、少しずつ信一さんの行動に変化が出てきた。

・暗い部屋の中で佇む。(光をまぶしがる。1~2ヶ月)

・丸1日以上~2日間寝続ける

・寝汗をかく

・筋肉硬化で動けなくなることが、2~3日に1回ある。(その後、筋肉硬化は徐々に減っていく)。

・イライラの叫び――「ムカつく」「イラつく」「腹立つ」「あと一歩だったのに邪魔された」等が増大し、そのうち、部屋の壁などを壊しはじめる。

・聴覚過敏(音が頭に響く)鳥、バイク、ヘリコプター等の音が非常に気になる。

・時々大声を出して、物を投げる(嫌な思い出が次々と湧いてくるよう)。

・ベッドに立ち上がり、頭突きで壁に穴を開ける。

・イライラ、物壊し、大声は次第に収束方向へ。

・幻覚、幻聴が出る。「話しかけるな、触るな」

・イライラが再び増大。部屋の物品をほぼ全部投げ出す。(机等、重い物を投げるようになった)。

・部屋の物を蹴ったり叩いたりして壊すことが増える。家族では対応しきれなくなってきたた。

・大声のため、近隣迷惑も限界以上。近所の人が心配し訪ねて来た。

・口汚くののしるようになってきた、(クソジジイ、クソババア、全員死ね、等)。



 家族(この頃は、両親と信一さんの3人暮らし。きょうだいは上に2人いるが、どちらもすでに家を出ている)も音を上げ、本人も「どこかに入院したい」というので、市内のある病院についに入院となった。

 医師からは「統合失調症ではないと思う」というようなことを言われたが、この入院で薬の量も種類も一気に増えてしまった。最終的には

エビリファイ内服液12ml×2

エビリファイ内服液6ml×1

リボトリール 0.5㎎×3

デパケンR200×3

ヒプノール錠1㎎×1
不穏時 ユーロジン1㎎ レボトミン5㎎ ジプレキサ10㎎


 お母さんは毎日病院に行き、信一さんの様子を見守った。しかし、入院2カ月を過ぎたころ、体調が急激に悪化したり、また、不穏なときも増え、病院の備品を壊すこともあった。したがって、上記、不穏時処方も最初は1種類だったが、それが3種類にまで増えたのだ。

 入院は3ヶ月間だったが、とくに何かが改善されたわけでもなく、単に薬が増えただけの結果となった。

 信一さんが入院中、母親はネットで薬のことなどさまざま調べていた。その結果、入院することになった症状がじつはマイスリーとジェイゾロフトの一気断薬による離脱症状であること、また、薬はあまり飲まないほうがいいらしいこと、一気にやめるのではなく、少しずつ減らしていった方がいいこと、など情報を得ていた。

 そのため、退院すると同時に減薬を開始。もちろん、医師には特に告げず、ネットの情報等を頼りに少しずつ減らしていった。

 そもそも不眠はない、というより寝ていることの方が多いくらいだったので、睡眠薬(ロヒプノール)など必要なかった。それは医師にも告げて了承を得て、断薬した。

 また、エビリファイは、入院中、飲むと便をもらすようになっていた。服用量は30ml、これはエビリファイのマックスの量である。減薬は10日で2mlずつ。150日くらいかけて断薬した。間隔をずらして、リボトリールも12等分にして、10日ステイしながら減らしていった。

デパケンRは徐放剤のため、薬を割ることはせず、調子が崩れたら飲む頓服に変え、徐々に減らしていった。デパケンを少し減らしていると医師にそれとなく告げると、あまり減らさないほうがいいという意見だったが、お母さんとしてはいったん減らした薬を元に戻す気はしなかったため、そのまま減薬をつづけた。

 そして、通院は、減薬に必要な薬が準備できた時点(退院して6カ月後)でやめてしまったという。

 そして、減薬をはじめておよそ1年で断薬に至った。

 現在、断薬1年6ヶ月。



治まらない症状

 しかし、減薬中からすでにさまざま症状が出て、断薬後のいまも症状は治まらない。

 主な症状に、以下のようなものがある。

・ベッドの上で四つん這いになり、頭を抱えて苦しむ。

・本を破って投げる。

・暴れて壁に穴をあける。

・思い通りに動かないとパソコンを投げたり、叩いたりで壊す。

・冷蔵庫・炊飯器がうるさいと言って、冷蔵庫は蹴り、炊飯器は投げた。

・地獄だ、ついていない、何をしてもうまくいかない、あと一歩なのに邪魔をされた、苦しい、死ね、クソババア殺すぞなどを言う。

・イライラが頻繁に起きる。


 大暴れして壁をドンドン蹴るので、警察官が来たこともあったという。(おそらくご近所からの通報)。その後は、月に2回ほどは警察官が夜中に見回りにも来ている。

 こういうことがあるので、近所迷惑にならないよう、お母さんもつい信一さんをたしなめるようなことが口から出る。すると、さらに逆上して、蹴ったり叩いたり……。

 さらに、息子を心配していた父親は、こうした家庭内の状態も加わって、体に相当のストレスをかけていたのだろう。最近になって癌を発症してしまった。お母さんにとってはまさに青天の霹靂くらいの出来事だった。



本人のつらさ……

「もう茶話会にも参加できそうにないので、一度我が家にきていただけないでしょうか」とお母さんからメールをもらい、ご自宅にお邪魔させていただいた。

 なるほど閑静な住宅街だ。家に入ると、ほとんど何の音も聞こえてこない。そんななかで、何か叫びながら壁を蹴り続けたら、ご近所にはかなりよく聞こえるだろう。

 お母さんとは2時間ほど話をした。息子さんは2階の自室にいるというが、降りてくることはなかった。母親が作った料理がまだそのままテーブルに残っている。私が来ることは、息子さんは知っているとお母さん。

「でも、なんせ無口な子なので、意思の疎通が難しい。何を考えているのかわからないし」

 断薬して1年半。

「断薬すればどんどん良くなっていくものと思っていた」とお母さんは言うが、そうではない現実に戸惑っているようでもある。

漢方薬、さまざまなサプリメント、マッサージ、お灸、いろいろ試したが、いいものもあれば何の効果のないものもあった。

 1年半―――まだまだ薬の影響は大きいだろう。聴覚過敏も強く、そのせいでイライラも増大しているようだし、フラッシュバックも起こしている。そして、そもそもの時点で、薬剤過敏もあったようだ(最初のマイスリーとリフレックスの処方は、ごくごく普通の(この日本の精神医療のレベルからすれば、良心的とさえいえるかもしれない)量である。それを一気断薬したことで、すっかり体調がおかしくなってしまったが、そのことで入院すると、さらに薬が増えてしまうという、精神医療のお決まりのコースである。

 向精神薬はやめれば「解決」というわけでは決してない。いや、やめてからが「本当の勝負」なのかもしれない。

 無口でおとなしい性格だったから、信一さんは小さい頃からずっと、何か嫌なことがあっても口に出さず、ため込んできたのだろう。人から嫌がらせを受けたり、冷やかしをされたり、いじめもあったかもしれない、もちろん誰にもある失敗もたくさん経験しているだろうし、就職活動を挫折したという思いも抱いているに違いない。

 そうした諸々をこれまで両親にぶつけることはほとんどなかった。それが、薬が絡むようになってから、こんなふうに爆発させる。

 離脱症状と相まって、これまでのうっぷんを晴らしているかのようだ。

 しかし、表面上の行為だけを見れば、「何をやっているんだ」「大きな声を出して」「壁を蹴って近所迷惑」「ちゃんとしなさい」「しっかりしなさい」「いい年をして」「わがまま」「よく考えなさい」etc. と言葉が出てしまう。

 が――

本人はつらいのである。どうしようもないくらいに、大きな声を出さざるを得ないくらいに、つらい……。

 お母さんと話しているとき、一度だけ、2階からはっきりした言葉はわからなかったが、何かを叫ぶ大きな声が聞こえてきた。

「いろんなことを思い出したり、悔しかったり、悲しかったり、後悔の気持ちがあったり、やっぱりつらいんですよね」

 まずはそこを受け止めることだと思う。それだけで本人は少し救われたような気持ちになれる。

薬はやめればいいというものでもない。服薬に至るには「そもそも」の原因はやはりあるのである。そこを見ずして、いくら薬をやめたからといって、薬を飲む前と同じ状態に戻ることはないように思う。

これからのこと。環境の調整、ご自身の自覚も大切。が、その前に、一度何もかも受け入れてもらうことが必要だと思う。これまでたいへんだったね、つらかったね、よく頑張ってきたねと。

お母さんには退院してきた夫の介護もあり、家を留守にすることもなかなかできない。

何ができるかわからないが、これからも見守っていこうと思っている。