クロザリルとECT。

 この二つは、「難治性統合失調症」の治療の切り札として、その当事者、家族は必ずといっていいほど医師から勧められているようだ。

 しかし、クロザリル(クロザピン)は血液系の副作用として無顆粒球症などの重大なものがあるため、1971年からヨーロッパで使用が開始されたものの患者の死亡例が続き、製薬会社は自主的に製造を中止するという経緯をもっている。だが、その後統合失調症への治療効果が見直され、アメリカなどで使われ始めたのを皮切りに、日本でも2009年に承認され、クロザピンという商品名でノバルティスファーマから発売されている。

しかし、使用する際は定期的に血球数や血糖値をモニターすることが義務づけられ、クロザピンを使用する医療機関、医療従事者、薬局は、事前にクロザリル患者モニタリングサービス(CPMS)への登録が必要である。したがって、使用できる医療機関は非常に限られている。



クロザリル、試してみるべき?

たまたまある精神科医のブログをのぞいたところ、このクロザリルを取り上げていたので、興味深く拝見した。

それによると、もちろん重篤な副作用について触れつつも、それでも、クロザリルは統合失調症に対する最も優れた抗精神病薬であり、これまで、この薬を超える抗精神病薬は出現していないと明言している。

そして、この医師がさまざまなところ(勉強会や学会発表)で耳にした効果のほどは、「クロザリルに変更して、以前より精神症状が改善したというものが圧倒的に多かった」ので、この薬は、「重篤な副作用があるものの、傑出した抗精神病薬と言わざるを得ない」。

そして、こうしたことから、「統合失調症の家族が、積極的に治療したいと思うのなら、クロザリルの投与の提案を受けたら、やってみるべきである」と断言する。また、もし「自分がその人の家族なら、間違いなく同意する」と。



ところで、「効果があったという意見が圧倒的に多かった」ということだが、千葉大学の伊豫雅臣氏と中込和幸氏が監修した『過感受性精神病 治療抵抗性統合失調症の治療・予防法の追及』という、まさにマッチポンプを地で行くような本――なぜなら過感受性にしてしまったのは、多剤大量処方の結果であると、伊豫氏らは自ら認めており、自分たちで作った症状を何とかしようと一生懸命研究しているというポーズを示すために書かれた本――のなかで、クロザピンの効果については、こう書いているのだ。


「クロザピンに反応する治療抵抗性(=難治性)患者さんは40%前後といわれております」


 40%という数字が「効果があるとする意見が圧倒的に多い」という言説に合致するかどうかわからない。また、一般の人が「効果があるとする意見が圧倒的に多い」という言葉から想像する薬への反応率はどれくらいなのか?(40%よりは高いように思うのだが)。


 ともかく、クロザリルが抗精神病薬史上最強(いろいろな意味で)の薬であるというのは、事実かもしれない。

 しかし、「効果があった」というのが、本当にクロザリルの効果なのかどうかは疑問の余地がある。

 というのは、クロザリルは単剤投与が基本であるから、クロザリルを使う際には、それまで飲んでいた他の抗精神病薬はすべてやめることになる。つまり、その時点で、患者は抗精神病薬の多剤大量からは解放されることになるわけだ。

クロザリルの「効果」といわれるのは、そうしたことも大きく影響していないだろうか。CP換算で何千㎎もの投薬から逃れたことが、症状改善につながったというのは十分あり得る話である。少なくとも、それを念頭に置かずに、「効果があった」とするのは、あまり科学的とは言えないだろう。


 

難治性とは?

 さらに、この話の展開は、「難治性統合失調症」ありきで進められている、その点も気になる。なぜ難治性になったのかの考察が一切なく、「積極的に治療したい」と考える患者家族は「使ってみるべき」とする姿勢には、やはり疑問を感じるのだ。

 前述の本、千葉大の医師でさえ、治療抵抗性≒過感受性は、精神科医が「一生懸命治療してきた結果、(抗精神病薬が)高用量になってしまった」、そうした治療の結果であると、何とも患者を馬鹿にしたとしかいいようのない言い訳をしながらも認めているのだ。つまり、医原病であるということである。

 では、なぜ医原病を作ってしまったのか。治療のまずさは言うまでもないが、それ以前の診断の問題、誤診だったからではないのか。

 そもそも統合失調症ではないものに統合失調症としての治療を施し、効果がないので、さらに抗精神病薬を投与して、多剤大量処方となり、その結果として難治性にしてしまったのだ。

その過程を一切無視して、論を進めるのは、いかがなものか。そもそもスタートが間違っているのである。結果が正しいものになるとは思えない。

しかし、薬に頼りがちな精神科医は、クロザリルを「魔法の弾丸」のように考えている節がある。以前、岡崎祐士氏を取材したとき、氏が「クロザリルの効果はすごいですよ」とどこかうっとりしながら言っていたのが印象的だった。



治療法を決めるのは誰なのか?

もちろん、40%の効果を信じて、クロザリルに賭けてみたい患者家族の気持ちを否定するものではない。

しかし、例えば手術を受ける場合、「この手術の成功率は40%である」という説明は、インフォームドコンセントとして患者家族は当然受けるだろうが、クロザリル処方において同様のインフォームドコンセントが行われているとはとても思えない。

上述医師も、そうしたことにはまったく触れずに、「クロザリルは統合失調症に対する最も優れた抗精神病薬であり」、さまざまな見聞から、「以前よりも精神症状が改善したという意見が圧倒的に多い」(しかしこれはあくまで伝聞にすぎず、科学的な根拠のない話である)、ゆえに、医師からその使用の提案をうけたなら、迷うことはない、「やってみるべきである」という。その医師としての見解の重大さを思う。

本来なら、薬への反応率40%(この数字もどこまで信じていいのかわからないが)で、やってみた結果薬に反応しない60%のほうになった場合、次にはどういう治療法があるのか? いったん止めた抗精神病薬の多剤大量処方に戻るのか、電気に行くのか? そういう治療計画を提示したうえで、決断は患者家族にゆだねるべきではないだろうか。



電気療法は効果がある?

ところで、ECTである。

以下は、統合失調症の治療の話ではなく、うつ病治療の話だが、あの野村総一郎氏がその著書の中で、こんなふうに書いている。(『うつ病をなおす』講談社現代新書)


引用

抗うつ薬が70くらいの有効率であるのに対し、通電療法は90を超える有効性を誇っている。

この治療法によりみるみるうちに回復する多くの患者さんを目にしている私などは、同僚に「自分がもしうつ病になったら、真っ先に通電療法を受けさせてくれ」と頼んでいるくらいである。(中略)

通電療法を受ける数日前の記憶が薄れることがある。

これはしだいに思い出してくることが多いし、物忘れしやすくなるということではなく、「ある期間の記憶が薄れる」ということであるが、やはり患者にとって気持ちのよいものではない。

また通電療法では再発を防げないという説も根強い。

つまり、劇的な効果は示すが、再発率が高い、というのである。

この考え方に基づけば、通電療法は自殺が切迫している場合などの緊急対策と考えるべきであって、慢性的なウツに行うことは大局的にみて意味が薄い、ということになる。

しかしこの問題に対しても、「維持通電療法」という考え方が欧米では広がってきている。

これは、一度通電療法により改善した患者に、一定間隔で来院していただき、予防目的の通電療法を受けさせる、というものである。」


この本が出たのは2004年である。この時点で、野村氏は抗うつ薬の効果を70%と書いているが、6年後の2010年に出した本、『うつ病のことがよくわかる本』では、抗うつ薬の効果は60%に下がり、さらに通電療法の効果は「60%以上」と、なんと、30%もその有効率が下がっているのだ。この数字の変遷は何とも不思議なことである。


しかし、実際、ECTの効果が皆無ということはないようだ。ブログを通して知り合った女性だが、自殺願望が強く、薬への拒否感が強く、最終的な選択として、ECTを受けた。

結果、1度で効果を実感し、その後6回ほど受けて、退院に至った。

しかし、である。半年後に再発した(同じように希死念慮が出現)。

前回同様、同じ病院で同じ治療を受けたが、今度はまったく効果なし。それどころか頭痛に悩まされるようになり、医師も「効果がないのに、やり続ける意味はない」として、治療を中断して、退院を迫られた。結局、今は何の改善もないまま、何とか日々過ごしているという状況である。

このように、野村氏も指摘しているが、ECTは再発率が高いのだ。


そして、これもまた野村氏が書いているように、ECTは一種の「ショック療法」である――昔は、患者に橋を渡らせて、途中でその橋の底が抜けて患者が池に落ちる、そのときびっくり仰天して病気が治ると考えられ、「びっくり橋療法」といわれていたそうだ――そんな発想が元になっている治療法とすれば、二度目の効果があまり期待できないのは当然かもしれない。つまり、二度目は「びっくりしない」わけだから。

しかも副作用としての記憶の消失――野村氏はさらっと書き飛ばしているが、これはかなり重大なことである。記憶がなくなるということは、つまり払拭しようとしてもできなかった希死念慮さえ忘れてしまうから、「効果があった」ように感じるだけなのではないか。記憶は徐々に戻ってくるから心配ないというが、それが戻ってきたとき、希死念慮も再び戻ってくるということではないのか。

そうならないために、今度は「維持療法」を行えばいいという。しかし、そんなことをしたら、繰り返し「記憶喪失」を体験することになり、それが積み重なることで、認知が落ちるのは、ちょっと考えればわかることではないだろうか。


 ECTに行きつくということは、それまでの治療が失敗の連続だったという証拠だろう。これでもかと薬で患者を痛めつけ、それでどうにもならなくなるとさらに電気で痛めつける(としか私には思えないのだ)。

 クロザリルも電気も「スーパーな治療法」であると考える精神科医は多い。しかし、精神科医が見ている現実と、患者が体験する現実はまったく違ったものかもしれない。


 ちなみに野村氏によれば、通電療法は「意外に安全性が高く、副作用も少ない」らしいので、うつ病にならずとも、まずは自分で試してみればいいのである。うつ病の予防としても効果がある(と野村氏は書いている)のだから、やって損はないはずだ。