体験談がいくつか寄せられていますが(近々公開します)、今回もまたテレビ番組について書きます。

 前のコメント欄で告知していただいたように、昨日夜の9時から放送されたNHKスペシャル、「病の起源 うつ病」を見ました。番組のなかで、

 うつ病の原因は扁桃体にある

 と橋爪功が断言したときは、おお、ついにうつ病の原因が突き止められた! と興奮したものです。しかし、これは以前のNHKスペシャルでもすでに言っていることでした。


 番組の主題である「病の起源 うつ病」ということを、簡単に言ってしまえば、人間が進化の過程で身に着けた能力が、結局「うつ病」という病気を背負いこむことになったということです。そこに扁桃体が深くかかわっていると。

 原因がはっきりしたのですから、治療法も次のようなものが紹介されました。

 近年、ドイツで行われた治療法。扁桃体に電極を埋めて、電気刺激をする(脳深部刺激・DBS)というものです。脳みそのあちこちを刺激して、「気分はどうですか?」と尋ねます。「気分がいいです」――同様の治療法は先にも書いたように、去年2月のNHKスペシャルで紹介されています。

 そして今回、「起源」としてうつ病を考えた場合の、もう一つの治療法は、アフリカの少数民族にならって、先祖がえりをせよ、ということです。生活改善の治療いうことで、具体的には、コミュニケーション(人間関係)を重視して、運動を行い、食事に気をつけ、規則正しい生活をする――(これって、すっごく当たり前のことなんじゃないでしょうか)。

 この方法を実践するグループに参加して、薬を何年も飲んでいた人が、薬が必要でなくなったとうれしそうにインタビューに答えていたので印象的でした。


 ところで、番組中、「セロトニン」の「セ」の字も出てきませんでした。

 ちょっと前までNHKは野村総一郎氏など招いて、うつ病の原因は「セロトニンという神経伝達物質のアンバランスにある」といっていたのではなかったでしょうか。

 それがいつの間にか、今度は「うつ病の原因は扁桃体にある」ということになったのです。

なんでも目新しいことにすぐに飛びつき、その検証もしっかりせず、しかもそれを伝えっぱなし。あまりに無責任――。そのことで右往左往する当事者のことなど、まったく考えていないのでしょう。

 しかし、この番組は見方を変えれば、「うつ病の薬物療法には意味がない」ということを伝えてもいるわけです。(だからといって、精神外科を取り上げるのは、これまた見当違いも甚だしいです。

 じつに、あの放送にはいくつもほころびがありました。


脳の委縮

 うつ病患者の脳のMRIを見て。

 脳の深部が委縮しているということですが、この人は向精神薬を日に40錠も飲んでいて、しかもすでに7年(だったか?)薬物治療を続けているのです。医師も交えての診察風景が映し出されましたが、なぜここに「向精神薬による脳の委縮」というパラダイムがないのでしょう。まったく科学的ではないし、科学的であるはずの医師ならそれがわかっているはずですが、あえて「うつ病患者の脳の特徴」ということにしてしまっているのです。

 登場したうつ病患者さんは――

 新しいプロジェクトにより残業が重なったりして能力以上のものを求められた――→自分を守るために防衛本能が働き、扁桃体が過活動となる――→その結果、ストレスホルモンが多く分泌され、それが脳の神経細胞を壊し、脳が委縮する――という理屈です。

 これは統合失調症でもよく言われることです。ストレスホルモンが毒素を出して、脳を破壊する。

 そして、これが薬物療法信奉者なら、「向精神薬はそうした破壊から脳を守る」という理屈をくっつけるのです。だから、薬物療法、しかも早期の薬物療法は効果的だと、早期介入を肯定します。

 ところが、今回のNNHはそういう流れにはなりません。まず人が「平等」であるとき、ストレスホルモンがあまり出ないという研究結果から、「平等」こそがこのストレスホルモンを分泌させない一つの状況であるというのです――つまり、この競争社会、格差社会がストレスホルモンをたくさん出させているという理屈です。

 だから先祖がえりしろということでしょうか。


 

 話を戻すと、ともかく、うつ病患者の(あるいは統合失調症患者の)脳画像で何かを言うときは、薬物治療を受けていない人の画像で論を進めるべきです。実際、薬物治療を受けていない患者さんがいるのかどうかわかりませんが、もし科学的であろうとするなら、薬による委縮も念頭に置き、論を進めるべきでしょう。これは科学の原則です。でなければ、あの番組は単なる「お話」に過ぎないもの。しかも、その「お話」の片棒を、国立精神・神経医療研究センターが担いでいるという構図です。


 

なぜうつ病の人が増えたのか

 もう一つのほころび。

番組中、「最近とみにうつ病の人が増えた」といった内容のナレーションがありました。日本でも100万人がうつ病であると。

 そしてその原因として、前段の続きで、格差社会や人間関係の希薄さを指摘していますが、うつ病の人が増えたのは、日本にSSRIが導入されて以降のことです。これは冨高辰一郎氏の『なぜうつ病の人が増えたのか』という本に、数字をあげて実証的に説明されています。そこには、うつ病増加の原因を経済等に求めがちだが、数字としてそれを裏付けるものはなく、実際うつ病が増え始めたのはSSRIが導入されてから(日本では1999年)ということで、それは数字にもきちんと表れているのです。

 NHKのこの番組はこうした事実をあえて「無視」したのでしょうか。うつ病増加の原因を、精神医療がよくそう主張するように、社会構造の変化に求める――でなければ、「病の起源」そのものの話が成立しなくなりますから――ご都合主義のうえに成り立った番組といってもいいと思います。


そもそもうつ病って何?

 この番組で言ううつ病は「DSM」でいうところの「大うつ病」でしょう。

 そして、そのうつ病の原因が扁桃体であるということを証明するために、天敵と同じ水槽で1か月も過ごしたゼブラフィッシュという魚を登場させます。あるいは、伝染病にかかったため群れから離して育てられたチンパンジー。

 両者ともじっと動かず、仲間に加わろうとしない。防衛本能、あるいは孤独によって扁桃体が過活動となり、ストレスホルモンがいっぱい出て、こんなふうになりましたといった設定ですが、考えてみれば、そのような環境に長くいれば、こうなるのは当然の反応で、これをわざわざ「うつ病」という必要はどこにもないはずです。

こういうやり方もまた、この番組を「お話」以下のものにしているのですが、残念ながら、この番組は「科学」の顔をしているのです。だから、まともに受け取る人はやはり受け取ってしまうでしょう。

「薬、飲め 飲め、一生 飲め」につながらないだけ、まだましかもしれませんが、あまりに「非科学的」なことをあたかも科学であるかのように放送するのは大きな罪です。こういう姿勢である限り、NHKはまた別の「珍説」があらわれたとき、すぐに飛びつき、それが「薬 飲め」だったりした場合、やはり何の検証もなく垂れ流す危険性は大いにあります。


 登場した当事者の男性は、IT企業の営業から、今は福祉施設で働いているということですが(映像では彼のいい笑顔が印象的でした)、それは番組の筋書でいう「コミュニケーション」がよくなったとか、人間とのふれあいが増えたとか、それが功を奏したということではなく、そもそも彼は職業選択を誤っていただけなのではないでしょうか(どう見ても、IT業界でガリガリやるタイプには見えません)。

 そして、そういう人は意外に多いように感じます。自分の素地とまったく合わない職場で頑張りすぎているために精神的に追い詰められていく……。

 この点を考慮することなく、筋書にあわせて物事を都合よく解釈して、「お話」を仕立てていく。この点も、かなり危うい感じを受けました。


NHKは、まずうつ病のセロトニン仮説の普及に与しました。それから新型うつ病、子どものうつ病、そして、うつ病と思われていたものが実は躁うつ病だった(だからよくならなかった)という説も発信しました。

今度は、扁桃体です。同様の番組は、昨年2月にも放送されています。(「ここまできた、うつ病治療」)

 http://blog.goo.ne.jp/sinanodaimon/e/7bec9519e1f6df55c645ca9589505261

 ↑こんなふうに、これを素晴らしいという人もいるのです。


 NHKは抗うつ薬の次には、扁桃体仮説のもと、「脳深部刺激・DBS」を普及させたいのでしょうか(そうでなければ、2度も取り上げないでしょう)。

 自然治癒率の高いうつ病に対して、このような精神外科手術は大きなリスクを伴います。そのリスクに一切触れることなく、最新の素晴らしい治療法がある――はやく同じ手術が日本でもできるようになればいいと暗に視聴者に伝えていることになります。それはそうでしょう。100万人もうつ病と言われる患者がいるのです。中には、どんな方法でもいいから楽になりたいと思う人も大勢います。しかも、それが薬の副作用だったりするわけです、そういう視点も一切ない――というくくりで番組を作るとことには、大きな違和感を覚えます。紹介するだけ? あとは新自由主義が得意とする自己責任でどうぞということでしょうか。

しかし、国営放送たるもの、せめてもう少しジャーナリズムの精神を発揮して、何かを「告発」するとか、私のような素人につつかれない程度の、「きっちり科学的な検証番組」を作る気概を示してほしいものです。