「減薬」がブームである。

 診療報酬の改訂で、この10月から、抗不安薬、睡眠薬はそれぞれ2剤まで、抗精神病薬、抗うつ薬はそれぞれ3剤まで、それ以上の処方は、処方料、処方箋料、薬剤料が減算、精神科継続外来支援・指導料は算定されない、ということになったのが大きな要因と思われる。

 それで、「減薬」「減薬」……ブームである。

 たとえば、NPO法人地域精神保健福祉機構「コンボ」が発行するメンタルヘルスマガジン『こころの元気+』11月号でも、「正しい薬の減らし方」として特集を組んでいる。

 また、11月8日には、新宿溝口クリニックで、奥平智之氏(精神科専門医、漢方専門医、埼玉県川越市にある山口病院の精神科部長、新宿溝口クリニック非常勤医師)が「精神科薬の減薬セミナー」~「精神科専門医が語るクスリを減らすコツ」と題してセミナーを開いた。これはこの日が第1回目で無料だった(だから参加した)が、来年1月から隔月に開かれ、料金2000円だそうである。(この人は9月7日にも、ノーチラス会主催で講演を行い、漢方と減薬について話している)。

 しかし、コンボの記事にしても、奥平さんの話にしても、とくに目新しいものはなかったというのが正直な感想だ。が、世間ではまだまだ「減薬」そのものに対する認識が低く、「減薬」を口にする精神科医の存在自体、「希少価値」なのかもしれない。




 コンボの「正しい薬の減らし方」……どこに「正しい方法」が書いてあるのかと思ったが、書いてなかった。

 まず冒頭の樋口輝彦氏(国立精神・神経医療研究センター理事長)のご挨拶「薬を減らすのはなぜか?」を読んでみた。

 こう書いてある。

「抗精神病薬の場合、3剤以上併用の効果についてはエビデンスがありません」――で、診療報酬改定では、3剤まではお咎めなしである。この矛盾をどう説明するのか……もちろん説明していない。エビデンスのない処方でも、日本ではOKなのである。そして、そのことを誰も追及しようとしない。

 また、こうも書いてある。

「抗精神病薬が適正使用されている場合には、減量を考える必要はない」――適正使用とは「上限を超えていない量の薬」のことらしいが、よくわからない。単剤なら、その薬のマックス処方までなら減薬を考える必要はないということ。また多剤の場合、CP換算値を出して、その上限を超えるようであれば減薬した方がいいとのことだが、「上限」というのはCP換算値いくつのことなのか、まったく曖昧なままである。

 これのどこが「正しい薬の減らし方」なのか?




抗精神病薬の減薬について

 抗精神病薬については非常に興味深い事実が書かれている。(山之内芳雄氏による)

「「私は薬を33錠のんでいるから安定している」という暗示効果みたいなものが無意識に染みつき、減らしたくて1錠減らして「32錠」になったら、その暗示のせいで調子を崩してしまう人もいます」

 というのである。

「33錠」という例がすんなり出てくるということにも驚かされるが、「たくさん飲んでいるから大丈夫なんだ」と信じている当事者、そう洗脳し続けてきた精神医療にはさらに驚かされる。





抗うつ薬の減薬について

 また、「正しい抗うつ薬の減らし方」(中村純氏)にはこうある。

(参考として、2010年に発表されたペンシルバニア大学のフルニエJCのメタ分析を掲載している。そこには「抗うつ効果が得られたのは重症のうつ病患者のみ。軽症から中等症の患者に対する効果はプラセボと差がなかった」と書いてあり、それを示しながら、中村氏はこう記すのだ。

「軽症うつ病では、本来抗うつ薬は補助的な効果しか示さないという報告もされています」

 微妙にニュアンスが違うが、ともかく、そういう事実を示しながら、ではどういう論旨の展開になっていくのかと思いきや、続いて中村氏は、こう書き進めるのである。



「私が実際の臨床で抗うつ薬を処方するときには、一種類の抗うつ薬を用いて、効果と副作用の発現を診ながら用法用量に従って最高用量まで増量し、さらに効果がなければ別の抗うつ薬、あるいは、抗うつ効果が確認されている抗精神病薬、あるいは炭酸リチウムなどを追加投与する方法をとります」




 医師のやることに文句を言っては申し訳ないが、医師として考えるべきは、まず、その患者が本当のうつ病――いわゆる抗うつ薬の効果があるとされる「重症うつ病」なのかどうかを見極めることだろう。中村氏自身、そう書いているはずだが、しかし、実際の場面では、そういう診断の確かさはスル―して、すでに患者は「抗うつ薬の効果のある重症うつ病者」として扱われるということだ。

 いったいこの「重症うつ病」という人がいわゆる「うつ病」とされている人のどれくらいを占めるかと言えば、1割程度(13%)という研究も出ているにもかかわらずだ。

 薬の必要のない人に抗うつ薬を処方しておいて、効果がなければ量を増やし、さらには「追加で」抗うつ薬や抗精神病薬、リーマスまでも上乗せしておきながら、「薬の量が多いときは減薬しましょう」とは、やっていることと言っていることがメチャクチャとしか言いようがない。




抗不安薬、睡眠薬の減薬について

 紹介しているのは、少し前に「うつ病が治らないあなたに」というタイトルでNHKの番組(きょうの健康)に出ていた渡邊衛一郎氏である。

 しかし、睡眠薬については日本睡眠学会による減薬ガイドラインを紹介するにとどまっている。 http://www.jssr.jp/data/pdf/suiminyaku-guideline.pdf

 そして、相も変わらずこういう台詞。

「減量は自己判断で行わず、必ず主治医に相談してから行うことが大切です」

 さらに、

「抗不安薬、睡眠薬は・・・さまざまな副作用や依存性もあるため、一定の効果が得られた後には長期使用にならないように主治医と相談して適切な対応をとることで、正しく減量・中止することが可能になります」

 これって、結局、何も言っていないのと同じこと。優等生の模範解答ではあるが、あまりに無責任である。



 というわけで、コンボの雑誌は(もともと期待もしていなかったが)無意味だった。




奥平氏の減薬セミナー

 さらに奥平氏の減薬セミナーについて。

その中で、気になる発言をいくつか取り上げる。

 まず「睡眠薬」について、氏は「平成の睡眠薬」と「昭和の睡眠薬」という言い方をして分けていたが、どういう意味なのか……平成がベンゾ系のことで、昭和がバルビツール酸系の睡眠薬を指すのか?

 さらに、こうも言っていた。

「平成の睡眠薬、ベンゾ系の睡眠薬には習慣性は少ない」と。

 習慣性と耐性と依存と、医師は「科学者」として何か使い分けているのだろうか。しかし、習慣性がないという言い方は大きな誤解を患者に与えるものであることは間違いない。(よくいる精神科医の発言そのまま)。



 それでも、奥平氏は、「医師に相談しなくても、自己判断で、抗不安薬、睡眠薬は減らしてもいい」という考えである。(その他抗パ剤も自己判断の減薬でOKとのこと)。

 しかし、抗精神病薬、抗うつ薬、気分安定薬は「絶対、自己判断で減らしてはいけない」と力説する。

 とくに抗精神病薬は「飲まなければ再発する」と断言。

 では、「減薬」とは何を指すのか? せいぜい処方をシンプルにすること。飲む回数を減らすこと(服薬コンプライアンスが守れない人には注射剤を推奨)。

 それくらいしか私には伝わってこなかった。

 具体的に言っていたのは、メインの薬(抗精神病薬、抗うつ薬、気分安定薬)は、「1種類の薬を、最大でも、1ヶ月で30%以内の減薬にとどめる」ということだ。それが唯一言っていた具体性のある話だった。

また、幻聴、妄想の経験のある人は、抗うつ薬を飲むとさらに悪化することがある。幻聴、妄想がない人にも新たに出る場合もあるので、統合失調症の人は抗うつ薬を飲まない方がいい。

聞いていて、「へぇー」と感じたのはこれくらいか。




巨大宗教

こういう「減薬」ブームに触れて常々感じるのは、「誤診」という概念が見事に消し去られている点である。

一度下った診断はあくまで「正しく」、その人はそういう「病気」の人として、「薬といかに上手に付き合っていくか」と、そういう視点しかない。

一度統合失調症と診断されたら、死ぬまで統合失調症であり、服薬し続けなければならない……と医者も患者も信じ切っている。そして、減薬といっても、その路線から出ることは決してない。この「減薬」ブームも、「断薬」まで視野にいれた「減薬」を行おうという動きでは決してないということだ。

一度飲みはじめてしまった向精神薬が、脳を、その後も向精神薬を必要とするものに作り変えてしまっている――このことは「過感受性精神病」という概念からも、精神医学自体認めていることである。

にもかかわらず、「薬を飲まなければ再発する」と念仏のように唱え続け、何度も何度も患者・家族の不安を煽り、服薬コンプライアンスを言い含める。

これはまさに宗教と同じである。

しかし、信仰の自由があるように、何を信じるのかは、本人の自由だ。

病気であると考え、服薬の必要性を信じ、生涯服薬を受け入れて、その中でせいぜい少ない薬で、低め安定を目指してくれる医師、それがいま求められている医師なのかもしれない。

誤診の問題、さらに「薬剤性」の問題を絡めながら、この減薬を考える医師は、おそらくかなり少ない。

多剤大量処方を昭和の処方と言ってけなし、今の若い精神科医は違うと胸を張る。ちょっと減薬を言いだしたからといって、しかし、そういう医師とて、同じ「宗教」の中にいることに変わりはないのだ。

誤診の可能性、薬剤性の問題を無視して、自分たちの貼ったレッテルの中でいくら「減薬」を提唱してみたところで事態が良くなっていくとも思えない。

せいぜいこれまでのクレイジーな処方によって起こっていた心臓突然死が減るか、同様の重篤な副作用に苦しむ人が減るか。それでも十分意味があるではないかというのなら、そうである。何を信じるかはその人の自由であり、その人生はその人のものなのだから。

 しかし、その巨大宗教から抜け出して、「こっち側」の世界を見てしまったら、その人はもうそれを信じてやり続けるしかないのである。そして信じて続けて、健康になった人がいるということ、それを信じる根拠に、さらにやり続けるしかないのである。

 


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