睡眠キャンペーン

 昨日、仕事で隣県の某市役所(といっても写真を見ればわかってしまうが)を訪れたのだが、ある課のカウンターの前にこんなポスターが貼ってあった。(携帯で撮ってきた)。

 これは市が独自に作ったポスターである(市のキャラクターが登場している)が、内容はどこも一緒。要は「自殺対策=うつの治療」「うつ=2週間以上の不眠」という図式である。

 しかも、通された市長室には、同様の文言が印刷された段ボールでできた三角柱がテーブルの上に並べられていてびっくりした。この市がこれほど「自殺対策」に力を入れているとは知らなかった。



精神医療の真実  聞かせてください、あなたの体験 



 しかし、いわゆる睡眠キャンペーンは失敗に終わっているのだ。

(そもそも、自殺対策がなぜうつの治療へ直結するのか? 2週間以上の不眠がなぜうつのサインとして掲げられているのか?)

 モデル事業として行った静岡県富士市の例だが、事業が実施された1年後の2008年には、自殺者の数は前年比37%増。そして、その後も確実に自殺者の数は増えている。

 それまで富士市は自殺者の数は減少傾向にあった。それがこのキャンペーンを実施した途端に自殺者が増えてしまったのである。

 http://homepage3.nifty.com/saio/suicid-prevent-JSMD2010.pdf


この結果を受けて『自殺予防事業を考える』と題した論文の中が出され、その中である精神科医は「モデル事業は推進すべきではないのではないか」と苦言を呈している。

にもかかわらず、いまだこうしたポスターが市役所に貼られている(その他、薬局などでも多数目にする)現状を考えると、これはいったい何のためのモデル事業だったのかと首を傾げたくなる。結果を見て、再考する、そのためのモデル事業ではなく、すでにその方向ですべては動き出していたということだ。

若者への早期介入にしても、いつか同様のポスターが市役所、学校、図書館、児童館、薬局、ありとあらゆるところに貼りだされる悪夢のような日が、近いうちやってくるのだろうか。

そして、大勢の人たちは、それをごく当然のことのように受け入れ、社会に浸透し、多くの人が精神科を受診し、子供を受診させ、その後どうなっていったかはなかなか表に出ることなく、事業、政策だけが、一人歩きのように推進され続けていく……。

いったい何のための、誰のための「睡眠キャンペーン」「早期介入キャンペーン」なのかと思う。

この国は、国民の生命より、ある種の産業を守ることを優先させるのか?

(水俣病の例を見れば、わかる。当時、チッソは日本にとって、経済発展という意味で、とても重要な会社だった。)


 

精神科医って?

 キャンペーンとして行って成果を出せる医療なら何も言うことはない。その実力が伴わないから、言っているのである。

 じつは私は2年ほど前、近くのメンタルクリニックを受診したことがある。半分はこの仕事のためという意味合いもあったが、メンタルクリニックに行くということで自身の内側を覗いてみたら、確かに憂うつといえば憂うつ(楽しいことばかりじゃない)、早朝覚醒があるといえばある……。

 医師は60歳くらいの優しそうな男性だった。どうということのない私の話を熱心に聞き、パソコンではなく手書きで次々メモしていった。時間はちょうど30分。

そして、最後に言ったのが、「うつ病ですね」。

 確かにあの医師は私のことを、うつ病、と言った。

 したがって、処方はお決まりのSSRI(ジェイゾロフト25ミリ)、それにこれまたお決まりのベンゾジアゼピン(メイラックス)とレンドルミン、それに胃薬。

 そして、血液検査をしたが、何のためと尋ねると看護師はこう答えた。

「これからお薬をたくさん飲むことになるので、肝臓の検査のためです」と。

 なるほど。しかし、その他の検査は一切なかった。

 一週間後、再び診察を受けると、その時は5分ほどの診察時間。胃が痛くて薬が飲めないと告げると、いやいや頑張って、飲んでください。すぐに効果は現れないが、じきに慣れるから、と言って、25ミリのジェイゾロフトを50ミリに増やした。

 それきり私は行っていない。薬も飲んでいない。

 思うに、この医師はとてもいい人だと思う。人の話もちゃんと聞いてくれる。顔つきも優しい。

 しかし、まったくの無能である。処方はきっと誰に対しても同じもの。学会などで推奨されているアルゴリズムに則ってやっているだけと思われる。だから、患者など見ていない。私の話をメモしていても、きっと次にあったとき、何も覚えてはいないだろう。

 そして、私が「いつまでたっても治らない」患者だったらこの医師はどんな処方をすることになったのだろう。アルゴリズムに書かれていないところまで行ってしまったら……?


「おかしな人」たち

しかし、もっと「悪意」のようなものを感じさせる精神科医もいる。

たとえば、前のエントリのコメントにあったような精神科医。ゆうメンタルクリニックの女医さんの話である。

アルコールの問題を話したところ、いきなり娘のような医師が入院しかないと断言。(欠勤することもなく、アルコールを減らしたいと言う程度である)50で死にますと散々脅した挙句、指きりげんまんをさせられ、シアノマイド処方。50ml一日二回呑めと。量が多すぎるとおかしいと思うも、薬局でもこれくらい普通ですと。おかしいと思い次の日に他の医師に聞いたところ、それは多すぎると。粉末の5mgと液体である薬のmgを間違えたと思われます。謝罪を求めましたが、医師ではなくカルテを記述した人間の失敗とのこと。でも私は覚えています。確かにあの若い女医は50ミリと何度も言いました。」



 治療以前に「おかしな人」が多いのも精神科医といわれる人たちの特徴かもしれない。

 被害者の方にうかがった話だが、クリスチャンの医師は患者に一緒に「アーメン」と祈ることを強要したそうだ。腕が伴わないので、神頼みなのかもしれないが……。

 また、治療方針に疑問を呈すると「人格障害」という病名をつけられ、クリニックのスタッフにぐるりと囲まれ、非常に怖い思いをした女性もいた。

 何かを言えば、突然怒り出す医師、自分で薬を処方しておきながら、ベンゾ依存に陥ったら、薬物中毒者扱いで、患者を卑下する医師、患者自身に薬を選ばせる医師……。

 裁判を傍聴して目撃したことだが、あの東京クリニックの某医師などは、話が自分の都合の悪い部分に差しかかると、裁判長に食ってかかって、法廷を飛び出してしまった。

 こうした話に出会うたび、どちらが精神科の患者かわからないような医師が多いことに驚かされる。と同時に、これでは「治療」など不可能だと思えてくる。そして、インフォームドコンセントなど、単なるお題目にすぎないと。



 そのような人間が向精神薬を扱っているという精神医療のうすら寒さ、恐ろしさ。

 確かに、他の科の医師にも「おかしい」人はいるだろう。しかし、そこには医師の人格以前の「エビデンス」の世界がある。

 これもコメントにあった言葉だが、「精神科医は、ハートを語れる先生が良いです……。良い精神科医は、確固たる自信はもっていますが、傲慢ではありません。」

 確かにそうだろうと思う。しかし、そういう医師がこの日本にはたしてどれほどいるのだろうか。

私がこういう精神科医に対してネガティブなことを書くと決まって「いい医師もいます」という反論が出てくるが、それは私も知っている。しかし、事前に必死になって情報収集をすることなく、成り行き的に精神科を受診する場合(住居や職場の近くだからという理由で)、そのような医師に「当たる確率」はどれほどのものなのか。

 キャンペーンによって精神科受診につながった人たちがそういう医師に「当たれ」ばまだしも、その確率はかなり低いと言わざるを得ない。だから、大勢の人に呼び掛けるキャンペーンの怖さを思うのだ。

 それは患者にとって、単に「そのとき」だけのことにとどまらず、人生をも左右しかねない結果を招く。「アーメン」と祈ってどうにかなるようなレベルではない医原病、薬原病を招くのだ。

そんなロシアンルーレットのような精神医療界の現実を知らないからこそ、行政も有難がって、キャンペーンに乗っかってしまう。

まさか医者が、まさか大学病院が、まさか薬が……。

考えすぎ。その人が運が悪かっただけ。稀な出来事。

そんな思い込みを解くにはどうすればいいのだろう。……?

「睡眠キャンペーン」のポスターの向こうで真面目に黙々と働く市役所の職員たちの姿を見ながら、私はとてつもなく重くて厚い壁を感じていた。