ここに、ヘンリーさんが控訴した、「○仁病院」と「黒崎信也」の代理人弁護士が作成した「被控訴人準備書面」なるものがある。

これは、ヘンリーさんの代理人が作成した(前回紹介した)「控訴理由書」に対する反論であるが、その中で、ETCに関する黒崎医師の主張が、代理人の言葉で記されているので、以下引用する。



「ECT療法は、適応疾患としては、統合失調症、双極性障害、うつ病が代表であり、激しい興奮や衝動性、幻覚・妄想を呈する時は、精神作用物質(アルコール、アンフェタミン、オピオイド、マリファナ、鎮痛剤、鎮静剤、睡眠剤等)による精神症状にも有効である。

ECT療法は、治療の即効性から、薬物療法で長期間にわたる身体拘束をするよりはるかに安全で人道的な治療法と言える。ECT治療の死亡例は、5万回に1回程度と推測されており、全身麻酔の危険率にほぼ相当するものであり、死亡率は極めて低いものと言える。ECT療法の副作用としては記憶障害がおこる可能性があるが、記憶障害がおこったとしても、ECT療法終了後、数日から数週で消失することがほとんどである。また、黒崎らは、その治療中、心電図、呼吸状態、脳波をモニターし、何か異常があった場合は2名の医師が直ちに対処できる体制でECT療法を行っているものである。」




 黒崎信也医師が勤務する○仁病院のHPを見ると、「医療サービス」として「無けいれん性通電療法」を大きく宣伝し、上記とほぼ同様の記述がある。

 一部を紹介する。




無けいれん性通電療法

経験豊富な医師と最新機器を配備

完全な呼吸管理の下に施行

安全かつ適切な治療を行います


<こんな患者さまに最適な治療法です>

・薬が減らない

・維持療法をしたい

・症状が軽減しない




当病院では、最新機器を用い経験豊富な医師 と熟達したスタッフを配置。

症例は年間約2000件、完全、麻酔・呼吸管理の下、安全かつ効果的な治療を行うことが可能です。

これまでは入院患者様だけをECTの対象としておりましたが、外来通院患者様に対してもECT治療を提供すること可能となりましたのでご案内申し上げます。

<外来スケジュール>

1230 外来受付

1300 治療開始

1500 終了





外来通院患者にもECTを行っているのである。HPには「お気軽にご相談ください」とある。

値段は以下の通り。

自己負担額は1万円前後(9500円~11000円程度)となります。他医院かかりつけの場合は自立支援制度の利用はできませんのであらかじめご了承ください。

なお検査費用は含まれておりません。(初回、診察時に必要な場合があります。ご注意ください)




ヘンリーさんが情報開示した診療報酬明細書によれば、

「精神科電気痙攣療法(閉鎖循環式全身麻酔)  3000×6」

 3000点=3万円(自己負担は、国民健康保険3割負担で、約1万円)。×6は、6回施行――6回が1クール――つまり、ECTを1回やれば3万円が病院にポンと入ってくるというわけである。


 

HP上に数回出てくる「経験豊富な医師」――それこそがこの黒崎信也医師である。彼は○仁病院において、救急・ECT担当ということになっている。

しかし、○仁病院に麻酔医はいるのだろうか? 黒崎医師は専門医ということになっているが……。

そんな疑問を抱いていたら、ネット内に以下の記述を見つけた。


「ECTは精神科 だけの単科の病院では、麻酔科医の確保が不可能に近いので、現在のところ実施が困難である。だが、例えば東京都の○仁病院は麻酔科医からトレーニングを受けた精神科医が麻酔を施行することでこの問題を解消することを提案している。」


 提案しているのは、おそらく黒崎医師だろう。

とにかく、彼はECTにおいては、ベテラン、専門家を自認しているようである。論文もいくつか書いている。たとえば、




『ベンゾジアゼピン系薬剤離脱せん妄に対する修正型電気痙攣療法の試み』

2011年4月30日 黒崎信也、他共著

せん妄に対する電気けいれん療法の効果には賛否両論あるが、脳器質性または内因性精神疾患の薬物療法中に出現するせん妄に対して有効であるという報告は複数ある。本研究ではベンゾジアゼピン系薬剤離脱せん妄への有効性を検討した。ベンゾジアゼピン系薬剤による離脱せん妄に対する治療は、従来処方されていた同薬剤を漸減していく方法が標準だが、せん妄が重度の場合は遷延することも少なくない。そこで,当院に重度のベンゾジアゼピン系薬剤離脱せん妄を呈して入院した患者を修正型電気けいれん療法施行群と非施行群に分けて、せん妄の継続時間を比較した。結果は修正型電気けいれん療法施行群においてせん妄持続期間は短かった。修正型電気けいれん療法は激しいベンゾジアゼピン系薬剤離脱せん妄の治療に有効である。 (著者抄録)



さらに『ベンゾジアゼピン系薬剤(BZD)減薬治療における修正型電気痙攣療法(mECT)の有効性』という論文もある。




つまり、ECTの適応をベンゾの離脱症状にまで広げようということだ。

1回3万円という経営上の魅力もあり、こうやって適用範囲がどんどん拡大されていくことになるのだろう。

まして現在はベンゾの離脱症状で苦しむ人は数の多さもあって、ECT適用例としては、実に好都合である。

拡大はさらに進んで、やがては薬が使いにくいという理由から妊婦や高齢者、あるいは認知症患者に対しても、ECTの有効性とやらが取りざたされるようになるのだろう(すでに取りざたされているかもしれない)。




ECTに関しては、いくら安全性を強調されても、私は反対である。

人は記憶の連続性の中で生きている。それを奪ってしまう――医療側は一時的なものとよく言うが、実際は長いあいだ記憶障害で苦しむ人は多い――それを「治療」と称して行うことへの人道上の問題が、どうしても私の中で解決できないからだ。

まして、ヘンリーさんの場合、統合失調症ではなかった。(もちろん、黒崎医師はヘンリーさんを統合失調症と診断したからECTを行ったのであろうが、その点は、裁判の争点でもあり、次回、触れる)。

しかし、そう診断を下したのは、ほんの10分足らずの「診察」によってである。しかも、統合失調症という病名がカルテに書かれたのは、実際にヘンリーさんを診察するより前の段階――母親が相談に来た時点で作られていた可能性もあるのだ(次回詳細)。さらには、救急車で病院に到着して、1時間ほどという短い時間で、ECTが実行されているのである。

まあ、「救急」と「ECT」が担当の黒崎医師とすれば、救急で運ばれてきたヘンリーさんにやれる「治療」といえば、ECTしかないのだろうし、外来患者にも行っているくらいだから、ごく普通の日常的行為だったのだろう。

つまり、麻痺している、ということだ。


この点を、前回紹介した本『懲りない精神医療電パチはあかん!!』の中で、見事に言い当てている箇所がある。(中井久夫氏の論文より)

電撃(ECT)は精神科医の人格に影響を与える。無感覚になるか神経衰弱になるかは別として。看護師についても同様。


 

「……ES(ECTの旧称)によって病者が記憶を失ったり、物を覚えにくくなるなどの副作用は、彼ら医療者にとっては重要とされない。医者は、ESにより、自分の治療能力が高まったかのような錯覚に陥り、看護者は楽になりたいがために「電気やりましょうよ」と医者にESを勧める。医療者側が、ES嗜好となってゆく。ESという武器により、治療者――患者の支配――被支配の関係がさらに強化される。しだいに治療者は、興奮・不穏の患者への対応能力を失い、患者の訴えを聞こうとしない、患者の気持ちを考えない人間となってゆく。」黒川能孝