12月15、16日と、第16回 日本精神保健・予防学会の学術集会が開かれるらしい。

 プログラムを見ると、早期介入についてのシンポジウムやセミナーが目白押し。

 出演者はほとんどが早期介入を実施する施設に所属するメンバーで、思春期のARMSがどうだとか、初回サイコーシスがどうだとか、そんなのばかり。

 それでも、東北大学の発表する「ARMSにおける抗精神病薬・抗うつ薬の処方状況とその特徴」という講演は、ぜひとも聴講したいところである。

 ARMSというのは、精神疾患を発症する可能性のある状態にあることをいい、「前駆期」にほぼ該当する。

 じつは、東北大学は平成20年、このARMSに対する試験を行っているのだ。大学附属病院が集めた113人のうち66人がARMSと診断され、少なくとも6ヶ月間、抗精神病薬、SSRI、ベンゾジアゼピン系の薬剤が投与されている。年齢は平均で約19歳。

 ARMSから統合失調症に移行する確率は、英国の雑誌に発表された一番新しい研究結果では、なんと8%である。上記の研究が行われた平成20年当時でも疾患への移行率はせいぜい20%くらいだったのではないだろうか。

 そういう低い確率でしか発症しないにもかかわらず、重篤な副作用を招きかねない抗精神病薬を思春期の子どもたち(ほぼ66人)に投与した……。

 そして、そのことを誰も問題にしていない(それ以前に、誰も知らない、知らせていない)ということにまず驚く。

 早期介入の本家オーストラリアでは、2011年、マクゴーリが行おうとしていた臨床試験――一5歳から40歳までのUHR群(ウルトラハイリスク)を対象に、精神障害を発症するリスクを抗精神病薬のセロクエル(一般名クエチアピン)によって減らしたり、遅らせたりすることができるかどうかを調べるための試験――に対して国内外の専門家13人から公式に試験中止が求められ、マクゴーリも中止せざるを得なくなったという事実があるのだ。

 それに比べて、日本のマスコミの鈍感さ、国民の鈍感さは、いかんともしがたい。




世界の動向と逆を向く日本

 もっとも日本のマスコミ(国民)の動向は早期介入に対して批判どころか逆の方向に向かっているようである。

 今年10月、読売新聞社から出た『病院の実力 こころ・ストレス・認知症』では、「精神疾患の早期支援」の特集が組まれている。その中で、厚労省が後押しする早期介入研究の代表を務める岡崎祐士氏がインタビューに答えているが、これは正直、なんのエビデンスもないものを根拠として、早期介入を肯定、推進しようとしているとしか言いようがない話である。国民を欺くものといってもいいくらいだ。

 引用してみよう。



英国の調査では、幻覚や妄想などの症状が表れてから、薬物治療を1年未満に始めた患者と、1年以上たってから始めた患者では、前者の再発率が明らかに低かったのです。

 さらに衝撃的だったのは、1年未満に治療を始めた患者の中で、カウンセリングなどで治療した患者は、効果のある薬を使わなかったにもかかわらず、1年以上たってから薬物療法を始めた患者よりも、再発率が低かったことです。医師や周囲に人たちが、早期から適切にかかわることが、非常に重要だと分かりました」




 こうした言説によって読者は、早期発見、早期治療があたかも非常に重要なことであるかのような印象を受けるわけだが、以下、以前my u さんが翻訳してくれた資料をもとに、岡崎氏の説明を一つ一つ否定していこうと思う。

まず、インタビューで出てきた英国の研究だが、コクラン共同計画ではすでに2009年(つまり、岡崎氏がこのインタビューに答えるより以前に)、この研究も含めて、マクゴーリらが行った研究など18の早期介入研究を分析し、次のような見解を示しているのだ。

「早期介入によって精神病が予防できるとするエビデンスは不十分なものであり、それによって得られる何らかのベネフィットも、長期的なものではない」




 臨床試験の内容を挙げればつまり次のような結論である。

・オランザピン(ジプレキサ)にはほとんどベネフィットがないように思われる

・認知行動療法(CBT) にも同じくベネフィットはないように思われる

・リスペドリン(リスパダール)+CBT+専門チームは、6ヵ月では専門チームは単独よりもベネフィットをもたらしていたが、12ヵ月の時点ではそれは見られなかった





 岡崎氏の言う「カウンセリング」とは「認知行動療法」のことだろうが、それも「ベネフィットはないように思われる」とされ、さらに、イギリスのBMJ(ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル)電子版(2012年4月5日)に「認知療法はARMSにある若年者の精神症状の悪化予防に役立つか」を調べた研究論文が発表され、「認知療法にも精神疾患の予防効果はない」との結論が出されているのだ。


 岡崎氏は早期支援チームについてもインタビューの中で述べているが、その「専門チーム」によるアプローチも、コクラン・ライブラリ―において、12ヶ月という長期になるとベネフィットは見られないという結論である。


 さらにインタビューはこう続く。


「統合失調症患者の脳は発症から数年の間に前部や側頭部で軽度の委縮が進むことがわかりました。適切な薬物療法や、物ごとの受け止め方を変える心理療法で、委縮を抑制できる可能性があります。とくに1年以内などの早期から治療を始めると、より効果が期待できます」



 オックスフォード・ジャーナルの"Schizophrenia Bulletin (統合失調症ブルティン)"には、「進行性脳疾患としての統合失調症にまつわる神話」と題して、次のような研究結果が掲載されている(2012年10月16日)。

「長期研究における臨床的な結果のエビデンス。脳容積、および認知機能のレビューから、統合失調症と診断された人の25%は長期転帰が不良であったものの、神経変性疾患(中枢神経 の中の特定の神経細胞 群が徐々に死んでいく病気 はほとんど見られないことがわかった。むしろ脳組織容積の減少は抗精神病薬の投与、薬物乱用、ならびにその他の二次的要因によるものであり、統合失調症と診断された人の多くは長期回復にいたる可能性がある」

 つまり、統合失調症と診断をされて、薬物療法を受けていない人はほとんどいないわけだから、岡崎氏のいう「脳の委縮」とは、抗精神病薬の影響であるというのである。




詐欺的

 医学に関して素人の私が医師である岡崎氏に向かってこのような批判をするのは「無茶」なことかもしれない。

しかし、早期介入に関して何の情報も与えられていない読者に、すでに「ベネフィットがないように思われる」とされた臨床試験の結果を持ちだして、あたかも「たいへんよいことを推進しようとしている」と国民に話すのは、一種の詐欺であると伝える必要はあると感じた。また、岡崎氏が早期介入を是とする研究を挙げるのなら、それは一つの研究結果にすぎず、それを否定する別の研究結果もあるということを伝える必要もあると感じたからだ。




それにしても、岡崎氏がコクラン・ライブラリーの報告を知らないはずがない。

また、時期DSM-Ⅴにおいて、前駆期に相当する“attenuated psychosis syndrome (弱性精神病症候群)”が、ほぼ採録が決定されていたにもかかわらず、最終結論で、臨床における信頼性の低さを理由に取り下げられた(このニュースは、2012年10月8日付のニューヨークタイムズをはじめ世界中の主要メディアが報じているが、なぜか日本のメディアでこれを伝えているところは一つもない)が、岡崎氏は十分承知しているはずである。

にもかかわらず、発行部数が相当数あると思われる『病院の実力』において、先のような回答をするというのはどういうわけか? 子どもたちが受けるリスクを十分知りながら、それでもなおこの研究を進めることができる理由は、いったいどこにあるのだろう?




今回の学会において、岡崎祐士氏は、15日のイブニングセミナーとして「統合失調症におけるアドヒアランス」と題する講演を、日本イーライリリー株式会社の共催を得て、行うことになっている。

イーライリリー……ジプレキサで巨額の利益を得、また、「こころの病気を学ぶ授業」というDVDを制作し、学校内でARMSの子どもたちを見つけ出すことに懸命な巨大製薬会社である。

もう、いい加減にしてくれ。