少し前のこと(この3月のこと)だが、リリー賞の発表があり、これは書かないわけにはいかないと思った。

これについては笠医師も取り上げている。

http://dokuzetu2.ken-shin.net/l2871dokugogasyou-343.html



リリー賞というのは、特定非営利活動法人 地域精神保健福祉機構・通称コンボが主催し、日本イーライリリーが協賛する「精神障害者自立支援活動賞」のことだ。

製薬会社が協賛、つまり、賞金を出している――受賞者にそれぞれ100万円。

コンボは平成19年に設立された組織だが、元をたどれば全家連(全国精神障害者家族会連合)である。全家連は平成19年に破産、解散後にコンボともう一つ、NPO法人全国精神保健福祉会連合会(略称・全福連、愛称みんなねっと)に、その精神を受け継ぎながら姿を変えた。

そして、リリー賞の内容を知って、なぜ私がこれについて書かねばと思ったのかというと、「リリー賞 支援者部門」で、三重県四日市市で行われた「YESnet(四日市早期支援ネットワーク)」が受賞していたからだ。

私はこの事業について、本を書くときに、2度ほど四日市に取材に出かけている。



四日市早期支援ネットワーク――これは、2009年、厚労省によって始められた「精神疾患の早期発見、早期介入」事業の一つである。授賞理由によると、

「子どもの心の健康をサポートするために、児童・生徒だけでなく、教職員や保護者への啓発、相談などに取り組み、“学校ができること”、“関係機関ができること”を整理することで、適切な支援の方向性が見えてくる。教育委員会をはじめとする教育・保健・医療3機関が、地域で連携して子どもをサポートする体制は、全国的にも珍しく画期的で、子どもたちの心の健康を多方面から支援する窓口を設けている点や、若者に対する心の健康づくり・セルフケアの啓発などが高く評価された」のだそうだ。



 つまり、地域のみんなで寄ってたかって「ちょっと変わった子ども」を精神科につなごうというネットワークである。

 そして、私はこのネットワークによって精神科につながれた子どもを持つ親御さんたちに会うことができた。(それについては、『ルポ 精神医療につながれる子どもたち』の中に詳しく書いた。)


 ケースの中には、親がまったく知らないうちに、教師によって子どもを精神科に連れて行かれ、薬を出されていた例もあり、びっくりした。

 そして、連れて行かれる医療機関は、四日市の場合、ほぼ一つと言っていい。「ささがわ通り心・身クリニック」――厚労省の研究においても、このクリニックの名前があがっている。

「ささがわ通り心・身クリニック」は、精神科病院「総合心療センターひなが」の外来部門を受け持ち、両機関の院長は、前者が藤田泉氏(妻)、後者が藤田康平氏(夫)という夫婦がそれぞれ担当し、四日市の精神科といえば「ひなが」といわれるくらい、この地に50年以上続く病院である。

 そして、この「ささがわ通り心・身クリニック」の「泉先生」(と地元では呼ばれているらしい)が得意とするのが「統合失調症前駆期」という診断なのだ。前駆期というのは、統合失調症を発症する前段階の状態を指すはずだが、5年も6年もずっと「統合失調症前駆期」という診断のまま――つまりいまだ統合失調症を発症せずということか――抗精神病薬が処方され続けている子どももいる。

 藤田泉氏は分担研究報告書(平成21年度)を厚生労働省に提出しているが、その概要を見ると、研究が行われていた5ヶ月のあいだに「ささがわ通り心・身クリニック」を初めて受診した10代の若者は、なんと108名いることがわかる。月にすればおよそ22人。

108名のうち、統合失調症圏が19名。気分障害10名、神経症性障害47名、発達障害7名、その他25名となっている。

そして、精神科につながれた108名の子どもの、5ヶ月後の転帰は、72名が通院中、14名が治療終了、5名が中断、9名が転院、8名が対象外となっている。

 これは果たして異常な数字といえないだろうか。5ヶ月で10代の若者の新たな通院者が72名増加する――ということは、単純に計算すると、1年間で170名以上の若者が精神科(ささがわ通り心・身クリニック)に通院することになるのだ。



 私はこの「泉先生」に取材を申し込んだが、粘りに粘って、ついにワープロ書きで8行ほどの「取材お断り」の手紙を手にすることができただけだった。EBM(根拠に基づいた医療)を目指しているので、取材はお受けできないという、意味不明の理由が書かれていたが、ならばこの研究のどこにEBMが存在するのかを問うた私の手紙への返事は、いまだ届いていない。



ところで、このネットワークで、一番得をしたのは誰なのだろう。

四日市市民? 地元10代の若者の「隠れ精神疾患患者」をたくさん掘り起こしてくれて「ありがとう」ということだろうか。

 それとも、たった5ヶ月のあいだに、72名もの若者の新規通院患者を確保できた「ささがわ通り心・身クリニック」こそ、この研究事業に参加させてくれて「ありがとう」ということだろうか。



 この件に関して、この研究の主任研究者を務めた岡崎祐士氏(前都立松沢病院院長)に尋ねたことがある。氏は「四日市ではこのネットワークがかなりうまくいっていた」とちょっと自慢げであった。

 つまり、たくさん掘り起こされて「よかった」ということである。

ということは、彼らの中には、次のような「妄想」が詰まっているということだ。

 何気なく普段の生活を営んでいる一般市民(子ども)の中には、実はたくさんの精神疾患患者が隠れている。

 だから、ネットワークを使ってたくさん見つかってよかった、という発言になる。

もしそうでないとするならば、彼らは研究という名目で、精神疾患とは言えない子どもたちを、単にたくさん掘り起こしてしまっただけのことになる。で、何が「よかった」のかと言えば、ともかくネットワークが機能して(教師が親の承諾も得ずに精神科につなぐことを「機能した」というのだとしたら)、自分たちのネットワークの作り方が正しかったと証明できて「よかった」ということだ。


 これが今回リリー賞を受賞した「YESnet四日市早期支援ネットワーク」の実態である。



コンボとイーライリリーは蜜月関係

 しかも、この賞を主催するコンボとイーライリリーの浅からぬ縁――。イーライリリーはジプレキサ(抗精神病薬)、サインバルタ(抗うつ薬)、ストラテラ(ADHD用)を製造販売している会社である。

 旧全家連(≒コンボ)と日本イーライリリーの関係については、『霞が関の犯罪――「お上社会」の腐食の構造』本澤次郎著(リベルタ出版2002年刊)に詳しい。

 一部紹介する。

「全家連がイーライリリーの「オランザピン(ジプレキサ)」の早期承認のため、厚相と有力国会議員に陳情を行ったのは99年4月だが、日本イーライリリーは2年前の97年から全家連に対して寄付金や接待攻勢をかけていた。……この大会(国際会議)にと350万円を寄付している。こうして全家連はイーライリリーの「オランザピン」の広報官役を担わされてゆくのだ。続いて顧問弁護士(池原毅和氏)をも丸抱えでアメリカに招待してしまったのだ。全家連の顧問弁護士を丸め込んだ効果は絶大だろう。」



製薬会社による「薬づけ」ならぬ「金づけ」によって、全家連は早期承認陳情を行い、結果、ジプレキサは、2000年12月に承認された。



また、この全家連とイーライリリーは、リスパダールを販売するヤンセンファーマとともに、日本精神神経学会を巻き込んで、「精神分裂病」名称変更のキャンペーンを繰り広げているのだ。

ちょっと長いが、前著書を引用する。


「(私は……全家連関連施設内で)……ビラを見つけた。それが「新聞広告にご協力を」と書かれたビラだった。

『精神分裂病という言葉は、患者や家族に不必要な苦しみを与える名称である』『日本精神神経学会が名称変更について検討委員会を設けている。全家連は連携して朝日新聞全国版で新名称について意見を募集する全面広告を企画した』『そこで二回の全面広告代として約4000万円が必要で、現在半分が不足している』という内容である。

 このチラシを見た荒井(注・内部告発した全家連の役員)は一笑に付したものだ。「製薬メーカーによる患者団体をまき込んだマスコミ対策だ。それも読売を攻略し、続いて朝日を攻略する作戦に全家連が手を貸しているのだ」と。

 当時、この荒井の一言に驚いたが、昨今のマスコミの経営実態を多少とも知る立場にある筆者はうなずくほかなかった。

要するに「金はすべて製薬メーカーの負担。しかし、これを表には出せない。そこで表向き患者団体が金を集めているように装ったにすぎない」のだという。あこぎな全家連役員と製薬メーカーの連携ではないか。そして、こうした知恵をつけたのは官なのか。

 こうして2001年10月7日付朝日新聞30面に立派な1頁広告が掲載された。正しくは意見広告のようなものだ。全家連と日本精神神経学会(精神分裂病の呼称変更委員会)がスポンサーとなっている。

「精神分裂病にかわる新しい名前をいっしょに考えてください」という活字が躍っているのだが、荒井が入手した全家連の情報によると、この全面広告費二回分4000万円は外資系企業から提供されたのだという。「ヤンセン協和」と断定する関係者もいる。

……(略)どうやら製薬メーカーは、患者団体を先頭にたてて巨大マスコミはもちろん、お上をも自らの陣営に引き込んだ可能性が強い。そうすることで新薬をいとも容易に許可させ、暴利をむさぼっているのだろうか。これらメーカーへの天下りはないのか。残念ながら確定できないが、可能性は大きい。……」



 製薬会社――患者団体――学会――官僚。

この流れの中で、当事者は完全に置き去りにされている。当事者不在……四日市を舞台にした早期介入事業において、子どもたちのためという視点は、内容を知れば知るほど、うかがうことができないのと同様だ。

 患者・当事者のためといった看板を掲げながら、現実は、上のほうで、利益だけを目的にいいようにやっている。そこに真の意味での「当事者」は存在せず、当事者はただ結果を――承認されたジプレキサを処方されるという結果、名称変更でいとも簡単に統合失調症と診断されるという結果を――負わされるだけである。

 患者不在で、自浄能力を喪失した団体から授与される賞――ある意味、四日市のYESnetがリリー賞を受賞したのは、似合いの者同士、必然だったのかもしれない。