滋賀医科大学病院
 精神医療は「治療成績」を開示しない、とは最近しばしば指摘されることである。

 うつや統合失調症に対して精神科医は多くの場合、薬物療法を行うが、結果、どうなったのか、そういう数字を出している医療機関はほとんどない。

 精神科が出す数字といえば、うつとして治療した患者数、統合失調症として治療した患者数、といったように、あくまで「入口調査」にすぎず、治療して結果どうなったのかの「出口調査」はほぼ実行されていない。

 ところが、こうした精神医療の現実を嘆き、これではいけないということで、今年の3月に開かれた「「第34回日本社会精神医学会」で、「市民に治療成績を開示する意義」なるシンポジウムが開かれ、滋賀医科大学病院が発表を行っているのである。

 そして、同病院では、「市民に治療成績を開示する意義」として、病院のホームページで、以下のように治療成績を公開しているのだ。

 http://www.shiga-med.ac.jp/hospital/doc/department/department/psychiatry/

 

 これを見て、正直、私は驚いてしまった。

 見ていただければわかるが、なんとこの病院、気分障害(うつ、双極性障害)の治療法として以下の1~4を挙げ、それをまた大いに宣伝しているのだ。

 

      
  

1、薬物療法  

2、修正電気けいれん療法  

3、反復性経頭蓋刺激法(rTMS  

4、高照度光療法
  

 23は難治性の気分障害に使用されますが、滋賀県内でこれらが可能な唯一の治療機関となっています。1,2,4は現在私たちの病院で既に実施しております。また、3も平成26年度中に可能となります。更に、平成26年度は近赤外線を用いたNIRS脳計測装置(光トポグラフィ)も導入予定であり、それを用いた精神疾患の鑑別診断も可能になります。  

 

 で、その治療成績はというと、以下の通りであるという。
 

 

気分障害に対する治療成績(平成24年)

平成24年度に60の気分障害の患者さんが受診されました。

治療開始後6ヶ月で、52名(86.7%)は治療が終了、寬解もしくは軽快されました。そのうち、発症前に職を有した23名のうち20名(87.0%)は復職されました。 

 

これが「本当」なら素晴らしいことである。

「本当」と鍵かっこつきなのは、この数字に何の「証拠」もないからだ。たとえば、寬解もしくは軽快という言葉のもつ意味のあいまいさ=医療者から見た寬解もしくは軽快は当事者にとって必ずしも同じでない場合がある=が拭えないのだ。

また、「復職率87%」というには、あまりに全体数が小さすぎやしないか? 

体験談などでもよくあるが、治療して半年後くらいにいったんは復職する人はけっこう多い。ところが、その後調子を崩すこともこれまた多いのである。

あまりに短期の統計は、精神医療の場合、ほとんど意味をなさないのではないか。体験談を寄せてくれた人の中にも、こういうタイミングでなら「回復」とカウントされていた人はたくさんいるはずである。

 したがって、このような短期の「瞬間風速的」な「治療成績」を開示することは、「薬物療法」(あるいは電気けいれん療法)を肯定することへと導き、そのために利用価値があるとさえ考えられる。このような「開示」は一種のまやかしにすぎないのではないか……?

市民に治療成績を開示する意義」はもちろんあるし、開示は必要だ。しかし、この程度のものでは無意味どころか、「意義」ばかりが強調されて(歓迎されて)、本質を見失う(ごまかす)恐れがあるということである。

 

さらに、看過できないのは、思春期青年期の問題における次のような記述だ。

 

      
  

 うつ病や統合失調症は思春期青年期に既にその起源を持つことが明らかになっています。そのため、思春期青年期に早期介入することによって重症化・遷延化が防げるのではないか、と言うのが最近のトピックスの一つになっています。

  

 不登校や非行といった思春期に出現する行動異常は、うつ病や統合失調症のサインとして重要です。当科ではこれらの病態に対する早期介入に力を入れています。薬物療法だけではなく認知行動療法にも力を入れています。

  

 

この文章、実にいい加減な記述が多い(嘘が多い)。そもそも「うつ病や統合失調症は思春期青年期に既にその起源を持つことが明らかになっている」というのはどの研究からそういえるのか? また、「思春期青年期に早期介入することによって重症化・遷延化が防げるのではないか」というのは、どの研究から出てきたものなのか? 「のではないか」というあいまいさにもかかわらず、早期介入を肯定し、薬物療法を行っていることはかなり問題と言える。

そして、ここでさらに問題なのは、「不登校」「非行」は「病態」(病気)なのか? ということだ。

学校に行かないことを「病気」とするから、その「治療成績」も「市民に開示する意義」があるということで、この病院では以下のようなグラフを作って、次のように説明しているのである。

  

思春期青年期外来の不登校に対する治療成績(平成24年)

平成24年に本院思春期青年期外来を受診した不登校の患者数は38でした。

受診後4ヶ月で約半数が、受診後半年で82.1%が不登校から離脱し、授業を受けられるようになりました。

 

 不登校を「薬物療法(だけでなく認知行動療法も)」で「治療」して、半年後に82%の子どもが学校に行くようになったということだが、「不登校からの離脱」というのは、どういう状態を指すのだろう。1日でも、1時間でも登校すれば「離脱」なのか。それともずっと登校し続けている(今でも?)ということだろうか。

 その点(かなり肝心な部分)をあいまいにしたまま、「82%の子どもはうちの病院で治療をすれば、学校に行くようになります」と主張しているわけだが、この数字にどんな意味があるのだろう。

こうした「治療成績開示」は、「学校に行くことがすべての問題解決なのか」という根本の問題を置き去りにしたまま、不登校はいけないこと、それは治すべき「病気」ととらえて、子どもを医療につなげることを奨励することになる。

学校に行かないことを問題視し、薬を飲んでまでそれを「治療」して、さらに治療によって登校できるようになったことを問題の解決ととらえる……。前提も経過も結果もすべてが間違っているように感じるのは私だけだろうか。

子どもを医療につなげるそのためのひとつの指標として、このようなあいまいな数字を出すことで当事者家族を惑わす「治療成績開示」には、いかなる意義もない、どころか、害悪ですらある。

 

 その他、この滋賀医科大学病院では、難治性統合失調症の治療薬として「クロザピン」の使用が可能な医療機関として登録されているらしい。

 さらに、各種治験も行っていると書かれている。

 治験では、次のようなものを行っている。

「エビリファイの統合失調症維持療法における効果に関する研究」

「思春期青年期のうつ病に対するデュロキセチンの効果に関する検討」

 

 デュロキセチン=サインバルタ(SNRI・抗うつ薬)の思春期青年期の患者を対象に治験を行っているということだが、この薬の添付文書には以下の記述がある。

 

1. 抗うつ剤の投与により,24歳以下の患者で,自殺念慮,自殺企図のリスクが増加するとの報告があるため,本剤の投与にあたっては,リスクとベネフィットを考慮すること。

2. 海外で実施された717歳の大うつ病性障害患者を対象としたプラセボ対照臨床試験において有効性が確認できなかったとの報告がある。本剤を18歳未満の大うつ病性障害患者に投与する際には適応を慎重に検討すること。

 

そういう薬の治験を行う意味というのは、何なのだろう? 

以前、パキシルでも同様のことがあった。すでに海外の6つの臨床試験で、SSRIは無効かつたいへんな害があることがわかっていたのに、日本では2009年に子どもを対象とする臨床試験が計画されたのだ。「無効かつ害がある」という結果が出ている薬の治験をなぜ行う必要があるのか。非倫理的であるとして、いくつかの機関から中止が訴えられ、結果、応募者が集まらなかったため治験は中止となった。

 しかし、大学病院では入院患者を対象に、パキシル同様「非倫理的」ともいえるサインバルタの治験が行われているのである。以前も紹介した聖マリアンナ大学病院も同様だった。

 こうした治験にしろ、「治療成績開示」にしろ、精神医療側のやり口は巧妙である。まんまとはまって、「素晴らしい取り組み」などとゆめゆめ踊らされることがありませんように。

精神医療のからくりを見抜けば、いろいろなものが透けて見えてくる。