今回は、読者の方から教えていただいたニュースを取り上げます。

今年6月に横浜で開かれた「第110回 日本精神神経学会学術総会」のなかで開かれたシンポジウム――『いわゆるギャンブル依存問題における精神科医療の役割について』――これが超満員の聴衆で埋まったというのである。(2014年8月19日、中日新聞

http://iryou.chunichi.co.jp/article/detail/20140820143452711




記事によると、自民党など超党派の議員によって提出されたいわゆる「カジノ法案」がこの秋にも成立する見通しで、それを見込んで、ギャンブル依存症への対策強化を求める声が高まっているというのである。



厚生労働省の厚生労働科学研究(2009年)によると、男性の9.6%、女性の1.6%がギャンブル依存という深刻な結果が出ているそうだ。ちなみに、日本のこの数字は、他国と比べて突出している。例えば、アメリカは全体で1.4%、スペイン1.7%、イギリス0.8%……である。

しかし、ギャンブル問題と向き合う医療機関は、全国でも数えるほどしかなく、しかも、どのレベルの「病的さ」を治療の対象にするべきかという基準も定まっておらず、有効な薬物療法もまだ確立されていないのが現実。

そこで、シンポジウムでは、さまざまな治療モデルについての報告がなされたという。



ここで登場する病院は、

熊本県の菊陽病院(同県菊陽町)、桜が丘病院(熊本市)

神奈川県横須賀市、久里浜医療センター

東京都町田市、こころのホスピタル町田

さらに、北里大東病院(相模原市)の精神神経科では、大学付属病院として全国で初めて「ギャンブル障害専門外来」を7月に開設しているという。

http://kitasato-psychiatry.juno.bindsite.jp/gamblingdisorder.html

 ホームページ内を一部引用する。




<回復を支援する施設>

①医療機関


残念ながら、ギャンブル障害に対応している医療機関は限定されています。治療法は統一されておりませんが、医療機関により様々な試みが行われており、効果を確認できるものもあります。


以下の治療法が一般的なものです。

・集団療法

・認知行動療法

・内観療法

・薬物療法




「有効な薬物療法はまだ確立されていない」といいながら「薬物療法」を掲げているのは、これまたどういうわけだろうか?



 しかし、そもそも考えるに、日本精神神経学会の学術総会で「ギャンブル依存症」がシンポジウムで取り上げられたのは、昨年出版された「DSM-5」の中に「ギャンブル障害」が精神疾患として正式に採用されたからであろう。

 これまで「ギャンブル依存症」と呼ばれていたものは、「DSM-Ⅳ」では、衝動制御の障害のグループの中で「病的賭博(Pathological Gambling)の名で扱われていた。

それが、今回の「DSM-5」では、アルコール依存症などと同じ「アディクション=嗜癖」のグループとして「Gambling Disorder=ギャンブル障害」の名で扱われることになったのだ。

 今回の学会のこのシンポジウムは、これが「精神疾患」として正式に採用された、それに精神科医集団が嗅覚鋭く、いち早く飛びついたということだろう。

 ただし――

DSMは「精神疾患の診断と統計マニュアル」と訳されるが、本来なら、DSMの「M」は=Mental Disorders――つまり、「精神疾患」ではなく、「精神障害」と訳されるべきものである。「DSM-Ⅲ」までは「精神障害」となっているが、Ⅳから「精神疾患」と訳され、この訳語は、「Disorders=障害」があたかも「disease=疾患」として確定したかのような印象を与えることになってしまった。

 ま、それはともかくとして、「アディクション=嗜癖」が「精神障害(疾患)」として扱われる危険性は、おそらく、このアディクションの解釈がどこまでも拡大される可能性を孕んでいるからである。

 現に、「DSM-5」では、「インターネットゲーム障害 」が今後、研究が進められるべき「精神疾患」の一つとして新たに提案されているという。要するに、「DSM-5」はわずかに自制を示し、これを正式な精神科の診断として認めず、「研究が進められるべき疾患」というあいまいな補足事項にとどめたというわけだ。

 しかし、その中で、興味深いのは、この「精神疾患」は離脱症状を起こすと説明されている点だ。つまり、インターネットゲームを急に取り上げられたときに起こる精神症状を離脱症候群(withdrawal)としているのである。




 ちなみに、このインタネットゲーム障害については、久里浜医療センターの専門外来が有名である。その病院の調査によると、この障害を抱える者は「他の精神疾患を併存している場合もあり、気分障害、社会不安、ADHDなどの発達障害 が多くみられ、中でも青少年は発達障害がよく認められる」とのことであるから、治療法として、グループミーティングや認知行動療法を挙げてはいるものの、こうしたことを理由に、薬物療法も並行して行われていると思われる。




〈正常〉を救え

 前「DSM-Ⅳ」のタスクフォース委員長だったアラン・フランセスはその著書『〈正常〉を救え』の中で、ギャンブル障害のような「行為嗜癖」について、次のように書いている。(私としては、フランセス氏が言う危険性(診断のインフレ)は「DSM-5」に始まったことではないと思うし、もちろんそれは氏も認めるところだろう。ともかく「DSM」という存在には、多くの問題が含まれている。そうしたことをお断りしてからなおもフランセス氏の文章を引用するのは、やはりそれが正鵠を射ているからだ。)

引用292頁

「DSM-5」が「行為障害」の概念を導入して以来、(何かに熱中することと、それが「精神疾患」に該当することは)きわめて深刻な問題になっている。手はじめに精神疾患として正式に認められるのは病的賭博だけだろう(つまり、「DSM-Ⅳ」の範囲内のものということ)。しかし、警戒しなければならないのは、嗜癖のまやかしの流行が発生することである――インターネット、買い物、仕事、セックス、ゴルフ、ジョギング、日焼け、鉄道模型、家の掃除、料理、ガーデニング、テレビのスポーツ観戦、サーフィン、チョコレートなど、人々を熱中させ、メディアの注目を集めるものならなんでも対象になる。リストは長大で、人気の活動ならどんな分野のものだろうとたやすく追加することができる。そしてライフスタイルの選択を精神疾患に変えてしまう。

 この過激な提案は、強迫的な行動は強迫的な薬物乱用に等しく、どちらも脳の快楽中枢が原因になっていることを根拠にしている――研究構想としては興味深いが、精神科の診断の大幅な拡大を正当化するのは走り過ぎだ。」





 と警告を発している。

 インターネット、買い物、仕事、セックス等々は、すでに「依存症」として本が書かれたり、専門的に取り組んでいる病院等もあり、いずれ「行為嗜癖」として精神疾患に分類されることになるような気がする。

そもそも「DSM」はそのようにして「精神疾患」の数を版を重ねるごとに増やし続けているし、製薬会社の影がちらつく限り、それが運命のようにも思われる。

そして、疾患がそのように「DSM」に正式に採用されるたびに、精神医学会もそれに応じて大きくなっていくに違いない。

「うつ病と混同される喪」

「精神病になる大食い」
「精神疾患に変えられる癇癪」
「大人のADHD」
「病気になる年寄りの物忘れ」
「混合性不安抑うつ障害」

 本書の中の小見出しだけをざっと拾ってみても、こうしたことがみな「精神疾患」とされているのだ。

 これでは多くの人(ほとんどの人)が「精神疾患患者」にされてしまう。何もあてはまらに人を探すほうが苦労しそうなくらいである。




 ところで、前述の日本精神神経学会の学術総会長を務めた北里大の宮岡等精神科教授は「挨拶」の中で、「日本の精神医学研究は国際的なレベルに達しているといえます」と胸を張り、さらに、新聞のインタビューには今回の学会の目的を「病気と考える範囲適切な対応や治療を、医学の立場から明らかにしたい」と答えている。

「病気と考える範囲」を狭めることはあるのだろうかと問うてみたい。

 
 さらに、「
国際的なレベルに達した国」が、抗精神病薬と抗うつ薬3剤の多剤処方を認めている(減算にならない)というのは、まさか、会長自ら「ジョーク」を飛ばしたわけもないだろうから、本気で信じているのだろう。としたら、もう救いようがない。