ときどきメール等で問い合わせを受けることがある。
ベンゾジアゼピン系やその他向精神薬の減薬において、どこかいい病院(医師)を知らないか、というものが多いのだが、残念ながら、そのような紹介を私は行っていない。
紹介しないというより、できないといった方が実情に近い。第一に、メールだけの情報で「ここに行けば大丈夫」と推薦できるような医療機関を知らないのだ。また、経験者の情報から、「ここなら」と思えるところを紹介してはみたものの、この人にはよかったけれど別の人にはあまりピンとこなかったということもままあった。
減薬、断薬のできる病院、医師……。
もちろん、医師の協力が得られて、アドバイスを受けながら減薬ができれば、こんないいことはない。しかし、知らない、いない、なのだ。
娘の幻聴・・・どうすればいい?
また、親御さんからの問い合わせも多い。
17歳の娘が3週間前から幻聴――顔の悪口――どこにいても、聞こえると言っています。○○県で、どこかお勧めの精神科を知りませんか――といった類のもの。
幻聴が聞こえる状態で、精神科を受診すれば、ほぼ間違いなく「統合失調症」として「抗精神病薬」による治療が始まるだろう。
「お勧めの精神科」というものを、どういうイメージでとらえているのかわからないが、「お勧め」できる「精神科」というものを私は知らない。精神科医、という個人なら、多少の伝手はあるが、それとて全国的にみれば、ほぼいないと言ってもいいくらいの少なさだ。
親とすれば、子どもに幻聴がある――となれば、やはり「お勧めの精神科」を求めたくなるのは、精神医療の現状を知らない時点では、むしろ当然のことかもしれない。
子どもがお腹が痛いと言っている、だから「お勧めの小児科」「お勧めの内科」はどこですか、というのと同じことだ。
しかし、私としては、17歳で幻聴……でも、精神科に行く必要はないのでは? と思う。
こういうと、反論があるのはわかっている。
幻聴を放っておいても、いいものだろうか?
何もしなくていいのか?
医療にかけなくていいのか?
今は副作用の少ないいい薬があると聞いているが、それを使えば、よくなるのではないか。
それをしないのは親として失格なのではないか。
そもそも子どもも幻聴がつらいと言っている。
現実には、こうした状況でどのような決断をするかである。
精神科につながってしまった子どもを持つ親御さんたちも、きっとこうした葛藤を抱えながらの決断だったのではないだろうか。あるいは、周囲からのアドバイス(あるいは圧力)によって医療に向かった人もいるだろう。
もちろん、精神科が小児科や内科のように、それなりに病気を治してくれるところなら問題はないわけだが(「それなり」というのは、小児科も内科も、まったく問題がないわけではないからだが、それでも精神科よりもずっとましであることは確かだろう)、ほとんどの精神科が(もし「お勧めの精神科」というものがあるとしても、それに当たる確率の低さを思うと、ほとんどの精神科と表現してもいいのではないか)治すどころか、診断も怪しげなら(というか、幻聴=統合失調症という診断しかない)、そのような怪しげな診断に基づいた処方ゆえ、処方も怪しげ。結局、もともとの症状がどのようなものだったのか忘れてしまうほど、薬によってさまざまな症状を呈するようになってしまう。
しかし、それは精神科を受診する前には、想像だにしなかったことである。精神科は子どもの幻聴をとり払い、子どもを以前のように元気にしてくれるところであったはずなのだ。
がん放置療法
ところで、近藤誠医師の「がん放置療法」というのがある。それによると、
①発見されたがんを、何もしないでそのままにしておく。
②潜んでいるがんを、むやみと検査して見つけ出さない。
が基本らしい。
がんの放置療法についてここでは詳しく触れないが、この2点をみても、精神医療こそ「放置療法」がいいのではないかと思えてくる。
①幻聴があっても、何もしないでそのままにしておく。
②潜んでもいない精神疾患を、むやみと検査して、作り出さない。
がんを放置することは、これまでの世間一般のがん認識からすると、かなりの勇気を必要とするはずである。
放置したら、がんが進行して、全身に転移してしまう(死んでしまう)のではないか?
同様に、幻聴も、放置したら、統合失調症がどんどん進んで、廃人になってしまうのではないか?
この恐怖心があるから、早期発見早期治療がいいという話になるのである。
精神科医は、統合失調症を放置すると廃人化する、と本気で信じているらしい。だから、未治療期間が短いほうがいいという論理もでてくるのだ。この点、数人の医師に確認したが、積極的な肯定ではなかったものの、廃人化説を否定することはなかった。(そりゃそうだろう。これを否定したら、精神科医なんかいらないと、おまんまの食い上げになってしまうはずである。)
それにしても、本当に、幻聴(あるいは統合失調症)を放置したら、廃人になるのだろうか?
以前、ブログに登場してくれた母親のMさん。19歳の息子さんの例である。
http://ameblo.jp/momo-kako/entry-10982632374.html
まず昼夜逆転の生活。被害妄想的になり、監視されているなど言い出す。幻聴もあったようで、目つき顔つきもどこかおかしい。遁走もあった。
しかし、母親が精神科に連れて行こうとしたところ、息子さんは「精神科」という文字を見た途端、逃げ出して、そのまま受診せず、まさに「放置」状態となった。
仕方なく、しばらく様子を見ることにした。
すると、症状は悪くなるどころか、むしろ薄皮をはがすように、少しずつ少しずつだが、改善され(まず眠るようになったという)、半年もたつ頃には以前の状態に戻ったということだ。
もし、最初の状態で医師にかかっていれば、薬による治療が始まっていたのは確実である。
マーティン・ハロウの15年転帰の研究(2007年)
その結果によると、薬物療法を続けた人と、薬を中断した人とでは、後者のほうが回復率がかなり高かった。そして、長期の薬物療法を受けた人の転帰は「悲惨」である場合が多かったということだ。
この研究結果は何を物語っているのだろうか。
少なくとも、統合失調症は放置しても(薬を飲まなくても)、廃人になることはないということだ。
だから、「幻聴くらいで精神科なんかに子どもを連れて行かないで」と思うのだ。
それを身をもって痛いほど感じている親御さんも大勢いらっしゃることと思う。
もしあのとき、どんなアドバイスがあれば、精神科に行かずにすんだのか。
もしあのとき、精神科以外の何があれば、医療につなげずに、すんだのか。
何に目を向けるべきだったのか。
子どもに幻聴があるので、「お勧めの精神科」を知りたいと思う親御さんに、今ならどんな言葉をかけるだろうか?